第4話 結果を標に換えながら

 人が混乱するには理由がある。

 多くの人が、経験を思い出に代えながら人生を歩んでゆく。気がつくとそれが、しるしとして道標あかしとなっているものである。想いの丈が成長していることが、そのときに気づくことが多いのが、一般的だからだ。


「人それぞれと一重ひとえにいいますが、幾重にも重なったものが人生なんです」

 うさぎは熟考の後に呟いた。

「人生って、最後の最期に気づくものだもんね」

 帰宅した楓花のうちなる虫の居所は、悪くなかった。うさぎの隣に腰をおろし、膝が合うように斜に構えていた。片肘ついて見詰めた瞳には、うさぎの真の姿を求め、見落とさないように集中していた。

 昼間の悪態がかけらもなかったのは、根に持っていないことが、あからさまにうかがい知れる。


 そんなことを察したのだろう。

「因果が継承されたことを、今日知りました」

「? 因果にこじつけて、真実をあからさまにしないつもりね」

「私の至らない行いが、楓花の汚点さまたげになっているようですから」

「あたしの行動に摩り替えたいのは、自分を正当化したいからでしょっ」

「ミキの怨念が、そうさせたのかも知れませんが、赤瞳わたしが活きながらえているのは、今生の彩りを取り戻すための責務が残っているからです」

「お母さんの怨念? 少なくともあたしの前でみせたことはなかった。赤瞳とうさんの責務がそうだとしても、親子喧嘩に正義があるとしたらば立場上、祖父じいさんにあるんじゃないかな」

「喧嘩に正義は存在しませんし、酒乱で記憶すらないのですから、勝手をきめる者に勝ち目はないですよ」

「酒乱? だったの」

「酒は百薬の長、といいますが、起きている間中酔っているので、嘘を平気でつくのですよ」

「そういうことなら、それを説明しないと、話がややこしくなるだけなんじゃない」

「だから話さなかったんです」

「いままではそれでよかったかも知れないけれど、楓花あたしと共同生活してるんだから、これからはちゃんと話して欲しいなぁ」

「解りました! これからは、包み隠さずに話します。楓花ふうかは、ミキの愛情で、のびのび育ったようですが、母の気持ちを考えたことはありますか?」

「母さんの気持ち?」

「同じ遺伝子を持っていても、反抗期によくある負けん気は、相手の想いを考慮しないから、衝突するんですからね」

「衝突? 楓花わたしは同性として、負けん気をぶつけていたの?」

「思春期の娘は、隠し事を悟らせないために、異性ちちには毒づき、同性ははには敵対心を向けてしまうようですからね?」

「もしかして、ストーカーでもして、覗き見してた?」

「一般的な話しです。赤瞳わたしがいない代わりに、義父が居たのでしょうが、気心が許せなかったから、ミキに反抗して終ったと、想像しましたからね」

「それが経験値だから、ほぼほぼ当たっているの? 悔しいほど図星よ」

「若さの象徴は、行動力です。母になると、信じて待つしかできませんからね」

「なんでよ? 気晴らしすれば良いだけなのに」

「待つ身の辛さは、あったはずです」

「あたしが居るから頑張れる、とはよく言ってたわねぇ」

 うさぎは、楓花の言葉で掬われた気がした。これがじょうであることに気づき、

「ヤマトナデシコの心意気? なんでしょうかね」

「ヤマトナデシコ」

 楓花は半信半疑で考えてから、

「三つ指ついて出迎える、や。殿方の三歩後ろをいて行く、とか」と思いついたことを口走った。

「辛いことを微塵も感じさせない笑顔と、周りの人々に安心感を与える気遣い、ですからね」

「近くにいた、あたしに悟られないようにしてた、って云うの?」

「一般的に、子は親の後ろ姿を見て育つ、といいますからね」

「お父さんは、お爺ちゃんの後ろ姿を見て育ったんでしょう?」

「反面教師にしました」

「なんでよぉ」

「読み書きできないのに、口を開けば『やれ法律だ』とか、『正義だ』とほざいていましたから」

「親としての『威厳』を保ちたかったんじゃないの」

「ただの見栄でしょうね」

「見栄っ張りだったの」

「能ある鷹は爪を隠しますが、努力が嫌いだったのかも知れませんね」

「?、若しかして、まわりくどいって言ったから、弁解してる訳」

「これが赤瞳わたし性根しょうねですから、弁解している訳ではないです」

「なら良いんだけど・・・」

 楓花が疑いの眼差しを向けていた。


「親父に遭いたかったですか」

「どうしたの」

「会わずに後悔するなら、会って失敗に気づく後悔もありますから」

「う~~~ん・・・」

「ぐうの音も出ませんか」

「意図が解らないだけよ」

「意図」

「あたしが犯人を憎む気持ちを増幅させたいの」

「なんでそう考えたのですか」

「前回のあたしが、復讐を心に持ったからかなぁ?」

「成長を確かめたいのは事実ですが、今回の相手はプロの可能性が高いです」

「簡単に太刀打ちできないことは解っているわよ。でも、お金に魅入られた輩に、負けたくないわ。楓花あたしにだって、それくらいの意地があるからね」

「知恵の使い方は覚えたようですね」

「少しだけ、先の先を考えられるようにはなったわよ。誰かさんのおかげでね」

 うさぎが微笑んだ。

「でもさぁ」

「なんですか」

「感性様って創世主なんでしょっ」

「信じられなくなりましたか」

「万物の母が、悪党を毛嫌いする理由が解らないのよ」

「毛嫌い、と考えましまたか」

「だって、境界線が曖昧? って、赤瞳とうさんは、言うじゃん」

「私の落ち度は、最初に言いましたよ」

「それは、人間が完璧じゃないからいいの。あたしが言いたいのは、改善に取り組むかどうか、ってことなの」

「取り組まないのが、悪党とみたんですね」

「それは聴こえ方の問題でしょっ」

「違うんですか」

「逃げ道の問題は人それぞれ、なんでしょっ」

「気付けない方の救済処置、だったんですか」

「全ての生命体の始祖だったら、全てを救うことを模索するんじゃないの」

「救うとそうなります。ですが、掬うと溢れおちるものが出ますよ」

「だから、掬うっていうの」

ふるいにかけることは、並大抵の覚悟ではできないんですよ」

「それが人の浅ましさ? なの」

「思慮が足りないから、幼い生物なんです」

「機械のような冷徹さ? が必要なの」

「冷徹さ、ですか? 上手い表現をしましたね」

「違うの」

「宇宙の零度は『引っ張られ作用』が生み出した、と記述されていましたよね」

「だった」

「引力の元がそれならば、電磁波の押す力に当てはまりませんかね」

「なんでもこじつけちゃうんだね」

「人の概念が、言い訳ですから」

「層に守られているからなんでしょっ」

「全ての起源が宇宙にありますから」

 楓花が宙を見あげた。人の癖とはおもむき深いものであり、計り知れない表現を、人間の個性として視なければ、彩りに変わらないからである。良し悪しや善悪を追求するよりも、それも一説と定め、今生の華やかさと割りきれば、円く収まることに繋がるからだった。


「今回の経緯いきさつから説明してくれないかなぁ」

 

「犯人は科学者から依頼を受けた狙撃者です。逃げ回る私のしっぽが掴めなくなり、あぶり出し作戦に出たものと考えます。しかし交流をなくした経緯を知りませんから放置に致って終いました。だから割り切って供養しなさい、というお告げだったのでしょう。

 犯人は既に、テロ組織から始末されているはずです。お金に魅入られた罰、と考えると、辻褄が合います。問題なのは、巻き沿いを喰った方々の未練でしょう。それに答える為の知識があるのか、が疑問符つきですがね」


 うさぎが楓花の顔色を窺っていた。話しを最期まで聴くつもりだった楓花はそれで、キョトンと呆けて終った。


「な・なに」

「これから、忙しくなりますよ」

「どういうことよぉ」

「魂の供養と勉強で追われる日々が待っていますから」

 楓花が顰めっ面をこさえ、うさぎの視線をはぐらかしていた。

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