第3話 真実の行方

 重苦しい空気が、沈黙を作り出す原因であった。そんな無機質な沈黙が、楓花をイライラさせて、八つ当たりをぶちまける始末になり

「いつも想ってたんだけどさぁ?」と、花火のように拓いていた。空気が一瞬で変わったのは、うさぎの驚きを引き出したからである。会していた者たちの視線が、刺さるようにくぎ付けになっていく様は、照明が当たったことで、想わぬ彩りに包まれていた。


「今のところ多分とか、回りくどいのは好きじゃないよ」

「結果は必ず出ますが、それまでは、一説にすぎません? からね」

「ここに居る皆は、お父さんの御告げの解読を全面的に信じているのよ! 確かに、確定されていないのかも知れないけれど、説明すれば済むこと? だよね」

 楓花のいい分を聴き入れたのだろう? うさぎが、楓花の癇癪かんしゃくを納めるために説明を始めた。


「私が親父に最後に会ったのは、十年くらい前です。その頃の赤瞳わたしは、暗殺者から逃げ廻っていました。突然居なくなったことを知った時、喧嘩別れしたからと、想い知りました。敵の策略だったのかは、今となっては後の祭です」

「なんで後の祭なのよ!それが結果なら、それしかないでしょっ」

「傷に塩を塗るような言の葉は、しない方が良いわよ、楓花ちゃん」

「!、なにが傷なのよ。昭和の根性論を覆す為に勉強したんでしょっ。だったら、唾を塗り付けておけば、忘れた頃に治っているわよ」

「解りました。楓花の苛立ちは、私の被害妄想を正したいのですね」

「被害妄想? 違うでしょっ。傷心の主人公という妄想に浸っているだけでしょっ」

 うさぎは図星だったのだろう? 唇を噛み締めながらの眼光で、楓花にガンつけしていた。

「そこまで言う必要はないんじゃない? 楓花ちゃん」

「あたしが生まれた真実は、お父さんが母に出会ったから。それぞれに事情があるのは解っていても、あたしが生まれた事実は受け止められたじゃない? だったら、自分も真実を受け止めるべきでしょっ? 違いますか、高橋さん」

 高橋がその気迫に蹴落とされ、うさぎは遠巻きに、覚悟を決めていた。


 「酒乱の親父が、母にものを投げつけました。DVと言われる前のことです。身の危険を悟った母は、高校生だった私のところへ逃げて来ました。

 一週間家に帰ってこなかった親父に問いただした結果と説明を受けました。正義感だけは強かった私が、親父に刃向かい、持っていた木刀をとりあげられ、返り討ちに遭いました。木刀は高尾山の遠足で買ったもので、不良少年の代名詞的なので、理解できますよね。それで殴打されて終ったのです」

「木刀で? 赤瞳さんは実子だったんでしょう」

「お酒の力で、思考が停止していたのかも知れません」

「記憶が無くなる方も居ますからね」

「それでも行き過ぎじゃない?」

「DVの恐いところは、全ての基準が『本人だけのもの』になるからです」 

 うさぎはえりを正すつもりで弁解してから続けた。


「救急車で運ばれた私は、二カ月の入院で高校を中退するはめになりました。

 老いた親父は、

「出て行け、離婚だ」と母に言われ、家を出たと語りました。自身に都合の悪いことだけ記憶を捨てたようです。挙げ句の果ては、

「お前の為に、少しでも多くの遺産を残すことが生き甲斐だ」と、ほざく始末でした」


「その時の赤瞳わたしは、「生まれた意味だけは、良かったと思ってもらいたいために、最期の奉仕」と考えて、接する限り努めましたが、出て行けと、唐突に追い出されました。当時の親父は八十四歳で、「お前なんかには、まだ負けん」と、威勢だけでその場を凌ぐ終焉を迎えていたようです」


 語り終えるなり、うさぎは唇を真一文字に結んで、後悔を引きずっていた。


「結果は必ずいて廻る。赤瞳さんの口癖は、『嫌なことでも受け止めなさい?』という後悔が、云わしていたんですね」

「悲劇というには壮絶過ぎ、悲惨に近い状況下? だったのでしょうね」

「どう思う、楓花ちゃんは?」

 楓花は口を開けなかった。開いた瞬間に状況が一変するわけもなく、呵責に苛まれることが身にのし掛かるからである。簡単に発する言葉ほど、取り返しのつかない結果を生み出すことは予測できた。同じ記憶を持つ親子の絆を切って終ったら、うさぎが繰り返したことで、立ち直れなくなることを、予測できたからであった。


 うさぎは、楓花の意思を汲み取り

「御告げは、割り切って供養しなさい、でした」と、隠していたものを、吐き出した。

「だから、『割り切れ』って言ったわけね」

「ちっぽけな人間ですから、割り切らないと前に進めない赤瞳わたしに? 自答しています」

「あたしは、そのちっぽけな人間の娘なんだけど、楓花あたしの感性は、自分の心に傷を残さないために、バカ正直に話ちゃうわよ」

「?、器の大きさよりも、中味のない人間にならないで欲しかったんです」

「!、それって、ほめ言葉のつもり? なんだよね」

「癇癪が治まれば、それで良しのつもりでした」

「話しの途中だったらごめんなさい? なんだけど、死亡推定を進めた意味はなんなの、赤瞳さん」

「解りませんか?」

「御告げが示したものは、乱用で生まれた新種だったよね」

「? 御告げの解読ができるようになったの、楓花ちゃん?」

「電磁波の流れで変わる基本型、だけです」

「流れの意図を知る知識が足りないですから、今はまだ? というだけなんですよ、岡村さん」

「流れの意図? ですか」

「宇宙工学? でも、検索するつもりなんですかね」

「そうらしいです、高橋さん」

「自然科学の次は、宇宙工学なの?」

 伊集院の呟きに、居合わせた者たちが、てんでに顔を、見合わせていた。


「日常生活において必要なものはメリハリです。それはバイオリズムに裏打ちされているからとも考えられます。

 米国の前大統領が、『変化』の必要性は証明しましたので、皆さんに考えて欲しいことは、それが人だけの問題ではないことです」

「一寸の虫にも五分の魂、っていうもんねっ」

「見えないもの、を追求するならば、土の中の微生物にもいえるよね」

「空気中のウイルス・細菌にも当てはまるわよね」

「新型コロナで実証されたもんね」

「初期にそれを公言した赤瞳さんは、無視されちゃったけどね」

「蔓延の理由が見えないものによるからです」

「だったら、皆で学びましょう」

「高橋さんや岡村さんは好きでしょうが、一般的に好かれていないですよ」

「よく言ったはるちゃん!」

「型に嵌まるのは窮屈きゅうくつですからね、斉藤まるさん」

「枯れ木も山の賑わいになってきたね、あっくん」

「それが、宇宙そらを見上げなくなった言い訳? かも知れませんからね」

 その場に会した者たちが、しらばっくれるように宙を見あげていた。人間が見上げなくなっていても、生命体が宇宙てんに求める答えは、地球よりも早くから、存在していたからである。


「今必要なのは、贈り物の解析? ってことになりますね」

「それは、科学者の使命感からですか?」

「僕たちにできることが『それしか』ない? からさ、楓花ちゃん」

 須黒のいい方は、会している者の腹に秘めた生命力に響いた。

 気怠さを少し纏ったままの岡村が、

「役割分担は進んでするのが、大人のたしなみなのよ、楓花さん」と、楓花の存在がもたらした真実が、炙り出されたからであった。

 楓花が『了解』を意味する頷きをみせて、会している者が次々に、それを倣っていく。団結という見えない絆が紡がれた瞬間は、宇宙からの贈りものへの、感謝であった。


 簡単そうなものごと程、意外と難しいものである。それは人が複雑に進化したからでもあるからで、先人たちの想いをはき違えない為にも、思い込みを正当化したくなかった。時が刻む音は、地球まで届かないが、心音と同調するから、安心感が与えられるのだ。同調したものが記憶と云うことを発しなかったのは、会している者たちの遺伝子に共通点があるのか? を、謀れなかったからであった。

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