第12話 誰もが通る途

 解っていても受け入れ難い日は訪れる。それでも、その先があるのだから、色褪せないことを願って病まない想いを抱く自身こそが、悪意であることに気付いていた。

 寂しさや名残に打ちのめされた心は、まるで穴が空いたようである。


赤瞳わたしの幼少時の記憶は、よるの闇の中からもたらされた記憶ものですから、淡く切なく想い出されます」

 唐突に切り出された感覚が、楓花の心にもたらしたものが安らぎで、心地よさに包まれていた。

 詞が導いた先が永遠に感じられたのは、もたらされたことで、脳が錯覚に陥ったのだが、懐かしさに満たされていた。

 楓花にしたら唐突でも、空に散りばめられた星星ほしぼしが語るものがおとぎ話だから、心が安らぎに包まれるのである。大人になればなるほどに、その錯覚を受け入れ難いから、居場所を失くすのだった。


「それって迷信? かも知れないけれど、聴いてみたいな」

 少し照れた表情をした楓花は、少女のように瞳を輝かせ、急かされているように、うさぎには想えて仕方なかった。

 好感触が出す生唾を飲み干してから、

「夜の闇に誘われる風習は、地域ごとに違いますが、赤瞳わたしにとっての眠りは、夢の中の探索の好奇心から、色褪せることはありません」

赤瞳とうさんの好奇心って、冒険心だったんだね」

「そこ(夢の中)に誘ってくれたのが、あくびちゃんでしたから、夢中になって終いました」

『おやじギャグ?』

 楓花は続きへの期待から、それを飲み込んでいた。

 口をついたのは

「あくびちゃん? って、アニメだよね」

「ミキから聴いたのですか?」

「多分、赤瞳とうさんも好きなはず? って云ってたよ」

「楓花が産まれる切っ掛けですからね」

「営みの話なの?」

「ミキは、ティンカーベルという、米国のおとぎ話が好きだ! と云って、あくびを噛ましましたからね」

「なんで? 米国だったのかな」

「日本が負けた唯一ですし、國を挙げて、越える意思を明確にしていました」

「だから、夢という詞が乱用されたわけね?」

「復讐にしないために、追い付け! 追い越せ! と賑わいました。目測をずらすために仕向けたのは、戦争から離脱することを謀るためだったようですね」

「想像が追いつかないのは、実感が無いからだと想うんだけれど、楓花あたしの中の、赤瞳とうさんの遺伝子が、靄々モヤモヤしているようだから、いつの日にか想像が追いつくかも知れないね」

「?」

 と、閃いた刹那に、うさぎは呪文(サンスクリット語)を唱えていた。

 楓花が造り出た靄が、吐息の流れに消えると、躰から洩れるように脱出を果たした。

 靄は現実に触れると光沢を集め、姿を形成してゆく。

 顕れたのは、三妹神であった。

「やはり? 赤瞳あひとだったのね」

 その刹那に、うさぎが、楓花の心臓に手を宛てていた。

 そして

さん」と、間の手に思念を流した。その思念で、楓花の勾玉が顕になり、輝きを振り撒いていた。

「まったく?」

 と云って、次妹神も、勾玉が振り撒いた光沢の中から姿を顕した。

 楓花が詞を失い、唖然に囚われていると

「首謀神は、卑弥呼さんですか? 出てきて下さい」と、うさぎがほざいた。

 光と影を纏うように顕れたのは、疾風であった。

「疾風様?」

 楓花の口をついた名は、かつて、うさぎの心に宿った神であった。

「と? 云うことは、首謀者は、感性母さんということですね」

 と、宣った。

 すると、月の反射光で帳を貫通し、創世主である、感性が降臨した。それは閃きよりも速く、重圧感で重力を席巻していた。

 うさぎは半ば呆れた面持ちで

「またなにか、悪巧みを想像したようですね?」

 と、続けた。

 感性はそれを無視するように

「はじめまして? よね、初孫ふうか

 と、挨拶してから、両の手を駆使して顔の部首パーツを確認する仕草に乗じて、隠し持ったを飲み込ませていた。

「なんで? 赤瞳とうさんを無視したの」

「日の本は神の國! その仕来りは、礼節に始まるからよ」

 と云って、姿を顕したのが、卑弥呼であった。

 六弟神の操る雲に便乗していた。

「おう、赤瞳。久しいな」

「光のような突風を造り出したのは、五弟さんですね。阻む量子を細工したのは、四弟さん? ということなんでしょう」

「これって現実? よね。あり得ない状況に微塵も臆さないなんて、赤瞳とうさんの肝っ玉って、計り知れない訳なの?」

「宇宙の理に従えば、怖いものの存在は、無限大の質量のブラックホールに墜とせば良いだけです」

「赤瞳が簡単に云うのは、実際に視てきた経験があるからよ」

「そうなの? 赤瞳とうさん?!」

「無重力空間ですから、生命のゆりかごを味合えます。知らないから恐怖心が芽生え、その圧迫感に身を焦がします」

「焦がすのは、愛じゃないの?」

「慣れれば当たり前にするのが人間で、心の靄は、消せることのできない好奇心なんですよ」

「それで、巧な言い廻し? で、誘導したのね」

「誘導したのは、感性母さんで、その途筋を想像したのが、神々ということなんでしょうね」

「なんのために?」

「楓花の心の成長を確めるためじゃないんですかね?」

「いいかい? 楓花ちゃん」

「どうぞ」

「神々がそこらじゅうにお座主ざすのは、監視するためではなく、成長を見届けるためなのよ。無限の可能性を証明しても、誰も視ていないことを知れば、指揮きもちが下がるでしょう?」

「真面目に努力を重ねることが出来ないのは、動作の遅いホモサピエンスの習性が残っているからよ。折角 知恵を持ったんだから、悪巧み? ばかりに使わず、多様化する生命体のために尽力すれば、花畑のような彩りが造れるわ」

「恨みや憤りという感情に支配されるから、屈託のない笑顔を失くすのよ。良い例が、男神そこに要るから、解るわよね」

「純心がもたらす効力は、明日への希望を抱ける心の未知数が生み出すんじゃ。それに気付けない人間に、神の部首は使いこなせるはずもない? となるんじゃな」

「男神が気付いても口にしなかったことを、赤瞳は整然と云い退けたんだよ」

「まさか人間ごときに教わるなんて、想いも依らなかった」

「それは、実体が人間というだけで、限りない宇宙のような想像力を養ったからよ。無限の可能性というものに、限りをつけて終ったみたい。その愚かさが、実体を失くした原因かも知れないわよね」

「そうやって切磋琢磨したから、神々も掬われたみたいだけどね」

「だから、礼節を失くしたことを、人間の終わりに繋げたくなかったのです。楓花へのご褒美が何か解りませんが、今は良しなに、騙されてみましょう」

「騙すなんて、人聴きの悪いことを、神々がするわけないですよ。況してや、感性様が同行する臨界に、嘘や方便があっては、末代まで恥を晒すことになりますからね」

 楓花は、この乱雑こそが、雑踏の始まりのような気がしていた。女性は体内に子を宿すから、悪意や蟠りを秘めることを嫌うもの? その拈華微笑を送ったのは、うさぎ以外に居なかった。

「今のは、ミキの囁きです。天使となったミキのために、地域に伝わる天使の武勇伝を教えようとしていたんですからね」と云ったのは、おとぎ話を信じる気持ちを、そのまま持ち続けることの大変さを教えたかったようだ。だから奇跡を生み出したのだ、と、楓花の笑みが語っていた。

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