第5話 一章② 『長い一日』
犬塚冥夜は春の陽気にあてられ眠気がピークを迎えていた。
昨夜、影を操る男を確保したあとの撤収作業や事後処理など全て終わった時にはもう空が明るくなっていた時間だった。
「(やべぇ………マジで、眠い)」
このまま落ちてしまおうかとも思ったが、やはり
自分の頬をつねってでも目を覚まそうと考えていた時だった。
『やぁ、ご機嫌はどうかな? 冥夜』
耳につけていたイヤホンから無線が飛んできた。
突然の事に驚き勢い余って立ち上がってしまう。
「どーした、犬塚?」
教員が不思議そうな視線を向けると同時にクラス中からの視線も一人占めしてしまった。
「あー、いや―――――ちょっとトイレに」
我ながら苦しい言い訳だが、特に気にした様子はなく教員は「いいぞー」と軽く流してくれた。
慌てて教室を出ようとした際、一瞬だが彩葉と目が合った気がしたが彼女は窓の外に視線を向けていた。
教室を出て人気のない階段まで移動すると改めてイヤホンを自分の耳に押しあてる。
「てめっ! ビックリすんだろうが!!」
『驚かせるつもりはなかったさ。ただ彼女の様子はどうか聞きたくてね』
特に悪びれる様子もなく淡々としゃべる呼称『フィーア』は退屈そうに大きな欠伸を隠そうともしなかった。
「………………至って普通だ」
『普通、ね。了解だよ』
含みのある言い方に少し引っ掛かりを覚えるも冥夜は用件を促す。
「それだけなら切るぞ?」
『まぁ待て冥夜――――キミに言いたいことがあってね』
しばらく間を置いて、
『つい一時間ほど前に強盗犯が逃走して今そっちに向かっている――――まぁ恐らくあと三分ほどでその学校の用務員と接触するぞ』
「ブフォッ! そう言うことは先に言えよ!! って何か変なヤツがこっちに来てるぅぅぅぅッッッッッ!!!?」
窓から校門前を見てみると絵に描いたような怪しいオジサンがキラリと光るモノを持ってこちらへ向かっていた。
「『フィーア』!! あとで絶対しばく!」
そう叫びながら冥夜は窓枠に足を掛け、
「どぉりゃぁぁぁぁぁぁぁッッッッッ!!」
三階の廊下の窓から飛び降りた。
最速最短のルート。
着地の瞬間に膝で衝撃を殺し受け身をとる。
そして、
驚異的なダッシュで強盗犯へと向かう。
冥夜の目的はただ一つ。
「(このアホは何としてでも―――――彩葉が気付く前に仕留める!!)」
冥夜は懐から黒い鉄の塊を取り出す。
日本の、しかも一学生が持つには余りにも重たく簡単に命を奪う事の出来る凶器―――――即ち拳銃を構える。
手慣れたように銃口に
パスッパスッと数発撃ち込み、そのまま強盗犯はその場に蹲った。
すかさず冥夜は素早く近付き物陰へと引き摺り込むと手足に拘束具を取り付け確保した。
「何してんだてめぇ、はッ」
そのまま首筋に手刀を叩き込み気絶させ終了。
その時間僅か二分弱の出来事だった。
『さすが冥夜だね。見事だ―――――しかし射撃性能はイマイチだな。もっと訓練した方がいいんじゃないか?』
『フィーア』がつまらなさそうに言った。
やかましいと思いはしたが、それよりも冥夜には重要な事がある。
「てめぇ、情報が遅すぎんだよっ。万が一何かあったらどうすんだっ」
物陰に隠れながらの会話なので自然と小声にはなってしまうが、それでもリスクは避けたかった。
『いやなに、彼女の通う学校周辺は『アインス』と『ドライ』が待機してたんだが邪魔が入ってね。少し対応が遅れてしまった』
不安になる発言をする『フィーア』。
「ちょっと待て、邪魔が入ったってどういう事だ?」
『なに、少し〝
冥夜の頭に疑問が浮かぶ。
「誰だ? そいつら」
『〝聖堂教会〟―――――――パルティカン共和国お抱えの異端審問官の巣窟だよ』
パルティカン共和国はニュースでも度々話題に上がっていたので冥夜でも知っている。
日本より小さな島国で王政国家というのは目にしたことがあったが、『フィーア』の言う〝聖堂教会〟というのは聞き覚えがなかった。
『まぁ平たく言うと昔ながらの魔女裁判を今でも平気でやってるイカれた連中だよ』
嫌な予感がする。
背筋に嫌な汗をかきつつ冥夜は改めて確認を取る。
「なぁ、それって―――――――」
そんな彼の言葉を『フィーア』はあっさりと現実を突きつけた。
『あぁ、どうやら連中は
少し離れた場所で授業終了のチャイムがどこか遠くで鳴ったような気がした。
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