第6話 一章③ 『異端審問官――ジャッジメント――』
とある教会の礼拝堂で初老の神父が熱心に祈りを捧げていた。
初老とは言っても顔は傷だらけで体格もかなり大きく、何より彼を纏う風格が一般人のそれとは違った。
「――――――何か用があるのかな? シスターシャトラ」
神父は祈りの姿勢を崩さず背後に立っていたシスターに声をかけた。
「はい、我らが〝聖堂教会〟『
シスターシャトラと呼ばれた女性は紺を主張とした修道服に身を包み、その色合いとは真逆の金髪がチラリと頬の横から覗かせているのが余計に絵になる。
「〝
ポタッ、ポタッ。
「シスターシャトラ。動けるかな?」
その一声にシャトラはその綺麗な顔から全ての表情を消し去る。
「いつでも」
そう一言だけ告げるとシャトラは影に溶け込むように消えた。
そして、礼拝堂に残ったのは初老の神父ただ一人。
ポタッ、ポタッ、ポタッ、ポタッ―――――。
何か滴る音が響く。
だが神父はそれを気にすることなく立ち上がると礼拝堂に掲げられている十字架に向かい手を広げて己の信じる神に宣言する。
「このままでは世界は混沌へと向かってしまう。この国の魔女はこんなモノまで呼び寄せてしまうのだから」
十字架―――――に見えたそれは確かに十字架なのだが、磔られていたのが異形としか表現できないモノだった。
先ほどから滴っていた水滴はこの異形から流れる血だったのだろう。
山羊の頭に人の身体をした『それ』は苦悶の表情を浮かべている。
さながら聖書などに出てくる悪魔そのものの姿をしていた。
「さて、主と敵対する存在―――――悪魔よ。汝の真名を問おうか」
悪魔と呼ばれた『それ』は卑下た笑みを浮かべる。
まるで「人間ごときに自分の名が知れるハズがない」と言わんばかりだった。
「そうか…………教える気が無いのであれば」
そう言うと神父の手には十字架型の杭が握られていた。
「その穢れた魂に聞くまでだ」
刹那、神父の表情がまるで獣のように獰猛なモノに変わった。
どれ程の時間が経ったのか、一時間、三十分―――いや、実際には数分しか経っていないがそれでも悪魔には永遠の時間がかかったように思えた。
悪魔は消滅してはいない。
そもそも『悪魔』と言うのは〝概念〟であり、彼らには生死というモノ自体存在しない。
だが、
〝痛み〟はどうなのだろう?
無限の苦痛を与えば痛覚がある限り例え『悪魔』であろうとも堪ったものではない。
「フム、貴様の真名は『バフォメット』か」
無数とも言える十字架の杭が
苦悶に満ちた表情をしたその悪魔は何度も声にならない声で「助けて」と訴えているようだった。
「困ったものだ。
腕を軽く振ると悪魔の頭は少しズレていく。
「主に代わり、異端には安らかな〝死〟を―――――」
山羊の頭が落ちる。
床に落ちると同時に身体は霧散し残ったのは十字架に打ち付けられた杭しかなかった。
「さて、次は貴様だぞ―――――『
静寂に満ちた礼拝堂に静かな殺意を込めて神父は死刑宣告を告げた。
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