変わってしまうものの真意とは

第9話 愛と恋の説法

「年頃と云うのは、色香を指しますが、赤瞳わたしが心配なら、嘘でも出掛けて欲しいものですね?」

 うさぎは自身の想いを神棚に置き去りにして、講釈を垂れてしまった。

「年頃の娘がうちにいれば、世間の眼が向くのも解るけど、喧騒の中を隠れ蓑にする妖しに纏わり付かれるのも解るわよね?」

「色恋話と云うのは、多くの輝きの中から見つけるからです。妖しが悪意といえど、善意を引き出せれば好いだけです。そのために両極が同居しているんですからね」

「比率は解らないけれど、絶対数で悪意になっているんだよ。駆け出しで未熟な楓花あたしが簡単に引き出せる訳ないでしょう」

「愛と恋の違いには消極的おくてほど気付けない境界線がありますが、踏み出さないことを愚行と云うんです。間違うことを恐れるから、踏み出せなくなっているんでしょうけれど」

楓花あたしに躊躇いがあるとしたら、理想という運命さだめがぶれているからで、赤瞳とうさんに出会うまでに時間がかかったんだから、赤瞳とうさんのせい? ってなるよね」

「なりますが、その時間を無駄にしないために、実体がらにもなく奮起しました。それは解ってもらえますよね?」

「解ったからって、身近に居る人で妥協するわけにもいかないんだから、しょうがないでしょう」

 うさぎはもんどり打つ動揺を隠さず、

「日本語の始まりは、いろはにほへとでした。現代かな使いでは、あいうえおです。それが母音だからなのは理解していますよね?」

「何が云いたいのよ」

「色は匂ヘと、散りぬるを、我か世たれそ、常ならむ、初の奥山、けふ越えて、浅き夢みし、えひもせす 神々が使ったと云われる音が、言葉になったものが謂れだからのようです」

「神々が人間に残したなら、その意図を謂れとしたはずだよね」

「年頃の娘が匂わす意味は、子を遺す意味になりますから、現代の大人の女性に、男性が集まる様を推測できませんかね?」

「始まりがホモサピエンスだったのだから、嗅覚も現代人より高かったはず、ということまでは解るけれど、男性が集まる理由は、下心じゃないの?」

「言葉を話せるようになった時のことですから、時代はもっと進んでいるはず? なんですがね」

「他人の恋愛事情に踏み入ると、馬に蹴られるらしいから、その拍子に異世界に転生させるつもりなら、赤瞳とうさんをみち連れにするからね?」

 うさぎは回想に引き込むつもりだったので、図星であった。その刹那に閃いた記憶を糧にするべく、それを語り始めた。

「あいは始まりですが、それを出遭いにするならば遭うになり、出たことで遭うとなります。そして同じ時間を共有して見定めることを余儀なくされ、その結果次第で、告白と別れの選択を迫られるのです。選択で夫婦めおとになるとすれば、産まれるのが子孫となり、統合すれば、継続になりますよね」

「なるわね」

「選択肢が生まれることが循環を意味しますから、世の常に重ねられます。だからという訳ではありませんが、愛があることでやり直せる可能性が生まれます」

「同じようにその選択にも結果が付きまとうから、失敗を成功のもととすれば? だけれどね」

「育まないから失敗に終るのです。快楽を目的とするから育まれなくなり、失敗というけじめを付けるしかなくなるのでしょうね」

「けじめ? そんな律儀さが必要なら、誰しもが躊躇うはず。軽率を物怖じしない男性ばかりの現在では、赤瞳とうさんのような堅物は稀? なんだけど、等の本人は気付いてないんでしょうね」

 うさぎは、楓花の戯言を聴き流し

「安直過ぎませんか?」と訪ね返して、逸脱を阻止していた。

 楓花はそれで、真摯に向き合い

「愛にしても、恋にしても、そんなたいそうなものという認識がないから、結論が早く出るはずよ」と、若者の本音をぶつけていた。

いにしえの風習なら、添い遂げるのが夫婦でした。だからかもしれませんが、楓花の云う出不精も行き遅れの原因でしたでしょうし、別れに躊躇いが生まれたかも知れません」

「別れ? なんでよ? もしかして、始まりの元素に倣うつもりなの?」

 楓花が不貞腐れた様子を示したから、うさぎは約束の、見えない部分の説明をするしかなく

「嫁ぐのですから、両親との別れです。その寂しさを埋めるために、帰省の習慣が生まれたならば、それが旦那様の優しさですよね」と、古くから続いた倣わしを、教えるつもりで提示した。

「現代は携帯で声も聴けるし、隠れて遭いにも行けるわよ。近代文明に疎いのが親だとしても、死なない限り、簡単に遭えるからね」

 楓花は、時代錯誤か時代遅れか解らないために、時代背景を強調した。

「その近代文明がもたらした変化で、血に宿る記憶の必要性もなくなったんでしょうね。恋は閃きと同じで刹那に巡ります。だから墜ちますし、育たなくても良い感情にしてしまったのでしょう。その結果、感情に情けが必要でなくなり、薄情が形成されて、風習が居場所を失くしたんでしょうね」と、併せた結果が今の彩りであり、善くも悪くも決められない現在社会の落とし穴を見つけ出そうとしていた。

 楓花にその優しさが伝わったのだろう。

「風習や生活習慣が変わったとしても、馴染みのなかった? 楓花あたしには、居場所が出来たけれどね」と、照れ臭そうに口にした。

「だから選択肢には、善意と悪意がなくてはなりません。だからといって、両極を対象物にしないで下さい。それが人間としての嗜み? いや、誇り高い志を持つ人間の嗜みにしないとダメなんですからね」と、優しさの根元が自信であるかのような言葉で、楓花を彩りで包み込んでいた。

「そこに人それぞれがあるから? なんだよね」

「ご名答」

「? 答えにしたくないから、ご名応か、ご迷答の方がしっくりするけれどね」

 楓花は云って、はにかんでいた。見続けるものを理想にしがちの女性の盲点は、赤瞳ちちを理想にした亡き母の想いを遺伝子に持っているからである。そこに育んだ記憶がある以上、錯覚にはならないのだ。それが脳の支配から逃れる唯一であることは血汐が教えているが、どんなに優秀な科学者でも、それを分析できることはない。

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