第8話 一章⑤ 『強襲』

 事態が動いたのは昼休みの一件から五時間目の授業が始まる少し前の事だった。

 謎の視線を調べていた『フィーア』からの連絡で冥夜は誰もいない空き教室にいた。

 「で? 調べはついたか?」

 『あぁ、その事だが――――――恐らくキミの感じた視線は十中八九〝聖堂教会〟の使者だね。一瞬だったけど彼らの紋章エンブレムが見えた。まぁキミの視線に気付いて撤退してくれたからよかったが…………』

 冥夜は思わず舌打ちをした。

 見ていたのはその組織ならば狙いは彩羽に違いない。

 「って事は下手すりゃ――――――」

 そこで冥夜の言葉をそのまま『フィーア』が引き継ぐ。



 『あぁ、恐らく戦闘は免れなかっただろうね。一般人がいようがいまいが関係なく、ね』



 そういう組織なのだと、改めて認識をした。

 まだ個人で動いているなら対処はしやすい。

 だが、これが組織で動いているとなるとかなり厄介な事になる。

 『まぁこればかりはこちら側から打って出る事は出来ないね。下手に刺激すればそれこそ奴らに大義名分を与えてしまうだけだからな』

 〝ケルベロス〟の本来の目的は

 こちらから喧嘩を売ればそれは最早戦争と何も変わらない。

 『まぁそれはいいとして、次に彩羽嬢に関してだが』

 そう言えば、と冥夜は思い出す。

 彩羽と時見が接触したことを報告がなかったことについての説明がまだだった。

 『その時見ときみ氏についてだが、こちらの調べでは特に何も出なかったな。父親は普通のサラリーマン、母親は専業主婦。成績は上位保持でどちらかと言えば優秀。運動神経も中々良く絵に描いたようなイケメンだね。まぁ冥夜とは正反対だ』

 最後の一言だけは余計だがここまでは概ね予想通りだった。

 「じゃあ何で報告なしなんだよ?」

 『逆に聞くが、いるかね?』

 確かに仰る通りだ。

 学校生活を送っていればどこにでもある風景の一つ。

 それは彩羽にとっても歓迎するべき事なのだ。

 『勘違いをするなよ、冥夜』

 『フィーア』の声がいつもより真剣なのが伝わる。

 『あくまでも我々は彼女を保護し観察する。学校生活や普通の生活まで縛るようなことはさせないと?』

 そう、冥夜は〝ケルベロス〟に入る前にそう伝えた。

 それを思い出したのか冥夜は少し間を置いて、

 「そう、だったな」

 と答えた。

 普通の生活を送る。

 それは普通の女の子には当たり前の事でも神代彩羽にとってはかなり難しい事なのだ。

 『まぁ大切な幼馴染みがどこぞの馬の骨に取られるかもしれないと焦る気持ちは分からなくもないが』

 「おい、まだラブレターって決まったわけじゃないぞ」

 そんなつまらない言い合いをしていた時、ふとイヤホンに軽いノイズが奔る。

 「ん?」

 軽くイヤホンを叩いて調整していると、



 ぐにゃり。



 と、

 自然と冥夜は懐に入れていた拳銃を取り出しサイレンサーを取り付ける。

 「…………『フィーア』」

 『あぁ、聞こえているよ――――――――――――

 ミシリ、とひび割れる音が響く。

 その音は徐々に大きくなっていき、

 

 「チッ!!」

 バキバキバキィィィッッッッ!! とけたたましい音を立てながら襲い掛かってくる鉄塊を避けながら冥夜は引き金を躊躇わずに引いていく。

 だが舞い上がる土煙や埃で姿が見えない上に銃弾が当たっているかどうかすら分からない。

 しかも空き教室とはいえ縦横無尽に迫ってくる鉄塊を避けていくのも限界があった。

 「『フィーア』!!」

 冥夜は無線に呼び掛ける。

 会話をすることなく一言呼びかけると、そのまま冥夜は鉄塊に意識を集中させる。

 今の会話は万が一、学校で敵襲を受けた場合に現場は自分に任せて対象いろはを保護できるように監視をする事を意味していた。

 なので『フィーア』は付近に待機している他のメンバーに今頃は連絡をしているだろう。

 なので冥夜はこちらに意識を集中する事が出来る。

 空になったマガジンを取り出し新しく装填させる。

 だが結局は当たっているかどうかも分からない銃弾を無駄に消費するより近接戦闘にシフトチェンジした方がいいかもしれないと冥夜は思った。

 「(無茶苦茶な攻撃してきやがって)」

 正直今までも危険な目には遭ってきたのだがこれは次元が違う。

 なりふり構わず大胆に襲い掛かって来たのは今回が初めてだった。

 「これが〝聖堂教会〟――――――――――――」

 そう呟くと、辺りを包んでいた殺気が消えた。

 そして、



 『初めまして、番犬さん。私は〝聖堂教会〟の使者を務めていますシスターシャトラと申します』



 破壊された教室に響くのは感情の無い女性の声だった。

 「はっ、ご丁寧に名前まで名乗ってくれてありがとう。歓迎の挨拶にしちゃちょっとばかし過激だな、オイ」

 恐らく使

 銃を構えながら気配を探っていると、シャトラと名乗る女性は話を続ける。

 『番犬さんはこのまま隅で震えて待っててくれませんか? あくまでも私達の標的は我らが主の敵、厄災パンドラの魔女ですので』

 その言葉に冥夜の拳が強く握られる。

 『厄災の魔女』――――――――――――それは神代彩羽に付けられた呼称であり、皮肉と軽蔑を込めた通り名だった。

 「テメェ、それ以上つまんねー事言うなら脳天ぶち抜くぞ!!」

 『おや、では我々とやりあうつもりですか? これは私共からの提案なのですが?』

 話にならなかった。

 シャトラは、いやこの〝聖堂教会〟という組織は初めから彩羽を助けるだとかそんな感情は持ち合わせていなかったのだから。

 自然と強く握った拳は冥夜の頭を冷やしていく。

 「(冷静になれ。コイツらは何で直接彩羽を叩こうとしない? 何か理由があるのか?)」

 昼休みの時もそうだった。

 遠くから観察するだけで特に行動は起こしていない。

 だがこの様子を見る限りこんな無茶をするような人間がいる組織なのに直接標的を処分するのに慈悲を掛けているという事もないだろう。

 では何故か?

 そこで冥夜は一つの結論に達する。

 「テメェら、?」

 『――――――――――――――――――――――』

 シャトラは答えない。

 代わりに冥夜は話を続ける。

 「こんな、目的の為に無茶苦茶するテメェらが直接アイツを狙わない理由はねぇよな? なのに俺の方に来たって事はシャトラさんよォ…………?」

 最初から引っかかってはいた。

 だが、同時に新たな疑問が残る。

 何故、冥夜なのか?

 『やはり貴方は危険分子のようですね』

 ようやく口を開いたかと思うと教室に殺気が充満した。

 「ッッッッッ!!」

 気付いた時には鉄の塊が冥夜を襲う。

 避けようにも鉄塊の動きが読み辛く、狭い教室では動きも限定されていて思うように動けない。

 「邪魔くせぇッッッ!」

 冥夜は叫ぶと教室の床を円形状に撃ち抜いていく。

 『何をやって―――――』

 「ふん!!」

 シャトラが言い終わる前に冥夜は足を上げ思い切り床を踏み抜いた。

 ミシミシミシッと不快な音を鳴らしながら

 破壊し尽くされた教室は静寂が残る。

 『やはり―――――彼は危険ですね』

 シャトラは呟くと気配は消え、まるで最初から誰も居なかったかのような空気が流れた。





 「………………行ったか?」

 冥夜は肩を押さえながら廊下を歩いていた。

 学校は大騒ぎだった。

 という事で生徒たちが騒いでいたのだ。

 『らしいね。しかし噂以上の組織だね。まさか人払いもせずに強襲を仕掛けてくるなんて』

 あのシャトラという使者は今後も冥夜を、そして彩羽を狙ってくるだろう。

 その前に何とかしなければならないが―――――。

 「彩羽は?」

 『大丈夫だよ。襲撃の際に〝猟犬ハウンドドッグ〟が配置についていた。まぁ正直彼らじゃあの修道女には手も足も出なかっただろうからお姫様を守ってもらった方がいいと思ってね。彼女は少し眠っていたが今は起きて現状に多少混乱しているが怪我一つない………………で? キミは大丈夫なのかな?』

 冥夜は身体を動かすがどうやら落下した際に肩を脱臼した程度で済んだようだった。

 「問題ねぇよ。ところであのシャトラってやつはまた来ると思うか?」

 『。あの手のタイプは諦めるという事を知らないだろう』

 だとすれば冥夜がする事はただ一つ。

 だがその前に、どうしても彩羽が気になったので教室に戻ることにした。

 汚れた制服をどうするかを考えると憂鬱だったが、それでも今は離れるのは得策ではないと思ってしまったのだ。

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