EP7.上の弟に説得される少女

黒神一家の頭脳 れい 視点】



「……伝わるし」


「ダメ。いい?好意っていうのはね、言葉でこそ一番伝わるものなのよ」


 問題の片方……郎亜ろあは、流石に我が家の夕飯時には帰っていった。

 彼にも自宅の夕飯があるだろうからな。逆に一緒に食べ始めたら僕は驚愕きょうがくするぞ。うん。


 しかし、安心するのもつかの間だ。

 その夕飯の時間となると、今度はなんだか変なもよおしに巻き込まれてしまった。


 もう既にいっぱいいっぱいで疲れてるのに、本当に勘弁して欲しい。

 今日はなんだか波乱はらんな日だな。個人的には、平穏へいおんな日々を望んでいるのだが……。


「……よく分からない。世の中には、以心伝心いしんでんしんっていうことわざが、ある。私と郎亜は、それ」


「……とか言い続けて、どれくらいの時間が経ったのかしら。どう?付き合えた?」


「………」


「それで、今日は進展はあったの?」


「………」


 そんな事を考えながら、僕は目の前で繰り広げられている論争ろんそうながめていた。

 論争と言っても、たたける母さんに、無表情ではあるが黙り込んでいる姉さん。

 どう見ても一方的に見える。

 

「……いいから、やってみなさい。絶対に何かは変わるはずだから。ね?」


「………」


 さとすように話す母さん。それに対し、姉さんは……無表情だが、眼を泳がせていた。


 ……それにしても、今日の母さんはやけによくしゃべるな。

 別に姉さんみたいな無口という訳では無いのだが、普段の母さんはこんなに喋らない。

 事務的、とも違うが……母さんはいつも聴く側で、自分からは積極的に話さない印象だ。


 いつもと違う母さんの様子に、少し意外に思いながら……僕は口を開いた。


「……姉さん」


「……なに?」


 泳がせていた視点を、僕に向ける姉さん。

 無表情だが、何かを期待するキラキラとさた眼になっているような……気がする。


 母さんは姉さんに逃げられたと思ったのか、不服そうな顔をしていた。……が。


「僕も郎亜とは普通に話した方が良いと思う」


「………」


 僕がそう切り出すなり、黙り込む姉さん。どこかガッカリしているような……気がする。

 ……姉さんには悪いが、率直に言うと僕は母さんの意見に賛成だった。


「まあ、まずは聴いてくれよ」


 といっても、このままでは納得してくれないだろう。僕はそう前を置いて、述べる。


「これは僕の自論だが、''言葉''というものは放った人の気持ちが込められると思うんだ。小説、歌詞とかね。その中でも、''会話''はそれが顕著けんちょに現れると思う。例えばだけど、『ありがとう』などの''感謝''や、『ごめんない』などの''謝意しゃい''、『やった』などの''喜悦きえつ''、その他色々とね。''好意''もそうさ。特に''好意''は受けると嬉しいものだし、嬉しい程その効果は大きいものだ。姉さんは話さなくても、持っているその気持ちは郎亜に伝わるのかもしれない。しかし、一度考えて欲しい。話すことで''言葉''にする事と、しない事、どちらの方が郎亜にとっては嬉しいと、姉さんは思う?」


「………」


 いつしか僕の説明を真剣に聴き始めていたらしい姉さんは、尋ねた質問に首を傾げた。

 先程、母さんの話にあまり納得できていなさそうだったが、どうやら聴いてくれそうだ。


「……少しずかしいが、先程行っていたバックハグを例としよう」


「待って」


「ん?」


 想像しやすいように、羞恥しゅうちこらえて更に説明を重ねようとしたら、姉さんが止めてきた。

 見ると、姉さんは再び眼を泳がせている。表情は相変わらずではあるが。


「……あれ、私が郎亜の事を好きだと、れいに伝えようとしてやったこと」


「……え、そうなのか?」


 それを聴いて、僕は驚いた。

 僕が知らなかっただけで、いつもあのような事をしていると思ったからだ。


 まあ、姉さんが伝えたかったその意図はしっかり伝わっているが。


「……うん。けど、思い切りすぎた。……今は私も恥ずかしい。から、その例えはやめて」


「わ、分かった」


 ……思い切りすぎにも程がないか?

 とは思ったが、僕は頷いた。これ以上掘り下げるのは、両者に取って何も得は無い。


「……じゃあ、郎亜が姉さんにハグだけをするか。もしくは、ハグをしたまま『好き』と伝えてくるか。……姉さんにとって、どっちが嬉しい?」


「……ハグ好きなの?」


「うるさいな」


 自分で例えながら恥ずかしくなってきてるんだぞ。妄想力豊かでキモイな、僕……

 姉さんは眼を泳がせながらも、頷く。

 

「……もちろん、嬉しいけど」


「……だろう?」


「……でも、郎亜がどうかは違う気がする」


「いや、嫌っていない相手なら大体は嬉しくなるものだ。姉さんは、郎亜に嫌われていると思っているのか?僕は思わないが」


 というか、郎亜も好いているのでは?

 バックハグされてもなんともなさそうだったから、恋愛的かは別問題だが……


 少なくとも、郎亜は姉さんを嫌っているとは微塵みじんも思えない。


 姉さんは俯きながら、頷いた。表情は相変わらず変わらない。


「……思わない」


「なら、問題はない」


「……けど、急に郎亜と話すの、なんだか恥ずかしい。ずっと話してないから……」


 あー……気持ちは分からなくもない。


 というか先程、説明を始める直前も姉さんに話しかける時に少し気まずくなった。

 久しぶりに話すのは、少し気まずいものなのだと知った。


 うーん、そうだな……。


「……じゃあ、まずは挨拶と助けられた時に『ありがとう』だけに絞って言ってみないか?挨拶は会話の基本と言われているし、『ありがとう』は気持ちが顕著に現れるぞ」


「……わかった」


 姉さんは頷いてくれた。よかった。


「……零」


「ん?」


 説得できたことに胸をで下ろしていたら、母さんが名前を呼んできた。

 眼を向けたら……なんだかドン引きしているような眼をしてる。どうした??


「あなた……ほんとに中学生??」


「そうだが???」


 ──というわけで、今日の作戦会議とやらはお開きになった。


 そういえば、来人らいとが全く話に入れていなかったことに後から気がついた。

 まあ……まだ小学生だし、夕飯を美味しそうに食べていたからまあいいか。

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