繰り返される理由

第5話 魅せられたものは?

 その日の空はどんよりとしていた。

 日射しを遮る雲は薄く塗り伸ばしたようでいて、所々に空いた雲間から青い宇宙そらが覗いていて、散りばめられた黒子が怪しく動き、雨降りの予感が浮かぶからである。何時の日にか視た空とおなじとしても、覚えていないのも人間らしさ、なのだろう? 責任感がないようだが、なんとなくというレベルで、理解できていた。


 うさぎは、よんどころのない喪失感が生まれたようで、最悪の想定内を、どうやって持ち込もうか? 迷いあぐねていた。またか? と想うよりも更に深い記憶は希少まれだが、想像を越える領域は、必ずあるのが現実だからだ。もの心がつく前の記憶が朧気なのと仝ように、心と云うフィルターを通した記憶が、好き勝手に分割されて残されているからで、集めたときに色褪せの進み具合の違いを、おなじ時の記憶と想えなくなるからだ。それがパズルのようにわさるのだが、乱雑に散りばめられることから、形が合わなくなって終う。その空白を埋め合わせるために、想像力が必要になるのだが、言葉を失くす程の衝撃などを受けることで、意味のない破片ピースになって終う。長い人生の途徳みちのりには、稀に起こり得る? ということなのだが、人の心が正常に働かなくなることで、自身が招いた罰というべき収縮をするしかなく変形に至り、存在の意味すら忘れるのだ。思い出の変形は、繊細な感情を抱く、心を護るために起こり得るから、始末に負えなくなるのだ。人間の感性はもともと、色褪せるための時間の経過を知っているが、損壊させないために効力を発揮する。だから、異物を吐き出させるために言葉を発すると、気持ちが落ち着くのである。

 楓花は何気なく説明を聴いていたのか、無意識に立ち上がり、それを案じた周りに居る者たちが、無意識の所作におののいてしまった。何処から持ち込んだものか判らない骨壺を持ち寄り、祖父の骨をそれに移し始めたからだ。皆が驚いたのは唐突な行動にではなく、器用に両の手でさいばしあやつり、器用に遺骨を捌いていたからだった。あろうことか位牌も添えてあり、焼香までもが、用意されていた。


 会する一同に向かい

「強制は致しません。故人を哀れむ御心をお持ちの方のみ、ご焼香をお願いいたします」と、宣った。

 静寂の中に動向を窺う注意が漂う中、うさぎは静かに立ち上がり焼香に参じた。序列がない為か、気持ちの整理が着いた順に席を立ち、故人の弔いが執り行われ始めた。取りこぼしのない法要を目指したのだろうか? 楓花が大きく息を入れると、身に纏う蟠りが肩の荷とともに、焼香に紛れていた。

 うさぎが其れで、楓花を労うために近づき

「見栄っ張りでしたが、父の自尊心だけは、楓花が守ってくれました。突飛な行動に受け取られますが、悪意なき想いに免じて、御容赦下さい」と、神妙に周知に語りかけた。さりげなく云ったのは、楓花との約束に従っていて、喪主に対する敬意を表していた。

 うさぎは、楓花の立振舞を視て目頭を熱くし『死者の怨念は、届かぬ想いの一種? ですからね』という、掛けるつもりの言葉を飲み込んだ。追うべき背中を選択したことを知ったからである。それが個性らしさなら、手に負えるようになるまで、死ぬ訳にはいかない? と、生き甲斐を迷想にせず、紡ごうと画策したのだった。

 楓花の割りきり方に落ち度はなく、周りに居る大人たちが異論を唱えなかったことは、どの一歩を選択するか?の選択を強制できないからで、もしも間違っているならば、うさぎが指摘するはずと、予測したのだろう。

 身に刺す期待を感じ取ったのか

「ミキが残してくれた、私の宝物が、ひとり歩きを覚え、輝きを発し始めたようです」と、見届けてくれることへの感謝を意趣返しに摩り替えて、会した者たちに聴こえよがしに唱えたのだった。

 誉められて伸びるのが人間だから、想いの丈だけは健やかに成長を遂げ、目指すべき目標を定めて欲しいという願いが、そこに籠められていた。

 楓花の苦難の傷痕が痛々しく残っているが、それを隠す必要のない爪痕ものと云いたかったのだろう? 幾何いくばくの節として残るものは未熟の証だが、それを修正できれば、恥に想う必要がないのが人間であり、一事が万事ではないことに導いている。

 本人がそれに気づくのはずっと先のはずだが、想い出として残っていれば、必ず想い出すのが人間と踏んだのだろう? 成長する記憶の中には、本人が知らぬ間に、残っているものもあるからだ。それを奇跡と呼ばずして、可能性を無限大に導けず、現実に起こり得る妙を怪奇現象にしてしまっては、生命の醍醐味をあじわうこともなく、標を目指すことが意味不明になるだけだった。想いを通わせる仲間たちの心配が、そういう重苦しい空気を好むはずがないから、自らの意思とは関係なく、記憶されるのだ。そんな時、当の本人は至って冷静であり、周りの取り越し苦労だけが、勝手に生み出されていることが多い。視ているものが同じであっても、想像しているものが違うことは、思考が見えないのだから、至ってよくあるはずだ。想像するものが未来となる観点とおなじように、人それぞれになることは、どうしようもないのである。

 経験がもたらす効力は、最善を模索するのではなく、悪意に感じさせない所作を模索するからだ。例え間違った選択をしたとしても、悪意を感じさせなければ、とりつくろえるはずで、悪意しか持たない人間がいるとしても、廻り合う可能性は少なくなるはずだ? 聴き流される悪意ほど消滅しやすいからで、発言を消滅された者はおのずと居場所をなくし、孤独に苛まれるものだ。それがことわりだった時代背景は終わったから、無責任が罷り通って終うのが現実となり、れいに還元されるのだ。

 やり直しのための零は、氷河期というリセットでしかなく、生命を凍らす零はゼロという回帰ではなく、生き残る可能性がそこにあり、絶滅ではない。その為に必要な科学も身につかないようでは、絶滅を覚悟する必要に曝されるはずで、魅入ったものが金であったなら、なんの役にも立たないことが結論になっていた。

 うさぎはそんな想いを、拈華微笑に変えて放っていた。閉ざした心の隙間に忍び込めたならば、儲けもの? という、咄嗟の判断の、所謂? 賭けであった。

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