第五話「合同捜査」

 旗本の娘達の失踪事件は、解決に向けた進展を全く見せなかった。


 居なくなった娘達の親は、最上位とまではいかないが、町奉行である稲生をはじめとして皆地位の高い者ばかりである。それが何故行方不明になったのか、謎が多い。


 口さがない者は、駆け落ちでもしたのではないかなどと噂をしているの。だが、三十人もの娘達が同時多発的に駆け落ちなどするであろうか。それに、姉妹まとめて失踪するなど、駆け落ちではあり得ないだろう。


 町奉行や目付も色々と聞いて回っているが、事件解決に繋がる様な情報は得られていない。


 失踪した娘の実家の中には、これを家の恥として調査に協力的で無い者もいる。もしかしたら表沙汰になっていないだけで、被害者はもっと多いのかもしれない。


 そして、北町奉行たる稲生は、この事件に関して積極的に動いていない。醜聞を恐れてというのではない。この事件を解決するために陣頭指揮に乗り出す事は、公私混同になると考えての事だ。


 町奉行所では、与力や同心は自分の縁者が関与する事件には関わらないという不文律がある。稲生は、奉行自らそれを守っているのだ。


 その事は南町奉行の大岡も察しているため、この事件を解決するために積極的に動いているのだが、それでも解決の糸口も掴めていないのが現状だ。


 また、今月の月番は南町奉行所であり、北町奉行所は本来調査に参加せず溜まった仕事を処理するのが普通である。だが、自分達の上司である稲生の心中を察し、自主的に捜査しているのである。


 この様な状況であるため、女奉行所としても調査に協力する事になった。女人を守るのが女奉行所の役目である。旗本の娘達を見つけ出すのは、まさに彼女らの仕事の範疇である。


 この日は、北町奉行所の同心林忠右衛門と、南町奉行所の同心柳田錠之進が情報交換のため女奉行所を訪れていた。それに対応する女奉行所の面々は、与力格である美湖と赤尾である。


 町奉行所側が同心のみを差し出しているのは、決して女奉行所を格下に見ているからではない。捜査の最前線に立つ同心の方が、事情を良く知っているからという考えのためだ。


 それに忠右衛門はかつて女奉行所と協力した事があり、気脈を通じている。顔見知りの方が連携が取りやすいのは当然の事である。


「この度は、ご助力感謝します。なにぶん、被害者の実家は高位の旗本が多くて、我々町方の者では話すら出来ぬ事も多いのです」


 厳密には、町奉行所は旗本の娘達の失踪事件に関しては管轄外であろう。だが、旗本達を取り締まる目付達はこの様な事件を捜査するのに慣れていない。そのため、臨時の評定が開かれ、この事件は各奉行所も管轄を超えて協力するようにとのお達しが老中からあった。


 そういう訳で町奉行所の同心たちが調査していたのだが、何しろ相手は高位の旗本だ。それに対して同心達は三十俵二人扶持の弱小御家人に過ぎない。しかも不浄役人などと馬鹿にされている存在だ。


 当然聞き込みは上手く行くわけがない。


 例え与力を連れて行ったとしても、状況はあまり変わらない。町奉行所勤めの与力はさほどの格が無いのだ。一応町奉行所の与力は二百石取りであるので、これだけならお目見え以上でもおかしくなさそうなのだが、実際はお目見え以下である。それだけ格が低いのだ。


 そもそも与力は定町廻などの同心と違い、直接現場で聞き込みを職務としてはいない。例え旗本達が与力を快く迎い入れたとしても、それで上手く行くかは別問題なのだ。


 かと言って、町奉行たる大岡が直接話を聞いて回る訳にはいかない。町奉行にはこれ以外にも様々な職務があり、それを怠る訳にはいかぬのだ。


 そこで助けになるのが、女奉行の存在だ。


 女奉行たる千寿の実家である伊吹家は、五千石という高禄を食んでおり、旗本達の中でもかなりの家格である。


 しかも、その系譜は遡れば古事記でヤマトタケルを呪い殺した伊吹山の猪神に繋がると自称している。


 本当に神に連なる血筋なのかは別にして、伊吹家が古くから勢力を誇る家である事は間違いがない。


 徳川家が新田に連なるとか、その様な怪しげな家系を自称する事が当世の武家社会ではまかり通っているが、伊吹家の由緒の正しさはそれらとは比較にならないのだ。


 自然と周囲から敬意を持たれている。


 それに加えて現伊吹家当主の伊吹近江守は御留守居として城中でかなりの権力を握っている。その伊吹近江守の口添え状を持参して、三奉行と一応は同格とされている女奉行が尋ねれば、それに応えない旗本は先ずいない。


「今も千寿様は話を聞きにあちこち回っているが、聞き取った内容は聞いている。こちらからはそれを伝えるので、そちらの伝達内容も含めて、皆で共有しよう」


 美湖は女奉行所の副将格であり、この会合に加わる者達の中では一番格が高い。その様な事情で場を取り仕切っている。赤尾が仕切っても誰も文句は言わないであろうが、この事件では赤尾の婚約者も失踪している。そのため、事件が起きてから赤尾は元気をなくしている。そのため、冷静さを欠いており上手く知恵が回らないとして発言を控えているのだ。いつもは放っておくと長子の良い事を喋り続けるのだが。


 それぞれの娘達が失踪した状況が判明したのだが、見事に共通点が無い。


 寺社への参拝の帰りであったり、他家への挨拶の最中、私塾への向かう途中など、失踪した状況がまちまちだ。人通りの多い時間帯を歩いていたはずなのだが誘拐を目撃した者はどこにもいない。

中にはこっそり芝居小屋に行った娘もいる。芝居小屋の辺りは武家屋敷が立ち並ぶ区画よりは治安が悪いのだが、同心が手先などを使って調べてみても、失踪した時間帯で騒ぎがあったという話は聞けていない。


「これだけでは事件の全貌が分かりませんね。解決するためにはもう少し別の情報が必要でしょう」


 皆が頭を捻っている中、忠右衛門がそう述べた。


 他にも、習い事や家族構成などの情報が集められているが、どれも決定打にはなりそうにない。別の視点で情報を集める事が必要であろう。


「今日は千寿様は、失踪した娘の姉妹や母に話を聞いてくるとおっしゃっていた。昨日は当主に話を聞いて来たらしいが、それとはまた違った話が聞けるだろう。また明日集まって、何か進展があったかを話し合おう」


 残念ながら、この日の会合では有力な情報は出なかった。そのため、解散した後各々はそれぞれの調査を開始する。町方同心は町民にも同じような被害が出ていないかを聞いて回るし、美湖は旗本達の中でも美湖の実家と縁が深い家を訪ねて回った。千寿だけに任せるつもりは無い。


 そして次の日の会合で、それぞれの情報を突き合わせた時に奇妙な事が判明したのであった。

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