第12話 二章② 『迎撃開始』

 時間は午後十時を過ぎたころ、犬塚冥夜は街を歩いていた。

 手には大きな荷物を持っており、それがギターケースだったこともあり警官などに職質を受けたりすることはなかった。

 「すげぇな。こんなケース持ってるだけであんまり声かけられなかったぞ?」

 『そりゃね、こんな繁華街でギターを携えていればストリートミュージシャンに憧れる学生という認識が勝つからね』

 相変わらず一言多いのは『フィーア』も少し緊張しているからであろうその様子が伝わってくる。

 『冥夜、もう一度聞くが?』

 珍しく『フィーア』は冥夜を心配していた。

 それほど今回の相手は規格外、ということなのだろう。

 そんな『フィーア』に対して冥夜は緊張している様子は微塵もなかった。

 「あぁいいぜ。その為にいつでも襲われてもいいような恰好してるわけだしよ」

 春先とはいえ夜はまだ冷え込む。

 だが冥夜の姿は春には関係ない恰好をしていた。

 袖のないデニムのジャケットに下は黒いTシャツ。

 ジーンズもハーフサイズで膝上までしかないものだった。

 正直、真っ当な人なら絶対に関わりたくない人種だ。

 『正直キミを心配………はしてないかな? よくこの姿で警官に職質されないなと感心していたんだ』

 さすが長年の付き合いがある『フィーア』もドン引きだった。

 何がダメなんだろうと本気で考えている冥夜だが知らぬは本人のみ、というやつだ。

 正直に言うとすごくダサい。

 一発屋といわれる芸人のような恰好に『フィーア』は不安を覚えた。

 「ところで彩羽のところは大丈夫なのか?」

 『安心しろ。彼女のマンションには〝猟犬ハウンドドッグ〟のベータチームと『ドライ』が待機している。キミは自分の事に集中するんだな』

 つまり彩葉に何かあればすぐに対応可能ということだった。

 それが聞けただけでも冥夜は安心した。

 「あとは俺があのシャトラっつーヤツから色々聞き出せりゃ良いんだな」

 『簡単には行くとは思えないけどね。どうやら

 何か含みのある事を言い出した。

 そして、

 本日二度目の不思議な感覚。

 繁華街から賑わう人々が消えるように去っていく。

 しかし冥夜はもう驚かないし、不意を突かれない。

 「人払いの術式ってヤツかい? 確か前に―――――アンタ、同類かい?」

 その言葉に僅かにだが周囲に殺意が広がる。

 コツコツコツとアスファルトを踏み締める音が辺りに響く。



 「不快な発言ですね。あのような外道の輩と一緒にしないで頂けますか?」



 純白の修道服に身を包み、同じ色の鉄塊を携えたシスターが冥夜を睨み付けていた。

 「なんだよ……どんな陰険なヤツかと思えば綺麗な顔したねーちゃんじゃねーか」

 冥夜は身構えた。

 口では軽く言ったが数時間前、シャトラにはしてやられている。

 しかも前回とは違い本気で冥夜を抹殺しに来ているのだ。

 純白の修道服の横から金髪がさらりと流れており、その碧眼は鋭い殺気を孕んでいる。

 「しかし今日の正午に比べれば随分と落ち着いていますね。さながら用意周到と言ったところですか?」

 シャトラが言うと冥夜は両手を上げ肩を竦めた。

 「んや、正直キツい。今まで素人相手に何とかなってたってのが嫌でも分かったからへこんでるぐらいだよ」

 その割には冥夜からは余裕が感じられた。

 そんな彼に少々不信感を抱く。

 「ならば―――――裁きを受け入れる覚悟でも出来ましたか?」

 純白の鉄塊を構え大きく腰を落とす。

 冥夜はそんな彼女を見て同じくギターケースを地面に置いた。

 「裁く、ねぇ」

 足で乱暴にケースを蹴り上げるとシャトラの視界を防ぐように投げつける。

 「ッ!?」

 鉄塊を振り上げ叩き落とすとケースは粉々に砕かれるが冥夜の姿が一瞬だが見えなくなった。

 カチャッ、と軽い音が鳴ると同時にガゥンッ! と炸裂音が響いた。

 シャトラは殺気を感じ手にしていた鉄塊を今度は振り上げる。

 とてつもない衝撃が周囲に広がった。

 シャトラは鋼と鋼がぶつかる感覚を掌に感じる。

 そして、

 そのまま彼女は後ろへと吹き飛んだ。

 「な、にが―――――」

 自分が力で押し負けることがあっただろうか?

 衝撃により土埃が舞っている。

 その向こう側では―――――――――

 「へぇ、不意討ちとはいえ受けきられるとは思わなかったよ」

 埃が風を受け流れてゆく。

 その奥には冥夜が立っていた。

 片手に自分の背丈ほどの歪で大きな刀を背負い、不敵な笑みを浮かべている。

 「さぁて、第二ラウンド始めようぜ〝聖堂教会〟」

 「いいでしょう――――来なさい〝地獄の番犬ケルベロス〟」

 二つの影が衝突した。

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