第十一話「焼け釘の善三」

 国友屋敷で主に荒事を受け持っているの善三は、屋敷の土蔵の中に居た。


 目の前には、縄で縛られた女達が転がっている。女達は皆、国友屋敷で女郎として働いていた女達である。彼女らは、国友屋敷の料理屋の給仕や女中として集められ、騙されて客を取らされているのだ。もちろんこの様な事は御法度である。江戸の公娼は吉原だけであるし、街道筋に存在する旅籠の飯盛女も、ちゃんと店ごとに置ける人数が決まっている。国友屋敷に女郎を雇える道理は無いのだ。


 だが、明日にでも北町奉行の稲生が調査に訪れるとの情報が入っている。目的は別にあるのだが、もしも町奉行が来た時に妙な事を訴えられては拙い。そして女達を始末するのと同時に、奉行の調査の証拠も隠滅してしまおうというのが国友屋敷の主の策である。


 悪知恵だけは回るものだと、善三は主に感心した。


「へへへ、ちょっと勿体ねえが、お前らにはこれから焼け死んでもらうぜ。ま、どうせ長生きしても、良い事なんてどうせねえんだから、楽になれると感謝するんだな」


 善三はそんな手前勝手な事を言う。この言葉にはある一面の真理がある。普通の女郎屋では一応年季奉公と言う形をとり、年季が明ければ自由の身なのである。だが、この国友屋敷ではその様なものは無い。一度足を踏み入れれば、死ぬまで外に出る事は出来ない。吉原などでは運が良ければ客が大枚をいはたいて身請けしてくれる事もあるのだが、ここにはその様なものはない。


 救いなど存在しないのだ。


 この様な目に余る非道な私娼窟は、町奉行所も目溢しをする事なく積極的に摘発するのが常なのだが、国友家に伝わるお墨付きの特権によりそれもあり得ない。


 その特権を利用して、主も、その配下も非道な行為を繰り返しているのだ。


「なんだぁ? このガキ、何て眼をしやがる。生意気だぞ」


 善三は、縛られている女達の中でも一際強い意思を込めて睨む少女に目を付けた。


 国友屋敷で命を落とした女、おそのの妹のおけいである。


「ああそうか。お前、あのおそのとかいう女の妹だっけ。あいつも馬鹿な奴だぜ。屋敷を抜け出して、女奉行所に駆け込もうとしやがるから、早死にするんだぜ。ま、俺がこいつをぶち込んで殺してやったんだがな」


 そういうと善三は、懐から木槌と釘を取り出した。焼いた釘を頭部に打ち込む事で、血を流さずに殺す事が出来る。これが、善三の得意とする邪魔者の処理方法で、の二つ名の由来なのだ。


「まあまあ、そんな目をするんじゃねえよ。すぐにお姉ちゃんの所に行かせてやるんだからよ。感謝しなって。それとも、お姉ちゃんと同じようにこいつで死にてえか? 何だ?」


 恥ずかしげもなく九歳の少女を脅していた善三は、土蔵の壁を外から叩く音に気付いた。


 外では仲間たちが油を撒く作業をしているはずだ。何かあったのだろうか。


「何かあったん……ぎゃあ!」


 外を見ようとして窓に顔を近づけた瞬間、何か強い力で頭部を引かれたのだ。結果、善三の頭は木の格子をぶち破り、外に突き出る態勢になる。


「なな、何なんだよ! おめえら、何もんだ!」


 善三の目の前には、身の丈六尺を超える女がおり、この女が善三の頭を掴んでいる。


 驚くべきことに、この女が窓の外から腕を突き入れ、善三の頭を引きずり出したのだ。


「せん、よくやってくれた。土蔵の中にいるのは、この男だけのはずだから、これで安全に囚われた女達を救出出来るだろう」


「はい美湖様! こっそりやって来た甲斐がありましたね!」


「声が大きい。まだ仕上げがあるのだ。静かにな。なか、土蔵の中に行って助けて来い」


 美湖と呼ばれた女が、てきぱきと指示をして、彼女の配下らしい女達が動いている。


 そして、土蔵の中から縄から解放された女達が助け出された。この間、善三はせんの手により頭を固定されたままだ。せんの握力は凄まじく、ぴくりとも動かすことが出来ない。


 もっとも、破られて空いた穴は窮屈で、とても動けるものではないのだが。


「お姉ちゃん!」


「おけい!」


 そうこうしている間に、美湖は助けられたおけいと再会を果たす。おけいは美湖に抱きつき、美湖も抱き返した。

この光景を見て、詳しい事情を知らぬ美湖の配下達も、おけいと共に捕らえられていた女達も涙ぐむ。


 これまで酷い目に遭ってきた女達と違い、おけいはまだ客を取ってはいない。だが、だからと言って自分達と同じ様に他の者も不幸になれば良いなどとは思いはしない。悲惨な運命から逃れる者が居たって良い。そう思っているのだ。


 それに、おけいの姉のおそのは、国友屋敷の惨状を何とか女奉行所に知らせようとし、危険を冒して外に逃れようとした。それは失敗に終わったのだが、その事は女達の胸に深く刻まれている。


「美湖様、この男、こんな物を持ってました」


 土蔵から戻って来たなかが、美湖にある物を手渡した。


 木槌と釘である。


「ほう? そうか、貴様がおそのをやったのか」


 美湖はおそのの検屍に立ち会っているため、おそのがどの様に殺されたのか知っている。


「お前も、おそのの苦しみを味わうがいい。せん、動かない様によく抑えておけ」


 木槌と釘をなかから受け取った美湖は、善三に見せつける様に釘を目の前にちらつかせた。


「確か、頭の何処かに打ち付けるのだったか……。ここかな?」


「うぎゃあ!」


「おっと、違ったか? ちとうるさいな。口に襤褸切れでも詰めておけ」


 美湖が釘を打ち付けたのは、善三の右目である。


 善三の殺しの技は、後頭部の急所に釘を打つことで一撃で仕留めるものである。非道な技であるが、この様な拷問ではない。


「さあ、まだまだ釘は有るぞ。これまでお前が殺して来た者達の痛み、とくと味わうが良い」


 冷徹に言い捨てる美湖を前に、善三は恐怖に慄くしかなかった。

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