第2話 見えないもの

 日付が変わり得体の知れないものが、K大学につどった面々に披露された。

 荒井の姿がその中に紛れている。単なる新元素のお披露目だけでは無いことがそれで覗えた。

 一別くれたうさぎは、固唾を呑み込んで、

「天からの贈り物がこれです」と声を張って袋を解く。硬い表情のまま語り始めた。


 この中身に新元素が含まれることは事実です。ーが、それだけではなく、見えないものを教えています。


「見えないもの?」

 小嶋が口を挟んだ。

「赤瞳さんの話しを最後まで聴こうよ」

「御免なさい、見えないものじゃなくて、埋められたもの、かと思っちゃったから・・」

「埋められたもの、なんて言ってないでしょう!」言った斉藤の視界に、荒井が映り込んできた。

「俺が呼ばれた訳は、事件ってことなのか、赤瞳」

「死者の無念も、見えないものですからね」

 岡村は趣旨を予測していた。


 うさぎは一同の遣り取りを無視して先を語る。


 もう定かではない記憶です。

 とある女性が、私のことを『風の子』と言ったそうです。

「あっ、それあたしの母だと思う」

「どういうこと、楓花ちゃん」

「あたしの名前を楓花にした理由らしいの」

「それだと木偏きへんの理由があるわよね」

「根を張る風って説明されたよ」

「そういうことですか?」

「どういうことよ、高橋」

「人は風になれませんから、人偏を使った文字はありません」

「榊 風の子?。それも変ですからね」


「ゴホン!」

 うさぎが咳払いを入れた。


 地球上を包む層のおかげで、気象が造られました。宇宙に風が吹かない理由と考えて下さい。

「アポロが月面に立てた旗は、たなびいていましたよね」

「眼に見えない流れがある、って云われましたよ」

「そ~なんだけど、石ちゃん。人の概念が風と思わせる、んじゃないかな?」

「赤瞳さんが言いたいことは、想いが彗星を動かした、と説明するおつもりでしょうから聴きませんか?」

「御免なさい赤瞳さん。サンキュー、岡村さん」


 流れはないのではなく、見えないだけです。先を見るように、という私は、流れを想定しているからです。無重力の宇宙では、惰性から流れが造られる場合がありますから。

「その仮説は、遠心力の範疇ですよね」

「遠心力?」

「元が電磁波ですから、磁力が作り出す押す力です。地球上には重力がありますが、月の引力とみた力になりますよね」

「ちょっと待って。死者の怨念が、彗星を引き寄せたの?」

「見えないから、あなどっているの?」

「死人に口なし、っていうけど」

「赤瞳さんは昔、『歯車が合うと引き寄せ合う』と言ってたわ」

「それは、えにしでしょっ」

「感性様が結び合わすから、『紅い糸』なんですよね?」


 皆さんの概念では、そうなりますよね。


 うさぎの言葉に、一同がひるんだ。


「行方不明者は、年間に数万人出ている。その者たちの怨念が、そのパチンコ玉程の隕石を引き寄せた、というのか?赤瞳」


 うさぎは少し考えてから、

「感性母さんが『くみ取った理由』が、今回の焦点になるでしょうね、荒井さん」と発した。

「一応、新元素の含有を調べますか?」

「コロナの例がありますから、そうして下さい」

 須黒と岡村がおもむろに立ち上がった。険しい面持ちが、難色を示していた。


「取りあえず、隕石が落ちた場所近辺を掘り起こしてみるか?」

「あたしがその場所へ案内します」

「悪いな、楓花ちゃん」

「本当は、遺骨に興味があったりしてっ」

 小野が、楓花の顔を覗き込んだ。

 楓花がそれで上を見あげた。

「男手が必要ですよね?」

「まるちゃんも、もと刑事の血が騒いじゃった?」

 中里に見抜かれた斉藤まるも宙を見上げる。

「分かり易いよね、人の下心って」

「そういう伊集院さんも実は、興味深々なんでしょう?」

「須黒さんの科学者の血も騒ぎましたか?」

「鑑識さんも鑑定士が居れば心強いかな、って思っただけですよ、高橋さん」

「皆で行っても大丈夫ですか、荒井さん」

「そういうことだったのか?。赤瞳にしてやられたなぁ」

「経験に勝る学習はない、ですからね」

「内閣府の指示なら警察も出張るしかない。赤瞳さんの策は先を見越しています。もしかすると、事の顛末まで計算し尽くしているかも知れませんよ」

「なら、やむを得ん」ということで、一同の動きが機敏に為りだした。


 荒井が隅に身を潜め連絡を取り始めた。無邪気に映る一同は、大学の備品を選別していた。テレビで見た発掘方法が基準になっている。

 中里と伊集院が、うさぎに近づき、

「注意しなくて良いですかね?」と訊いてきた。

「捜索が難航するのは織り込み済みです。意外なものが必要になるかも知れませんよ」

「人それぞれの感性が必要、ということですか?」

 うさぎが笑って場を濁していた。

 

 山下公園に張り巡らされた規制線に、一同は肝を抜かれている。県警出身の須藤が手を廻したに違いない。本部の捜査員も借り出されているのだろう。鑑識の制服以外の者たちが眼に余った。

 うさぎは規制線を人気の少ない南側に狭めた。平日の昼間と言っても、カップル以外の人々がおとなう場所。観光客のたのしみを奪いたくなかったのである。


 木立の隙間から遺骨が発掘された。

「本当に出ちまいやがった」

 荒井の呟きがなげきに聴こえた。

「赤瞳さんの御告げの解読は100%ですからねっ」

 得意気に言う小野の隣で、楓花が腕組みをして『どや顔』をみせていた。

 その隣に居るうさぎは、

「いっくんの所見は?」と、無造作に訊いた。

「死後三十数年かなぁ?」

 伊集院が曖昧に答えた。

「薬剤で進行を進めたのでしょうね。遺伝子をれそうですか?」

「頭蓋骨から採れると思うよ」

「どうしてですか、赤瞳さん?」

「今のところ多分ですが、私の父だと思います」

「?」Χ大勢

 楓花だけが、

「あたしのお爺ちゃんなの?」と、発した。

「帰ってから説明します」

 うさぎが無表情のまま淡々と語っていた。

 興味津々に首を突っ込んだ人間は、時間を早送りできないものか? と、夢の中を彷徨うことを嫌っていた。想像が追いつかない者が引き寄せる糸口が、迷想であることを経験した結果だろう。身の周りに浮遊する運と云うものは、人間が発する電気信号波に関連して入れ替わる。それは人間のバイオリズムに遇うものだから、うさぎは小さな幸せと形容していた。

 巡り合わせや、癖が発生させる電気信号波は、人間には見えないから、拡がったのが都市伝説に捕らえられて終っているのが現在になっていた。

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