第22話 三章⑥ 『決着』

 冥夜には考えがあった。

 まず一つはバエルに捕らえられていた人質(彩葉優先)の安全だった。

 幸いなことに人質は全員天井に貼り付けられていたので戦闘による被害は少ないと判断をした。

 しかも人質を盾にされると厄介なのでおけばしばらくは大丈夫だろうと考えていた。

 実際目の前にいる悪魔バエルは貴重な人質や負傷しているシャトラには目もくれず冥夜に猛攻を仕掛けている。

 「こ、の、クソ虫風情がァァァァァァァァァァァァァッッッッッ!!」

 「虫はお前だろ!!」

 そう叫びながら『シュバルトブリッツ』から放たれる銃弾を撃ち込む。

 銃口から放たれた弾丸は吸い込まれるようにバエルの大きな身体に食い込んでいく。

 並大抵の相手なら身体が吹き飛ぶはずなのだが、やはり身体が大きいせいかあまりダメージを受けているようには見えなかった。

 「ちょこまかとッ!!」

 バエルが叫ぶと口から酸を吐き出す。

 吐き出された酸を避けつつ冥夜はバエルの懐に一気に潜り込んだ。

 「うらァァァッ!」

 『ヴェヒターシュタール』を下から上へ斬り上げる。

 改良したお陰か以前より断然扱いやすくなっている新しい武器に感心していると亀を引っくり返したように背中を地面につけてもがいていた。

 「クソッ! クソックソックソッ!! 人間の分際で!!」

 わしゃわしゃともがく姿は見様によっては真夏の黒光りした昆虫に見えなくもないが、それでも冥夜もがくバエルに近付く。

 「さぁて悪魔さん。俺はそこまで気は長くないんで単刀直入に聞こうか? ――――――テメェの目的は何だ? 何で学校を襲った?」

 そんな冥夜の質問にバエルは嗤う。

 「クヒヒッ! 貴様もそこの代行者と同じで無知なヤツだ―――――――

 含みのある言い方に冥夜は刃をバエルの首辺りに押し当てる。

 「だから、それを聞いてんだ―――――」



 不意に、が辺りを包み込んだ。



 それは野生の勘とでも言うのだろうか?

 何か悪寒がするのだ。

 すると背後でシャトラが叫ぶ。

 「イヌヅカメーヤ!! 上ですッッッ!!」

 名前を呼ばれ咄嗟に上を見上げると吊るされた生徒の背後からとてつもない量の小さな蜘蛛が降ってきた。

 バエルに比べれば小型だがそれでも日本ではお目にかかれないほどの大きさの蜘蛛が大量に降ってくると気持ち悪いものがあった。

 「う、お、おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉッッッッッ!!」

 冥夜の咆哮に呼応するように『シュバルトブリッツ』の銃口が火を吹いた。

 降り注ぐ小型の蜘蛛を撃ち抜きながら避けていく。

 それを繰り返すことによって床一面には蜘蛛が蔓延っていた。

 「うおッッッ!? さすがに気色悪い!!」

 ウゾウゾと蠢く姿は嫌悪感を抱く。

 「フハハハハハッッ!! これがバエル様の眷属よ!! さぁ皆でその人間を喰らえ!!」

 いつの間にやらバエルは体勢を立て直し口をわしゃわしゃと動かす。

 「さっきから気になってたけど――――――」

 冥夜は『ヴェヒターシュタール』を床に突き刺し棒高跳びの要領で跳躍する。

 「笑い方ぐらい統一しやがれぇぇぇぇッ!!」

 そう叫びながら思い切りバエルの脳天に踵を落とした。

 「グフィッ!?」

 そのままバエルは沈んだ。

 「あっ」

 冥夜はそこで気付き頭を掻いた。

 「しまった………目的聞くの、忘れた」

 その様子を冥夜の後ろから見ていたシャトラは驚愕していた。

 「(これが―――――〝地獄の番犬ケルベロス〟ですか…………強い)」

 恐らく自分と対峙した時より動きは良いのだろう。

 新しい武装をした今の彼に勝てるだろうか? そんな事を思っていた。

 「しっかし………どうしたもんかな? 『フィーア』さん? 上に吊るされてる彩葉はどうやって降ろしましょうか?」

 『取り敢えず外にいる部隊で比較的軽傷の者を行かせよう。しかし悪魔とは…………やはりキミ達は研究対象として満点だよ。私の研究意欲が増すばかりだ』

 心なしか『フィーア』のテンションは上がっているように感じる。

 冥夜はまた始まったと言わんばかりにバエルの周りを歩いている。

 ピクリとも動かなくなった大型の蜘蛛をマジマジと見ている。

 シャトラはその様子を見て自分が動けるのかと集中していた。

 冥夜は気付いていない。

 いや、視覚共有をしている『フィーア』も気付いていない。

 そして、

 

 動けるはずの三人が意識を外してしまった。

 気付いたのは冥夜が先だった。

 「あ? 何だこりゃ」

 それは冥夜が動かなくなったバエルの脚を持ち上げている時だった。

 シャトラは彼を見た。

 あんな巨体を支える前肢が

 「イヌヅカメーヤ!! !!」

 シャトラの叫び声に思わず冥夜は彼女を見た。

 「ッッッ!?」

 冥夜はシャトラを見ると『ヴェヒターシュタール』を背負ったまま一気に跳躍する。

 そして冥夜は手を伸ばし、

 

 「何を―――――ッッッ!?」

 シャトラがいた場所にいつの間にか背後にいたバエルが吐き出した酸を冥夜が全身に浴びる。

 「あ、づぅッ」

 思わず呻き声を上げる。

 だが同時に『シュバルトブリッツ』を連射する。

 数発ほど当たった感触はあったが致命傷には至らない。

 「大丈夫ですか!?」

 シャトラは前のめりになるが身体はまだ動かない。

 「だい、じょうぶだよ………熱いけど」

 少し皮膚が爛れていたが動けないほどではない。

 だが気を弛めたことを後悔するぐらいにはダメージを受けてしまった。

 「しかし―――――やっちまったな」

 顔や利き腕である右腕は庇ったものの両足に酸が掛かり素早く動くことは出来そうになかった。

 「すいません…………私のせいです」

 本当にどうかしている。

 同じ過ちを二度も犯すとは。

 これで冥夜とシャトラの二人が動けずにいる。

 脱皮を繰り返したせいかバエルの体躯は体育館の三分の一を締めていた。

 「ギヒヒヒッ、愚か! 愚かよなァ人間ンンンン!! 我が貴様らごときに遅れを取ると思ったか!?」

 肥え太ったバエルの声が耳に障る。

 「だから笑い方統一しろっての」

 冥夜の声も先ほどよりも力はなかった。

 シャトラはそんな彼の様子を見て後悔の念に苛まれた。

 本当にどうかしている。

 つい先ほどバエルが脱皮した瞬間を見ていたのに何故失念していたのか?

 拳に力が入る。

 この状況を打破するには―――――。

 「よォ、シスター」

 冥夜が小声で話しかけてきた。

 視線を向けるも冥夜は勝利を確信しているバエルから目を離さないでいた。

 「彩羽を狙ってるアンタに頼み事ってのも変なんだけどよ、あの蜘蛛野郎をぶちのめす方法って何かない?」

 冥夜は少しも諦めていなかった。

 この危機的状況にも関わらず手助けを求めている。

 「――――――――――本当に、本当に一つだけなら何とか出来ると思います。ですが少し難点が」

 シャトラは自分があけた体育館の大穴の外に視線を向ける。

 「時間がいります。五分―――――いえ、三分もあれば」

 だが、問題はそれを冥夜が信じるかどうか、その事を告げようと口を開く前に、

 「よし、分かった。三分なら俺が時間を稼いでやるよ」

 と、さも当然のように言った。

 唖然としながらシャトラは冥夜を見る。

 冥夜も同じようにシャトラを見ていたので視線が交じり合う。

 「本気ですか?」

 「何が?」

 冥夜が首をかしげる。

 その表情は本気で何のことを言っているか分かっていないものだった。

 「もしかしたら私は逃げ出すかもしれませんよ? 貴方を囮にして逃げ出すかもしれない。そう思わなかったのですか?」

 そうシャトラに言われ、冥夜はそんな彼女の言葉を鼻で笑った。

 「まぁイカれた提案だとは思うよ。でもまぁ」

 一呼吸おいて冥夜は至って普通に、



 「何となくだけどアンタはそんなつまんねー事はしない。そう俺の〝勘〟が言ってる。



 と無茶苦茶な事を言った。

 

 その言葉を言われたのはいつ以来だろうか?

 下手をすれば記憶を無くしてからは一度も言われていないのかもしれない。

 記憶を辿るも靄がかかったように思い出す事が出来ない。

 「本当に貴方という人は――――――――――」

 そう呟くとシャトラは顔を上げる。

 その表情は先ほどとは違い何か吹っ切れたような、そんな顔をしていた。

 「分が悪い賭けのようなモノです。ですが、貴方が信じて下さるのなら私も全力でやりましょう」

 足に力は入る。

 あとは目の前の悪魔バエルに気付かれないようにするには………。

 シャトラの背後でチャキッと金属音が鳴った。

 「お前の相手は俺がしてやんよ蜘蛛野郎」

 冥夜の構えた『シュバルトブリッツ』から銃弾が放たれる。

 今までの弾丸とは違う炸裂音が響く。

 微細なダメージしか食らわなかったバエルの八つの複眼を破裂させる。

 「グギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 『シュバルトブリッツ』に装填された弾丸『炸裂弾バーストバレット』の威力は思った以上だったらしく、一瞬とはいえバエルの視界を塞ぐことは出来たらしい。

 冥夜は視線でシャトラに「行け」と言っていた。

 軽く頷くとシャトラはその場を後にし体育館には冥夜とバエルの一対一の状況へと持ち込まれた。

 「人間ふぜ」

 「その台詞、聞き飽きたよ」

 空になった薬莢を捨て新しい弾丸を再装填リロードさせる。

 ガァンガァン! と続けざまに二発の『炸裂弾』をバエルの前脚に撃ちこむ。

 威力は上々で簡単に吹き飛んでいく。

 「ホレホレどうした? さっさとしねぇと汚ねぇ雪だるまの完成だぞ」

 三発、四発と撃ちこみ引き金を続けざまに引こうとした時、残った脚で跳躍したバエルは動けない冥夜に襲い掛かる。

 「ははっ、必死なとこ悪いけど―――――

 冥夜は銃から六尺ある大太刀『ヴェヒターシュタール』を構えていた。

 もちろん、その大太刀にも弾丸はとっくに込められている。

 「何せこっちは動けねぇからな!!」

 ガゥン! とエンジンに似た振動が『ヴェヒターシュタール』から発せられた。

 落下してくるバエルに向かって冥夜は刀をふり降ろす。

 ゴゥッッッ!! と暴風にも似た衝撃が辺りに広がる。

 バエルの巨躯は消し飛びバラバラに霧散した。

 が、

 「無駄だと! 言っているだろうがァァ!!」

 斬られる寸前で脱皮をしたバエルが再び冥夜の背後からその鋭い爪で襲い掛かる。

 「ぐっ!?」

 辛うじて身体を反転させ『ヴェヒターシュタール』でその爪を受け止める。

 しかし体勢が悪かったのか爪は冥夜の顔を貫こうと迫ってくる。

 「あの神の下僕はどうした!! 我に恐れを成して逃げたか!!」

 「知るかっての!?んな事より、人間人間って見下してる割には怪我した人間相手に大した事ねぇなっ! 所詮は大きくても虫は虫かよ」

 だがその皮肉も今のバエルには通じなかった。

 「グヒヒヒヒッ、余裕ぶっているのも今の内よ」

 ウゾウゾと体育館の床を黒い物体が這いずってくる。

 上からもボトボトと黒い雨のように小型の蜘蛛が降り注ぐ。

 その光景を見て、先ほどは言えなかった事をバエルにぶつける。

 「よォ、聞きたいんだけど、この蜘蛛共はどっから出てきてんだ? どう見ても上の連中せいとから湧いてるように見えんだけど?」

 その冥夜からの質問にバエルは低く嗤い声を上げながら、

 「そうか、貴様は知らんのだな!? ならばあの世へ行く前に教えてやろう!! 我ら悪魔にとって人間はエサだ! 我が子らは生物にんげんに卵を産み付ける事によって生命力を栄養に育つ!! 同族は大した栄養はないので人間をエサにしてなァ!! 貴様を殺した後はここにいる全員我らが食してやるわ!!」

 爪が目前に迫ってくる。

 だが、もう一つ気になる事があった。

 吊るされた生徒に産み付けられた卵は孵化している。

 

 「彩羽は―――――アイツに卵を産み付けてねぇのは何でだ?」

 純粋な疑問。

 不幸体質であるがゆえにトラブルに巻き込まれる少女。

 しかし、昔から体質の彩羽が無事な理由とは何なのだろうか?

 その疑問はバエルが簡潔に答えてくれた。

 「決まっているだろう! あの小娘は『厄災の魔女』だからだ!」

 ピタッと冥夜の動きが止まる。

 「…………なん、だと?」

 『ヴェヒターシュタール』を持つ手に力が入る。

 そんな冥夜の変化にバエルは気付いていない。

 「あの小娘は我ら悪魔にとっては重要なのだ!! !!」

 ぐぐぐ、とバエルの爪が徐々に押し返されている。

 「!?」

 焼け爛れた箇所からは血が滲み出ている。

 しかし痛覚を無視し冥夜はバエルの爪を防ぎながら立ち上がる。

 「テメェ―――――もう一回言ってみやがれ」

 昔から彼女を知っている犬塚冥夜にとって神代彩羽を魔女呼ばわりする事は何より許せなかった。

 彩羽は確かに周りを不幸にしているのかもしれない。

 しかし、

 それを一番苦痛に感じ、両親や友人知人、そして顔も知らない人たちに永遠に謝り続けている姿を見ていた冥夜にとって、



 その魔女という言葉ひとことは、何よりも許せないのだ。



 「おい蜘蛛野郎」

 どこから出ているのか分からないような低い声が冥夜の口から出ていた。

 「アイツを、魔女と、呼ぶんじゃ――――――ねぇッッッッッッッッ!!」

 ガァン!! とバエルの巨体を刀で押し返す。

 「な!?」

 驚愕するバエルは崩した体勢をすぐに立て直そうとその巨体を翻す。

 だが、

 それより先に冥夜は黒い薬莢を『ヴェヒターシュタール』へ装填した。

 激しい爆音と共に鋼の刀身が黒く染まっていく。

 「何をするかは知らんが! 骨までしゃぶり尽くしてやる!!」

 その声に反応するかのようにバエルの眷属が大量に降ってくる。

 逃げ道はない。

 その証拠に

 冥夜はニッと笑うとその大きな刀身を振り上げ、

 「うおおおおォォォォォォォッッッッッ!!」

 叫びながら影に刃を突き立てた。

 『ヴェヒターシュタール』から轟音が響く。

 同時に影がある場所から無数の漆黒の槍が突きだしてくる。

 その槍は今まさに冥夜に襲い掛かってくるはずのバエルの眷属を穿ち、漆黒の槍から枝分かれする鋭い棘も生徒に産み付けられていた卵を破壊していく。

 「なっ――――――――――」

 バエルは言葉を失う。

 それもそのはず、のだ。

 「『操影弾シャドウバレット』って言うんだけど、〝地獄の番犬ウチ〟の技術開発局局長フィーアってこういうのを造るのが得意でさ―――――まぁ影を操るってモンなんだが結果は上々だわ。

 そう言うと呼応するように影がバエルを縛り上げていく。

 その様子はボンレスハムのようにギチギチに縛られていた。

 「ぐ、ぎひゅぅっ」

 呼吸なのか悲鳴かどうかも分からないような呻き声を上げながらもがくが、縛られているので抜け出せない。

 「ボンレスハムみたいな状態で縛ってんだ。抜け出せるわけねぇだろうがよ」

 冥夜が『ヴェヒターシュタール』を引き抜く。

 しかし影は消えずに触手のように蠢いている。

 「さぁ、おいたをしたら折檻ってのが普通なんだが―――――」

 冥夜は構えを解き背中を向ける。

 もう彼からは殺気はおろか戦意もない。

 「ゆ、ゆるし―――――」

 バエルの懇願を打ち切るように、



 「



 その言葉を皮切りにごりごりと何か引き摺るような音が近付いてくる。

 「〝我らが偉大なるしゅは告げました〟〝大いなる悪意を赦すと〟」

 聖書を読み上げるように凛とした声が体育館に響く。

 「〝我らが偉大なるしゅは嘆きました〟〝大いなる悪意は変わらぬと〟」

 腕の筋力はボロボロで力が入らないせいか簡単に振り回していた鉄塊は地面をなぞる様にごりごりと削っていく。

 だが同時にシャトラ・ティエットの瞳には戦意を喪失したようには見えない輝きがあった。

 「〝嘆き〟〝悲しみ〟〝苦痛〟〝全てを抱え〟〝我らが偉大なる神は〟〝貴方を安寧へと〟〝導きましょう〟」

 ギギギギギッ、と純白の鉄塊を天に掲げる。

 所々薄汚れていたはずの武器が純白に輝く。

 その間もシャトラは祈りを止めない。

 恐怖がピークに達したのかバエルは叫ぶ。

 「や、めっ――――――――ヤメロォォォォォォォッッッッッ!!」

 「〝祈りなさいエイメン〟ッッッ!!」

 一気に振り下ろす。

 鉄塊の名に恥じぬ一撃はバエルの脱皮を許す間もなくグシャリと音を立て粉砕した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る