第4/4話

 アシェア達三人はあの路地に戻ってきた。カティーア達はしばらくすると来るだろう。あとは爆発ばあさんだが、おそらく隠れて見ているに違いない。アシェア達の動きが気になっているだろう。


 ショーラでも見抜けないほどの職業技能スキルレベルの高さ。そして恐らく魔法も使える。油断できない。アシェアは杖を握りしめた。


「ケッタ、ショーラ。気をつけて。戦闘の可能性もあるから」


 二人は頷いた。二人には予想だが事件のあらましを伝えてある。


「二人が来たみたいよ」


 ショーラの言葉に路地の入り口を見ると、アニードに連れられてカティーアが路地に入ってきた。その姿は守ろうとする者の覚悟に溢れ、それを隠そうと微笑みを浮かべていた。


「こんなところに呼び出すなんて、どういうつもりですの。憲兵さん。それにマルンを保護してくれた冒険者達ではありませんか」


 強気の発言をしているが、声が震えていることにアシェアは気づいた。その様子により確信を得て、アシェアは口を開いた。


「カティーアさん、お呼びしたのは私です。今回の心中事件、その真相を知りたいのです。これはマルンちゃんの依頼でもあります」


 アシェアが言うとカティーアは目を細め、これまでしていた微笑みをやめた。


「マルンは何も知りません。それに幸せになる権利がありますわ」


「マルンちゃんに真相を話すつもりはありません。貴女も知りたいのではないですか? なぜタリーさんが死ななければならなかったのか」


 アシェアはそう言うと、カティーアに椅子に座るよう促した。広葉樹の根元にあるテーブルの側にある椅子だ。


 カティーアは素直に椅子に座ると、半身をアシェアに向けた。アシェアはカティーアを真っ直ぐに見ると口を開いた。


「まずは貴女の事を話しましょう。カティーアさん、貴女はここで育ったのですね」


 カティーアの様子は変わらない。冷たい無表情な目でアシェアを見ている。アシェアはケッタに聞いた彼女の話を続けた。


「貴女を育てたのは、その扉の向こうに住んでいるおばあさん、いや貴女のお母さんです。血の繋がりはわかりませんが、恐らくないのでしょう。二人の間は正に家族で、貴女は結婚してからもおばあさんの事を気にかけていました。血の繋がりは関係ない、家族であることが貴女には特別だからです」


 カティーアは動かない。


「その後、貴女はマルンちゃんを授かる。しかし不幸にも旦那さんを無くした。その後、再婚し現在の旦那さんとタリーさんが家族となった。世間の目がどう捉えようと、貴女の愛は家族となったタリーさんにも向けられた」


 カティーアは目を伏せた。


「あの日、貴女は大切な家族となったタリーさんを連れておばあさんに紹介しようと出掛けた。そこで事件が起きたのです」


 カティーアは半身を戻すと、広葉樹を見上げるように空を見た。


「おばあさんは恐らく留守だったのでしょう。貴女はそこのベンチに二人で座り話をした。タリーさんには貴女に話をしたいことがあった。貴女にも話があった」


 アシェアは花壇の近くにあるベンチを指さした。カティーアは見向きもしなかったが、路地の奥にある扉をじっと見つめていた。


「タリーさんは好きな人がいて結婚したいという話をしたのではないでしょうか。貴女はタリーさんに想い人がいる事を知っていたし、その事に敏感に反応して調べてもいた。家族になるかもしれない人です。貴女はタリーさんの幸せを願っていただけ。ただそれに一生懸命だった」


 カティーアが僅かに頷いたようにアシェアには見えた。そこに表情はなく、誰かを見つめているようだった。


「タリーさんの相手は碌でもない男で、貴女にとって家族にする価値がない男だった。そしてタリーさんと貴女はその事で喧嘩になった」


 カティーアが手を握りしめたことにアシェアは気づいた。


「タリーさんはこの場を飛び出し、説得に失敗した貴女は途方に暮れた。そこに男が現れた」


 カティーアはアシェアを見た。その目に映るものをアシェアはわからなかった。あるいは何も見ていないのかもしれない。


「男というのは、あそこのベンチで死んでいた男、ライムーンです。タリーさんを誑かし気持ちを弄んだその男、貴女がそれを許すことなどありえない。貴女はタリーさんの前で化けの皮を剥がしてやるつもりで呼び出していた」


 アシェアもまたカティーアを見つめた。カティーアの毅然さはすでに無かった。


「そうよ……私が……あの男を……刺したわ」


 カティーアは震える唇で、目を潤ませ、項垂れ、そして認めた。アシェアは真相を掴んだ。


「アシェ、伏せて!」


 ショーラの声が響いた。


——


 頭ひとつ。わずかに伏せたアシェアの頭の上を何かが飛び、金属音がした。ショーラが何かに飛びつくのが視界の端に見えた。ケッタが剣を抜き目の前にいる、何かを弾いたようだ。


「何だ、何だ」


 アニードの声が聞こえる。顔を上げるとショーラに組み伏せられたおばあさんがいた。ケッタが剣を突きつけている。


「痛いじゃないか、年寄りは大切にするもんだ」


 おばあさんは開き直った様子でショーラに離せと腕を振り払い、地面に片膝を突いて座った。大した度胸だ。


 ケッタは剣を突きつけ警戒を緩めていないが、ショーラは少し離れた。近付きすぎると反対に押さえ込まれる事がありえるからだ。しかしひと飛びで組み伏せれる距離にいる。


「歳だねぇ。若造に負けるなんて」


 アシェアの命を奪おうとしたとは思えない穏やかな口調だった。


「おいおい、爆発ばあさんじゃないか。どこから現れたんだ」


 アニードが声を上げた。


「最初からいたのよ。私達には気づかれないようにね」


 ショーラが言った。


「おいおい、どういうことだ」


「鈍いわね。隠密の職業技能スキルよ。それも特級だわ」


 ショーラがこれでわかるでしょと、アニードを睨んだ。


「お母さん」


 立ち上がったカティーアが声を震わせた。


「カティーア……。私のせいですまないね。辛抱しておくれ」

 カティーアがおばあさんに駆け寄った。


「お母さん、そんな事ない。私は大丈夫よ」


 おばあさんをカティーアが抱きしめ、おばあさんは僅かに穏やかな顔でそれに応えた。


 アニードが理解できない顔をしてアシェアを見た。


「カタリナ・イステカーマさん。この路地に住んでいる、かつて最強と言われた暗殺者です」


「よく調べてあるじゃないか。私の正体を知る人間がいるなんて思わなかったよ」


「カタリナ……伝説の冒険者と同じ名前じゃないか。確か闇落ちして行方知れずと聞いたことがあったが」


 アニードが驚愕の声を上げた。


 アシェアはその話は後でと言い、おばあさんを抱きしめているカティーアを見た。


「事件の話を続けましょう。ライムーンを刺した貴女は動揺し、カタリナさんに助けを求めた。事情を聞いたカタリナさんはカティーアさんに早くこの場を立ち去るように言った」


「見てきたように言うじゃないか。坊やの推理はいつまで続くんだい。採点してやろうじゃないか」


 カタリナはアシェアを睨みながら言った。


「あくまで状況と情報から得ることのできた想像です。ですが、間違ってはいないようですね」


 アシェアはカティーアとカタリナを見た。


「ライムーンの死体をどうするか。ベンチに座らせるくらいは何とかできても、加齢で体力の落ちたカタリナさんには死体を消し去ることはできない。裏の伝手に頼ろうにも、不意に路地に人が入ってきたら騒がれてしまう。細工も無しにそうなってしまえば手がなくなる」


 カタリナは諦めたのか、静かにこちらを見ている。ケッタの剣が下がった。


 カタリナが身じろぎした。服の隙間から杖のようなものが見えた。


「……解放せよ、水精霊サーイル、風精霊アネモス」


 カタリナの早口を耳にした時、アシェアも杖を振り上げていた。


——


「解放! 吹き上げよ風精霊アネモス!」


 突風がアシェアの意思を反映して路地に吹き込み、その風が空に向かっていった。強い風が広葉樹の葉を大きく揺らした。


 数瞬の後、枝の間から小動物や虫がボトボトと落ちてきた。どれも死んでいる。


「きゃあ」


 ショーラが悲鳴を上げた。アシェアもあまりの光景に言葉が出なかった。目の前にはまだ虫達が落ちてきている。


 アシェアは戦慄した。毒だ。即死する。


 まともに術を受けたら死んでいたのはアシェア達だ。いやカタリナ達も無事で済まなかったかも知れない。


 カタリナの素性と花壇の植物の正体をケッタから聞いて知ったとき、もしかしたらとアシェアは警戒していたのだ。


 それは暗殺者が使う毒だった。その葉を加工した媒体を水魔法と反応させる。すると致死毒を発する。そしてそれを風魔法で運ぶ。最小限の魔法で毒殺を可能にし、魔法反応も薄い。残るのは毒殺された死体だけ。


 物騒な植物をよくも堂々と育てていたものだ。知らなければ死んでいた。


「ふん。奥の手の魔毒と解放魔法まで破られるなんて、思わなかったよ」


 カタリナは本当に諦めたのか短杖を放り出した。


 開放魔法とは、長い詠唱の呪文を早く発動させるために、呪文を途中で保留しておく方法だ。魔法使いとして熟練と呼ばれるには必須の技術で、魔法を保留しておけること自体が技術レベルの高さを表す。


 カタリナは恐ろしいことに高レベルの複数職業ダブルクラスなのだ。


「アシェといったね。あんたの言った通りだよ。ただね、ライムーンは死んでなかった。トドメを刺したのは私さ。あいつは私に助けを求めたよ。治癒魔法をかけるからベンチに座れと言って、そのまま深く刺したのさ」


 カタリナは悪鬼のような顔をしてニヤリと笑った。


「懇願する顔が恐怖になるところはいつ見てもたまらないね。その後、死体の処理に組織の人間を呼ぼうかと思っていた。あんたには分からないだろうが、この場を離れなくても連絡する方法なんざいくらでもあるのさ」


——


 カタリナは再びニヤリと笑った。そして覚悟を決めた顔を覗かせた。


「推理の続きを聞かせてもらおうじゃないか」


 アシェアはカタリナの覚悟に気付かなかった。


「ライムーンを殺した後、頭を冷やしたタリーさんがカティーアさんと話し合おうと戻ってきた。しかし貴女はタリーさんが去った後のことしか知らず、彼女がカティーアさんの家族だと知らなかった。だから躊躇なく利用した。貴女は死人を見て動揺しているタリーさんをあっさり殺した」


 カタリナはアシェアから目を離さなかった。


「あぁ、その通りだ。迷い込んだ哀れな女だと思ったよ。すぐにストーリーはできた。男を刺した女が思いあまって自殺するのさ。ちょいと手を回せば馬鹿な憲兵どもは大して調べずに終わるからね」


 アニードが歯ぎしりした。


「そ、そんな。お母さん?」


 カティーアは目の前の母親を驚愕の顔で見つめた。


 カタリナはカティーアを見つめた。


 アシェアはそこに慈しみをもつ歳を取った聖女の微笑みを見た。本当はどこにあるのか。


「毒霧を浴びせたらうまいこと娘がベンチに倒れ込んだからね。その時は上手くいったと思ったよ。ただ……そうかい」


 カタリナはアシェアを見た。ここにいる全員がカタリナを見ていた。


 カティーアは懇願するように首を振っていた。


「坊やの点数は七十五点だね。ところで暗殺者の行く先を知ってるかい。敗れたら死ぬだけなんだよ。誰にも看取られずにね」


 カタリナは消えた。


「ショーラ!」

 ケッタが叫ぶ。ショーラは視線を泳がすか、捉えきれていない。


「そこの小娘、捜すんじゃないよ。カティーア、こんな親でも母さんにしてくれて……ありがとう。家族を奪って……許しておくれ」


 カタリナはそれきりで消え去った。


「お母さんっ! いつまでも愛してる!」


 叫び声が路地に響いた。そしてカティーアの泣く声は消えることがなかった。


——


「まぁ、後は俺がやる。マルンちゃんだったか。フォローは任せておけ」


 アニードは言った。ただ事件は心中のままとなるだろう。カタリナが捕まるとも思わない。この真相が人々に理解されるとも思わない。理解できないことは無かったことになるだろう。


「それでもアシェアは正しかったさ」

 ケッタはそう言ってくれた。


「あの親子なら乗り越えられるわよ」

 ショーラはそう言ってくれた。


「カタリナは本当に二人とも殺したのか」

 アシェアは自信を失った。


 それからしばらく経ったが、カタリナはどこにも現れることも発見されることもなく、この事件は終焉した。

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異世界の推理 いつまでも愛してると君が言ったから、その愛を終わりましょう キハンバシミナミ @kihansenbashi

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