第2話 序章② 『犬塚冥夜』

 犬塚冥夜いぬづかめいやには一風変わった幼馴染みがいる。

 昔から一緒に居て家も近所でよく遊んでいた。

 しかし、彼女――――神代彩羽かじろいろははある日を境に心を閉ざしてしまった。

 原因ははっきりとしている。

 何故なら彼女はのだ。

 それも本人ではなく、関わった人の悉くが。

 幼少のころはよく独り言や誰もいない場所を指さしたりと、小さい子にはよくある事をしていた。

 それは実際に冥夜も目撃しているし、喋っている所も見ている。

 だがいつしか不思議な事が彼女の周りで起きるようになってきた。

 彩羽が巻き込まれそうになった事故の時は

 教室にいた時は

 そのようなエピソードは他にもあるのだが、とにかく異常なほど彩羽の周囲では事件や事故が起きてしまうのだ。

 もちろん例によって冥夜も被害は受けているのだが、それでも彼は彩羽から逃げる事はなかった。

 何故なら――――――――――――。

 「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、い、いいいいいいろはたん」

 息を荒くし、帰宅途中の彩羽の後姿をじっと見つめるふくよかな男がいた。

 脂汗を額に滾らせ、濁った様な眼光はしっかりと彩羽をロックオンしている。

 「はーいそこまで」

 気の抜けたような、それでもはっきりとした口調で男は気付けば地面に倒されていた。

 「ッ!?」

 いつの間に、と言わんばかりに視線を上げようとしたが関節が決まっていて思うように動けない。

 「い、だだだだだだだ!!」

 「いい歳したおっちゃんが女子校生の後ろ姿で萌え萌えしちゃダメっしょ? 警察沙汰だよ?」

 男の上で犬塚冥夜が笑った。

 「離せ――――――――離せよォ!! いろはたん!」

 男の背負っていたリュックの中にはロープやスプレー、そして

 これを見る限り決して穏便な事には使わない物ばかりだ。

 「ったく、どうしてこうも俺の幼馴染みはこんな変なのにモテんだろうね」

 『それは仕方がないさ。

 冥夜の耳元で無機質な声がした。

 彼の耳にはワイヤレスの小型無線機イヤホンが取り付けられておりそこから声が出ている。

 「特別特別って、んなのこっちからすりゃ関係ねーよ。アイツはアイツだ」

 少しムキになりながらも持っていた手錠で男を拘束する。

 「ほい、じゃあおっちゃんも少し反省してくれな。もうすぐケーサツが来るから」

 そう言うと冥夜は立ち上がり彩羽の後をついて行く。

 尾行も慣れたもので最初の頃に比べれば随分と板についてきた。

 「………………思ったんだけどよ? これ普通に一緒に帰った方がよくね? 今のこの状況、さっきのおっちゃんと変わらない気がしてきた」

 『わたしは構わんが、いいのか? ?』

 ボイスチェンジャーで変えられていた声の主は一言付け足すと小さくチッ、と冥夜は舌打ちをした。

 以前、彩羽の不幸体質の影響で冥夜は一度だけ死にかけたことがあった。

 いつものような小さな怪我ではなく、本当に心臓が止まったし、意識不明の状態が数日続いた状態での数か月の入院生活を余儀なくされた事があった。

 その時が原因で一度彼女は完全に心を閉ざしたことがあった。

 自分の病院にはお見舞いに来なかったが、何度も彼女の家に行っては「気にするな」と、言い続けてようやく今では落ち着いたのだが、それでも心なしか距離は感じる時がある。

 「――――――つまり、一緒に帰るならリスクは覚悟しろって事ね。りょーかい」

 そう言って冥夜は無線を切った。

 視線を再び彩葉に戻す。

 自分に訪れようとした危機に気付かないまま帰路についている。

 時折眠そうに何度も欠伸を噛み殺していたがそれ以外は平常だった。

 「(守んなきゃな、アイツを)」

 拳を固く握り締め、冥夜は静かに誓った。

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