013『カラオケ襲撃』
四階建ての大型カラオケ店に入った僕らは、三階の大部屋に通された。並び順はカエシア、竜崎、星川、浅間、そして少し離れたところに僕。アルシエルはさっき場違いな奴がどうのこうのと言って飛び出して以降、戻ってきていない。
「イェーイ! いっくぜぇぇ!」
盛り上げ役の浅間が早速人気のアップテンポの曲を入れて歌い出す。メチャクチャなハイテンションで一人盛り上がる浅間が調子に乗って手拍子を求めてくる。僕は空気を読んで手拍子したのだが、他に手拍子をしようとするものはいなかった。
例によって竜崎はカエシアと話しっぱなし。星川はスマホポチポチ。実質、まともにカラオケに参加しているのは僕と浅間だけというシュールな状況になってしまった。
浅間は恥をかいたとでも思ったのか、歌い終わると舌打ちして僕を睨んで来た。僕が手拍子したせいで周りのスルーっぷりが際立ってしまったのは事実だが、だからといってせっかく手拍子してやったのに理不尽すぎる。
「うぇい、うぇい! もっと盛り上がろうぜ! カエデっちもどんどん歌おうぜぃ!」
気を取り直して浅間がマイクで言いながらカエシアにマイクを回す。カエシアは困ったようにマイクを見ると、それを隣の竜崎へ渡す。
「実は、日本の曲はよくわからなくて。私の好きな曲は多分収録されてないと思いますし、今日は皆さんが好きな日本の曲を聞かせてくれませんか?」
「あぁ、そういうことならそうしようか」
うまく逃げたもんだな、と。
僕も参考にさせてもらおう。なんせ、カラオケに友人と来たこと自体が始めての僕にまともに歌える歌なんて無いからな。
なんて思っていたが、それからいつまで経っても僕にマイクが回ってくることはなかった。歌いたいわけではなかったが、それはそれで悲しいものだった。いつ回ってくるのかとドギマギしてた時間を返してほしい。
ちなみに、一番の歌うまは星川だった。多分プロレベルだった気がする。
そんなこんなで、僕とカエシアを除いた三人が十分に歌い終え、少し弛緩した雰囲気が流れ始めた頃のことだった。
――……ズドンッ……!
突如として建物全体に鈍い衝撃が響いた。地震のような揺れ方とは少し違う、何かが屋上に激突したかのような鈍い振動だ。パラパラと天井のよくわからない欠片が降ってきて、僕のドリンクバーに沈んでいく。
「何だ、今の?」
浅間が気の抜けた声を漏らした直後、
――ズドンッ!!
もう一度、今度はよりはっきりとした衝撃が轟いた。
すると、今度は室内に備え付けられた電話が鳴った。近くにいた浅間が受話器を取る。一言二言会話すると、困惑顔を竜崎に向けて言った。
「なんか、避難しろって……地盤沈下とかかもしれないって」
「地盤沈下? 衝撃音は上から聞こえたような気がしたけど」
「んなこと言われても知らねぇよ! 店員がそう言ったんだよ!」
「分かった、分かった。そういうことなら、避難しよう」
逆ギレ気味に言う浅間をなだめるように竜崎がそう言った直後、唐突に停電した。
「きゃあ! な、何!?」
「何だよこりゃあ!?」
星川の悲鳴と、浅間の取り乱した声が真っ暗闇に響く。さすがに動揺しているようだ。
「皆、落ち着け。スマホのライトを点けて周りを照らすんだ」
落ち着いた様子の竜崎が指示を出すと、各々がライトをつけた。誰がどこにいるかぐらいは判別できるようになった。
「とにかく、外に出よう。このままここにいるのは危険かもしれない」
周囲を見回しながら、竜崎が言った。
「……し、紫音」
星川が不安そうに竜崎の名を呼んで服の袖をつかもうとする。しかし、竜崎はカエシアのほうが気になるようで、彼女のもとに向かってしまう。星川の指先は空しく宙を掴むはめになった。
星川は悲しそうな顔をするが、竜崎はまるで気がついていないようだった。
「きっと大丈夫だよ、星川さん」
見てられなかった僕は、勇気を出して励ましの声をかけたのだが、
「は? 何で大丈夫だって分かるわけ? 無責任なこと言わないでくれる?」
「あ、や、その――」
「てか、モブの癖に気安く話しかけんな」
よかれと思った行為が逆効果。怒らせてしまった。
竜崎との絡みを見ていると負けヒロインっぽさがヤバいから、ついチョロそうなんて勘違いしてしまいそうになるけれど、星川はクラスのカーストトップ。クラスの女王なんだよなぁ。カースト最底辺の僕なんかに気安く話しかけられたら、そりゃ調子のんなってなるかもしれない。
「……悪かったよ……」
何で励ましただけでそこまで言われなくちゃならないんだ、という気持ちはあったがぐっとこらえて僕は頭を下げた。
星川は、ふんっ、と鼻を鳴らしてツンとそっぽを向いた。許してくれたと思いたい。
すでに竜崎に目をつけられているのに、星川にまで目をつけられたらやばすぎる。高校生活終了のお知らせだからな。仕方がない。まっとうな青春を送るためなら、これぐらいは甘んじて受け入れる覚悟はある。
頭を上げるとカエシアと目が合った。怪訝そうに僕のことを見ている。なぜ頭を下げているのか不思議なのかもしれない。いたたまれなくなって僕は一人先に廊下に出た。
廊下には突き当りの角に小さな窓があるが、すでに日が暮れているらしく、街明かりの頼りない明かりしか入ってはこない。
「やはり、停電はこのビルだけのようですね」
いつの間にか僕の横にピッタリと寄り添っていたカエシアが耳元で囁いた。
良い声過ぎてゾクリと背筋を震わせながら、僕は「ああ」とだけ返す。ポイントは何かに感づいたっぽい雰囲気を出すこと。もちろん、何も感じていないのは言うまでもない。
「アルシエル様が抜かれたのだとすると、敵は相当の手練れか、あるいは複数か……いずれにしても、油断はできなさそうです」
「相手が誰だろうが、油断して良いことなどない。忘れるな」
「はい」
何故、ここでアルシエルの話が出る? ていうか、今……敵って言った? 言ったよね!? てことは、敵が来てるってこと!?
じゃあ、アルシエルが場違いな奴がどうのって言って飛び出したのって、敵の対処に向かったってことかよ!?
「……」
少し遅れて冷や汗が流れ落ちてきた。
手元に深淵ノ理がない今の僕は、単なる無力な一般人でしかない。この状況でこの間みたいなヤバイ状況に陥ったら、僕には為す術もない。
もしかしなくても、これは相当ヤバそうだ。
「カエデちゃん、早く避難しよう」
身を寄せあってひそひそ話をする僕とカエシアが気になるのか、竜崎が割り込んできて引き剥がした。
そうかと思うと、竜崎は僕を不謹慎なものでも見るような目で見て、
「状況考えろよ。こんなときまでカエデちゃんに絡むな」
などとズレたことを言い出した。その言葉、そっくりそのままお返ししますよ。こんなときまで、カエシアにアピールかっての。
てか、彼の中で僕はどういう人間に思われてるのだろうか。親の仕事関係を持ち出して彼女にまとわりつく迷惑男とか? ったく……何も知らない奴は平和で良いよなぁ。
もし、この停電が敵の仕業だってんなら、今僕らは命の危機に瀕してるんだぞっての。
と、そんなことを考えたのが悪かったのだろうか。
「――青灰」
廊下の暗闇の向こうから、聞き覚えのある言葉が響いてきた。
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