第9話 一章⑥ 『別の強襲』

 教室に戻るとクラスメートたちが騒いでいた。

 どうやら先ほどの強襲の件を話していたらしい。

 「いやホントだって!! 近く通った時にすんげぇ爆発音したんだって!!」

 「いやいや、お前俺と一緒にいたじゃん。そん時地震だーって叫んでたくせに」

 「ってか学校でガス爆発ってヤバくない?」

 「そもそも何で何にもない教室でガスなんてあんの?」

 など様々な憶測が飛び交っていた。

 遅れてきた冥夜に対しても、気付かないぐらいには興奮状態だったようだ。

 教室の窓際には少し眠いのか彩羽が目を擦って欠伸を噛みしめていた。

 「よぉ彩羽。眠そうだな?」

 平静を装いながらも周囲を警戒する。

 どうにも落ち着かない。

 「めーや? うん、何か急に眠くなって………………それよりもめーやは大丈夫なの? すごい騒ぎだけど」

 「俺は別に大丈夫。ってか結構騒いでたけど知らなかったのか?」

 もしかしたらあの騒ぎはそこまで大きくなかったのか、などと思ったがクラスメートの反応を見る限り結構な騒ぎにはなっているようだ。

 「うん、なんかめーやがトイレに行くって出て行った直後ぐらいかな? 急に眠くなった」

 という事は定時報告の為に教室を出てすぐという事だったのだろう。

 だとしても中々肝が据わっている。

 「そっか。まぁ大したことないんだろうけど、今日はこのまま学校も終わるだろ。ってかこのまま続行するもんなら生徒全員からブーイングは出るだろうな」

 建前はガス爆発という事になった、という事は恐らく〝ケルベロス〟―――――と言うよりも『フィーア』が情報を操作したのだろう。

 「そっか。まぁ別に何でもいいけど」

 彩羽は窓の外を見つめる。

 彼女の目は少し怯えているようにも感じた。

 はっきりと口には出さないが、また自分の不幸体質の事を考えでもしたのだろう。

 最近は冥夜が気付かれる前に処理していたので落ち着いていたが、それでも久しぶりにここまで大規模な出来事が起きたとなるとやはり自分のせいなのか、と考えてしまうようだった。

 「そうだな。

 努めて明るく言った。

 今の冥夜に出来る事は明るく振舞って彩羽に余計な心配を掛けない事だ。

 「めーや」

 そんな彼の気遣いに少しキョトンとしたがそれでもやはり照れくさいのか少し頬を赤らめる。

 そんな時だった。



 「神代さん!」



 教室の扉が開いたかと思うとやって来たのは高身長イケメンだった。

 彩羽の名前を呼ぶと、違う教室なのに躊躇いもなく彩羽の席に近づいてくる。

 「よかった! 無事だったんだね」

 どさくさに紛れて彩羽の手を握るイケメン。

 冥夜が呆気に取られていると、

 「と、時見先輩………」

 と彩羽は困惑していた。

 それと同時に冥夜は思い出す。

 このイケメンは確か二人の一学年上の時見ときみだった。

 先ほどまで怖がっていた教室の女子が一瞬でキャーキャー騒ぎ始める。

 ちなみに男子連中は全く面白くなさそうな顔をしている。

 これは例によって冥夜も同じだった。

 「ガス爆発が起きたって聞いて、神代さんのことが心配になって来たんだ」

 熱い視線を彩羽に向ける。

 そんな真摯な目をした異性に見つめられた経験が無いせいか珍しくオドオドしていた。

 「(うわぁ、もうこれアレですやん………)」

 最早としか表現できないが、いくら鈍感でウザくしつこさと空気が読めない冥夜でもこの時見という先輩が彩羽にホの字というのは気付いてしまう。

 不意に冥夜の肩をポンと叩くクラスメート(主に男子)の表情が何か複雑そうで何とも言えない空気を出していた。

 「いや、何が言いたいんだよっ」

 「いや………元気出せ」

 ウンウンと男子一同が頷く。

 「アホか! 俺は別に、―――――つッ」

 急に腕を振り上げてしまったせいで肩がギシギシと軋むような音がした。

 やはり脱臼した直後で気が抜けていたのか思わず顔をしかめる。

 「めーや、大丈夫?」

 彩羽はそんな冥夜の一瞬の表情に気付いた。

 「ははっ、大丈夫。何ともねーよ」

 そんな二人のやり取りを不思議そうな表情で時見は見ていた。

 「君は?」

 高身長イケメンに見降ろされ自分の身長の無さに少し悲しくなった冥夜は姿勢を正す。

 ちなみにこの行動は少しでも大きく見せたいが為の虚しい行為だ。

 「犬塚冥夜っス。彩羽の昔馴染みっス」

 「そうか。時見だ」

 どこか警戒されたような表情をした時見だったがそれも一瞬で彩羽に向き直る。

 「ごめんね神代さん。そう言えば手紙、見てくれたかな?」

 そんな彼の表情は少し照れたように頬を掻いている。

 「あっ、あの………ごめん、なさい。まだ………なんです」

 真っ直ぐに見つめられるのは慣れていないのか視線を逸らす彩羽。

 「そ、そうだよねっ。ごめんね、急かすような事を言って。今日はこんな騒ぎだから無理かもしれないけど、また読んで欲しいな―――――それだけ言いに来たんだ。またね」

 そう言い残すと冥夜には目もくれず時見は自分の教室に去って行った。

 この僅かな時間で冥夜は悟った。

 あ、俺このセンパイ嫌いだわ、と。

 女子は突然の三角関係恋愛フラグにキャァキャァ騒ぎ、男子は憐みの目を冥夜に向けてくるというカオスな空間が僅かな時間で出来上がってしまった。

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