EP5.家族を睨む少女

第三人称再臨せし天の声 視点】



 れい琳音りんねママが話している、一方その頃。


 当の郎亜ろあと流理は、リビングでソファに座ってゆっくりとしていた。

 二人の前に並べられているのは、市販の紅茶と様々なスナックが入った箱だ。


 今は丁度、ついおやつを摘みたくなる時間帯。


「………」


「……はむ」


 二人は隣同士に座って、紅茶を啜りながらおやつを摘んでいた。

 その空間に特に言葉が飛び交う事はなく、ただ静かな咀嚼音だけが響いている。


 しかし、特に気まずい雰囲気ではない。

 逆になんだか、どこまでも穏やかだ。日常の和む何かを感じさせる。

 片田舎の和風な一軒家で縁側にて涼む老夫婦みたいな、よくわからない何か、だ。


 ……これで付き合っていないのだから、世の中、よくわからないものだ。

 最も、この二人が異常なだけという可能性も高い。というか、ほぼ10割そうだろう。







 その後、程よくおやつを食べ終えた二人は、郎亜を先頭に引き戸を開けた。

 流理は少し後ろに立って、帰宅した時と同じようにそでを指でちょんとつまんでいる。


 当然だが、引き戸は基本的に一人だけ通る想定で建設されているのだ。

 そこを二人で一緒に通る為に、流理が思い付いたのがこの行為であった。


(──あとで詳しく、訊かせて貰うわ……)


「あれ、零くん?」


 流理を連れて、引き戸を開ける郎亜。彼の視界に、洗面所の方を向いている零が映った。

 声を掛けると、零はぴくっ、と肩をねさせてこちらに振り返る。


 洗面所には琳音もいるのだが、死角に居るため、今のところ郎亜に気づいた様子は無い。


「ど、どうした?」


 声を掛けられた零は、気まずそうに視線を右往左往うおうさおうと泳がせてほおを引きらせていた。

 それも当然だろう。何せ、話題にしていた二人が目の前に現れたのだから。

 耳の良い零だが、琳音と会話していて二人が近づいていることに気づかなかった。


「いや、降りてたんだ、と思ってね」


「……ああ。ちょっと、野暮用でな」


 零の視点は定まらない。年相応の精神年齢な彼には、気まずくて適わないのだ。

 横目で見て琳音母親に助けを求めるが、非情にも琳音ママは息を潜めていた。


「へえ。何か手伝えることはあったりする?」


「……いや、無い。……大丈夫だ」


「そっか、ならいいんだけど」


 親切心から、微笑びしようを浮かべて尋ねる郎亜だったが、零は即座に否定する。

 彼からすれば、失礼ながらも早急にどこかへ行って欲しいという気持ちだった。


………くいくい


 すると、流理が郎亜の袖を引っ張った。

 表情としては、いつも通り無表情だ。


「あ、ごめんよ。零くん、また」


「……ああ」


 どういう訳か分からないが、幸いにも郎亜と流理は階段を登り二階へとあがっていった。

 だが、なんとかやり過ごせたみたいだ。


 零は溜息を吐いて胸を撫で下ろす。と共に、助けてくれなかった琳音をにらんだ。


「……なぜ隠れるんだ」


「いや、あの……ごめんなさい。気まずくて」


「僕も気まずいんだぞ……」


「ほんとにごめんなさい……。というか、さっきの、聴かれて無いわよね……?」


 一応、小声で話していた零と琳音。

 しかし、『バックハグ!?』は思わず叫んでしまった。声量も普通に大きい。


「……うーん、大丈夫じゃないのか?特に何も気にした様子は無かったし」


「そうだといいけれど……」


 聞かれてないように祈る二人。

 だが、実際のところ郎亜は聴いていない。


 郎亜は難聴系主人公だ。


 実を言うと、琳音が帰ってきた時に開いた扉の音も、メイクを落とす時の水道の音も聴こえていない。

 つまり、そもそもとして琳音が帰ってきたことにも気づいてはいないのだ。


 そして、零が急いで階段を降りてきた音にも気がついていない。

 だから零が洗面所の前にいた事にも意外に思って、声をかけたのだった。


 一応、零が階段を降りてきてからの出来事は皿洗いをしていたためとはいえ、それくらい郎亜は難聴なのだ。


 まあ、彼にとって日常に支障は無い。

 そして、この物語においては難聴系主人公特有の不都合「え、なにか言った?」があるわけでも、無い。


 だから問題ないようで……しかし。

 あくまで、''郎亜は聴いていない''だけだ──。



黒神睨む少女 流理るり



「………」



 『バックハグ!?』ってお母さんの声、思いっきり聴こえてるんだけど。


 なに話してるの、あの二人零と母は。

 ……いや、『バックハグ!?』って言っていた──叫んでいたし、さっきの事か。


 零とは最近話した覚えがない。

 だから、''晩御飯の事''も多分知らないと思って思い切ったけど……流石にやり過ぎた。


 零、今もさっきも、凄く狼狽してたし。

 郎亜には気づかれなくて済んだけど、私もとても恥ずかしい思いをした。


 後から気づいたけど、零だったら一緒に帰ってきた時点である程度は察してたかも。

 ……いや、どうだろ。零はまだ中一だし、あんまり信用はしにくい。


 でも、だからって本人自分達が……特に、郎亜が聴こえるかも知れない場所なのに。

 いくら難聴の郎亜とはいえ、叫ぶのは非常にやめて欲しい。


 どっちかというとお母さんのせいだけど。


「……ん?どうしたの、流理。なんだか複雑そうな顔をしているけど」


「………《ふるふる》」


 ──まあ、聴こえて無いみたいだけど。

 今回に関しては、彼が難聴だったことに感謝した。


 こんなに''頑張ってる''のに、結末が母親のミスだなんて絶対に笑えない。

 これは、''自分で掴み取りたい''。絶対に。


 胸に秘める想いを燃やしながら、私は郎亜と一緒に自分の部屋へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る