第16話 ことの知らせが事件を呼び寄せたの?

 楓花を出迎えた、サキの母、加藤(旧姓)ユリは、

「若くしてバツ二になるなんて、なんて不憫な子でしょうね」と、嘆きで声色を切らしていた。

「何を云ってるのよ」

「あんたのご亭主が疫病神に取り憑かれたから、徐霊をしているのよ。最悪の事態はご免だから、速くお祓いして貰いなさい」

 云われたものの、サキはキョトンとして

「今日も元気に出社したよ。夢でも観ているんじゃないの?」と云い返した。

 そこへ

「これは一大事。速く結界で徐霊しないと、末代まで祟られますぞ」と、助手とおぼしき者が、青ざめた表情を魅せながら云った。

 楓花はそれで、うさぎに追いて来いと云わんばかりに振り返ってから、慌てて中へ飛び込んで行った。

 リビングに敷かれた茣蓙ござに描かれた結界はユダヤの紋章であった。楓花は急いだことを有耶無耶に

「もしや? って想ったから駆けつけたけれど、損したわ」と、小賢こざかしそうに云い放った。

 後を追って来た助手は、真っ赤な顔で

「無礼者」

 と、憤りで叫んだ。

「無礼者なのはどっちよ」

 サキが、楓花に加勢するように加わり、

赤瞳わたしたちは、本物の結界の住人です」と云い、胸元で光る勾玉を翳した。

 それに併せたのか? 楓花と、サキの胸元が光り、勾玉が存在を顕した。

 徐霊者じょれいやくは、勾玉 から集約される光で、悪意を晒されることを恐れたのだろう。身に纏う袈裟がジリジリ燃える錯覚に陥り、気力を殺がれていた。赤面ヅラで道具をまとめ、助手でさえ視界から消し、いそいそと退散して行った。助手も仕方なく、続いて消えていた。

 サキはため息交じりに

「何でも信じちゃ駄目だよ、お母さん」と、宣った。

 楓花は、サキに倣い

「お久しぶりですね、おばさん。お元気そうで、なによりです」と、流暢に云った。

 ユリは、そんな楓花を真面マジと見つめ

「本当に、楓花ちゃんなの?」と、戸惑いを隠さなかった。

 ふたりの想い出が重なった瞬間を捕らえるように

「華を咲かせる前に、費用は既に支払ったの?」

 と、サキが微妙に距離を詰めようとするふたりの間に割って入った。

「手付金の一万円だけよ? 屋根の塗装塗り替え工事業者が落ちたお詫び料なんだけれどね」

 その言い訳に

雨樋あまどいに、ゴムボールでも挟まっていた? という口実で、工事依頼を取るつもりだったのでしょうね」と、経緯を見越した? うさぎがシャシャリ云った。

「輩の残党かも知れないわね」

「まだ、お金を持っているか探っていた? っていうの」

「影に潜む者がいて、性懲りもなく動いた? というのが本筋と、診るべきでしょうね」

「それが本筋だとすると、要領の良い輩が黒幕フィクサーってなるよね」

 楓花は、サキの天然が導く先を省くために割り込んだ。先程の割り込みが原因ではないことをしめすために、ユリとの距離を保つため、肩に両手が添えられていた。そして、気遣ったのだろう? サキに目配せをくれてから、ユリをソファーに導いた。

「悪意のために退けられたソファーを正位置に戻してからにしなさいよ」

 と云った、サキも、楓花に目配せしてから、うさぎの手伝いを待ち、家具を戻していた。

「ねえ、赤瞳とうさん? 輩の狙いが朝宮家を追い込むことだったなら、おじさんも危険よね」

「どこに行ったの、お父さんは?」

「お祓いを受けるべき張本人が出社していない連絡が入り、会社に行ったわよ」

「ならば、両人とも危険だわね」

「手配は済んでいますよ」

「いつの間に?」

「もしかしてそれが、昨夜の電話の内容だったの?」

 うさぎがソッポを向いて、空を使った。

「原因が、神々様と知っていたのね?」

「だから、両極だとか、対極と云うんじゃないかな? まるちゃんが私に隠し事をするなら、やっぱり、赤瞳さんが原因! ってなるだろうしね」

 うさぎはそれで

「内通者を焙り出さないと、本当の解決にたどり着けないことを、今回学習しました。見落としに気付いて解ったことは、加藤家の発端が、藤原家に加わったことから、始まっていたことです」

「だから、赤瞳とうさんの虫が騒いでいたのね。今回気付いたのは、虫が記憶と繋がったんじゃないの?」

「御名応? で、その先は、どう繋げますか」

「何なに?」

「最近の楓花あたしたちの毎日ルーティンよ」

「それって、その先があることを教えるためなんじゃない?」

「ある意味、傲慢な矯正力を含むことは解ったけれど、赤瞳とうさんは、楓花あたしが知らない失ったものを、教えたいみたい。それが血に記憶されている意味で、風情を育んだ過去と、情けを失くした今の違いと指摘しているわ」

「時代背景を紐解けるのが血液しか残されていないことに気付いて貰えば、非実体の存在を理解できるはずですからね」

「もしかして、ひそひそ話の密約が知りたいの?」

赤瞳わたしも幼少時代に飲んでいますから、云わずもがな解ります。ですが、失敗がもたらす恐怖を考えると、吝かではありますがね」

「あれはただの種よ。芽吹かすために必要なものが、努力であることは、赤瞳とうさんは知っていて、風に成りたかった本心は、母が見抜いていますよ? って教えてくれただけ」

「だから赤瞳わたしが、風のように去ったと感じたんでしょうね」

「それを赤瞳とうさんが、本音に隠したから、バブルのように好景気が弾け、ご褒美をご褒美と捕らえられないほどの不信感が芽生えたのを知らないまま。それが種の変化に繋がったから、予防線を張るために、神々が慌てたらしい。倣った(勉強した)のが遺伝子学だったから、過去を見直したけれど、感性様は、幼き想いを取り戻して欲しかったみたいだよ? 結果的に、インダス文明に繋がり古代文明の基盤を見直したのよね」

「それが、視ている者は必ず居る! という赤瞳わたしの根源と一致しましたからね」

「だったら、隠したものも、簡単に取り出せるよね?」

「昔話になりますが、天使(神)が降臨するときに、悪魔も追いて堕ちて来る。という夢にうなされました」

「だから感性様の降臨に、魔物が動き出す? と用心したんでしょう。だからといって、必ず堕ちて来るとは限らないから、この世の悪意を重ねて、魔物と予見したまでは解っているわ。楓花あたしが訊きたいのは、藤原氏は悪としたなら、その子孫を悪者にしたはずで、その人の名前を明かして欲しいだけ」

「ねえ楓花?」

「後にしてよ」

 と云われたから、サキは鏡を引き出しから取り出し、楓花に向けた。

「えん魔様に写っていない?」

 楓花はそれで、息を入れた。

「朝宮 聡一郎さんです」

「とうさんなの?」

「どういうことよ?」

「藤原家が歴史の表舞台に出れなかったのは、神武天皇の血筋を完全にたったからという噂があり、日本書紀に繋げられなかったようです」

「乙女さんが、生まれる前だから?」

「唆かされた人間を、表舞台から引き摺り降ろしたのは、疫病を恐れてのことなんです」

「悪意にまみれたんだから、当たり前でしょう」

「その疫病が、マヤ文明の科学で証明されたなら、万民が恐れて近寄りませんよね」

「なんで、マヤ文明が出てくるのよ?」

「マヤ文明の科学の元が解らないのは、ヘスティア時代の恋仲であったプロメテウスの学識です。それを知らない人間たちが信じたから、感性の違いが宗教に現れて、宗教戦争を起こしたのです。だからこの世から、絶滅という形で消えたんです」

「絶滅で消えなくてはならない理由は? まさか神の範疇テリトリーを公開したからって云うの?」

「人間に火を与えた罰は、ギリシャ神話が教えていますが、天下を取った六弟さんの下す処罰は、閻魔大王よりも、恐れられていたようです」

「だから、氷河期と云えば、繋がるけれど、プロメテウスさんだけが回帰されたとは、考えられないよ」

「神々が非実体になった理由が疫病だったなら、話しも繋がります。その疫病を入れたものがパンドラの箱なら、卑弥呼さんが日の本の國に拘った理由にもなりますし、子孫のイエス様が説いたキリスト教が日の本に布教した理由にも繋がりますからね」

「そうなると、イエス様を身籠った卑弥呼さんが産むまでの時間に説明がつかなくなるよ」

「非実体になった? 卑弥呼さんが産むまでの時間がそれなら、感性母さんが神々や元素を産んだ時間が逆算できます」

「そうなると、ミレニアムを境に非実体になったという、赤瞳とうさんの視たものはなんなの?」

「錯覚を利用したなら、可能ですよね」

「神の眼にも、錯覚があるわけね」

「それを可能にするために、心の保全に拘ったなら思念を酷使して、異時空間の交わりをみせることも出来るはずですしね」

「そんな大層な仕掛けをしてまで護ったものはなんなの?」

「それは解りません。ですが、それが想いだったなら、消滅しないために掛けるものが、本当の魔法になりませんかね?」

「ねえ、楓花?」

「なに」

「赤瞳さんに知らないものがあって当たり前だよ。なんでそう、喰い下がるの?」

「辻褄が合えば、それが道理になるからよ。楓花あたしの虫さんが騒ぐのは、赤瞳とうさんに不条理が働いてないか? を、教えてくれているらしいからね」

「それが、あの時の密約だったのですね」

「そうよ」

 うさぎはそれを訊きたかったから満足の笑みを拵え、楓花は楓花で隠したものを披露させたので、一件落着となっていた。

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