012『ユニオン』

『――これは大きな失態だぞ千堂』

『左様。まさか貴様が最弱の魔女と目される〝青灰〟ごときに後れを取るとはな』

「申し訳ありません」


 照明の落とされた暗い会議室で、千堂と言われた人物が頭を下げた。ぴっちりと整えられたオールバックと寡黙そうな暗い瞳が特徴の壮年の男だ。


 彼が頭を下げる先には誰もいない。代わりにあるものは薄暗闇と『SOUND ONLY』の文字が表示されただけのディスプレイだけ。


 会議室は軽く百人は入れるような広い空間だが、窓がないからか開放感は一切ない。むしろ、息苦しさを感じるような閉塞感すら感じられる。訪れたものを威圧するその様相は裁判所のようでもある。


 事実、今この場で行われているのは〝組織〟における裁判に他ならなかった。


『魔女は親から力の使い方を学ぶ。しかし、青灰は早くに親を失い、最近までただの浮浪児として生きてきたために魔女の力をうまく使えない、と報告書には書かれていたはずだ。それは誤りだったということかね?』

「……いえ。一対一で戦った所感を述べれば、最弱の魔女というのは正しい評価です」

『では、なぜこうなったのだね? なにやら横槍があった――ということは小耳に挟んでいるが、君は〝一等執行者〟だろう? 我ら魔術機関ユニオンが誇る最高戦力の一人のはずだ』

『左様。たかが一人が加勢に加わっただけで取り逃がすというのはにわかに信じがたい。よもや、わざと逃した――などということはないだろうな?』

「いえ、決してそのようなことは……」

『では、単純に君の実力不足だったということかね? そういうことであれば、降格も視野に入れて君の今後の処遇を考えなければならなくなるが?』


 降格、という言葉をことさら強調して言う画面の向こうの人物に、千堂はただ眉間の皺を深くして沈黙を返す。


『……千堂、分かっているな? 二度目の失敗は許されんぞ』

「はい。必ず次こそは必ず仕留めます」

『そうか。ならばいい』


 ぶつり、と通信が切れる音がする。

 同時にそれまで部屋を満たしていた重苦しい空気も霧散していく。


「……」


 再び静寂に包まれた部屋の中で、千堂は握りしめた拳を開くこともせずに頭をもたげると、胸中に渦巻く感情を押し殺すように、無言のままその場を後にした。


   ***


 自身の執務室へ戻った千堂の元へ、年若い男女二人組が駆け寄ってきた。両者ともにブレザータイプの学生服を着ている。地元の人間なら誰でも知っている、県内一の進学校〝白珠院高校〟のものだ。


「千堂さん! 報告会はどうなりましたか⁉」


 片割れの少女がソワソワした表情で尋ねた。ロングツインテールの小柄な少女だ。幼さの残る顔立ちだが、大人負けしない気の強さが滲み出ている。

 一方の少年の方は壁に背を預けて佇み、目を閉じている。


「別に大したことはないさ、彩花。心配は無用だ」


 さらりと答えながら彩花と呼ばれた少女の横を素通りすると、千堂は自分のデスクに腰掛ける。

 彩花はデスクに大股で歩み寄ると、バンと手をついいて身を乗り出す。


「嘘です! 島崎さんたちが降格は免れないだろうって噂してるのを聞きました!」

「噂はあくまで噂だ。いつも言ってるだろう、不確かな情報にいちいち惑わされるんじゃないと。そんなことでは本当にいつか足元をすくわれる事になるぞ。悪人は平気で嘘をつく生き物だからな」

「……うぐっ! ですが、憶測だとしてもそういう噂が立つぐらいには、千堂さんの立場が悪いってのは事実でしょう!」

「まぁ、それはそうだろうな」


 なんてこともないように答えながら、千堂はデスクの脇に置いてあった魔法瓶からマグカップにコーヒーを注ぐ。


「そうだろうな――って、そんなんじゃ本当に降格処分をくだされちゃいますよ⁉ それでいいんですか⁉」


 彩花は眦を吊り上げて顔を赤くしながら興奮して言った。しかし、千堂はいに返さずチェアをくるりと回転させて背中を向けてしまった。

 彩花はふてくされたように唇を尖らせると、


「もう知りません! そんなに降格したいなら勝手に降格してください!」


 と捨て台詞を吐いて執務室から飛び出ていってしまった。

 千堂はずずっとコーヒーを一口飲むと、何事かを口元で呟いた。そして、ため息を一つ漏らしたかと思うと、チェアを回転させ、部屋にまだ残っていた少年の方へ目を向ける。


「悪いが……彩花のことを頼む。あの子のことだ、知らないとは言っても大人しくしていられるとは思えない。余計なことをしようとしたら諌めてくれ」

「千堂さん、悪いがその願いは聞けない。俺も彩花と同じぐらいあんたのことを尊敬してるんだ」


 少年は静かにそう答ええると、千堂の言葉も待たず部屋から出ていってしまった。

 千堂はサイドチェアをくるりと回転させると、背もたれに深く背を預けながらコーヒーを一口すすった。


「……尊敬、か……」


 かすれるような声でそう呟いた彼の顔には暗い笑みが浮かんでいた。

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