第3/4話
「爆発ばあさんて、随分な名前だな」
「ここで捜査してたら爆発したように怒ってきたのさ。だから爆発ばあさん。本人は滅多に外へ出ないようだがな」
花壇に遺留物がないか調べていたら、ばあさんが怒鳴り込みに扉から飛び出してきたようだ。アニードの様子からすると、よほどの爆発具合だったようだ。
「さすがに怒鳴っているとはいえ、何もしてないばあさんに手荒なこともできないからな」
住んでいるのはここの東側の建物で、この路地に唯一ある扉が家の入口となっている。そしてアシェア達が立っているところを庭同然に使っているらしい。本来は路地だから公共の場だが、別に害もないので放置されているようだ。
花壇もばあさんが世話をしていて、爆発騒ぎからは憲兵達も触らないよう気を付けたらしい。
アシェアは花壇の植物を見た。アシェアには見たこともない植物だ。花の蕾がないか茂っている葉を避けてみたが、まだ花の季節ではないのか、何もなかった。
「アシェはなんでも興味を持つんだな。触ったのを見られるとばあさんが爆発するぞ。ここも昔は子供達のいい遊び場だったらしいが、騒ぐと爆発するから次第に誰も近づかなくなったらしい」
アニードは近所の聞き込みで知った情報を教えてくれた。いつから住み着いているかは誰も分からない。この辺りの古株から話を聞いても、その古株よりも前から住んでいたと言ってくる。
「まぁ俺の情報はこんな所だ。どうだ、役に立ったか」
「えぇ、まぁ。はっきりしたことはもう少し調べてからですね」
顎に手を当て、アシェアは考え込みながら答えた。その言葉に何か感触を得たのか、アニードは頷くと「何か分かったら連絡くれや」そう言い帰っていった。
アニードが去っていき、アシェアはケッタと向き合った。もう一つの話だ。
「さて、さっき言ってた俺の情報だ。じいさんから仕入れてきたぜ」
ケッタはある意味、特殊な環境で育った。ケッタのじいさんというのがこの町の顔役……、裏通りでの話だが。孫のケッタのことを猫可愛がりしている。そんなわけで表側からわからない情報でもケッタにはわかることがあると言うわけだ。
ケッタのじいさんはケッタに自由な世界で生きて欲しいと思っているらしく、冒険者となったことを喜んでいる。
アシェアは身内のことに踏み込んでいないので詳しくはわからないが、いい関係を築いているらしい。
ケッタは男の名前、家族の住処はアニードの情報と同じだと答えた。家族の商売は真っ当らしい。生業は問屋で、倉庫をいくつか持っているようだ。
「心中したライムーンはふらふらと遊び歩いていて仕事をしていないんだと。女関係で問題を何度も起こしていて、家族も扱いに困っていたようだな」
そして厄介ごとばかり持ってきた穀潰しが死んでもうこれ以上の面倒は見れないと、知らない、家族じゃないと切り捨てたのか。
「ケッタ、もう少し調べたいんだが」
アシェアはケッタに頼んだ。
「分かった。男の家とマルンの家で取り引きがないかと、正体不明の毒だな。珍しい毒物が出回っていないか聞いてくるよ」
ケッタが善は急げとばかり、すぐに路地を出て行こうとした。急げと言っても聞いてくる先は善ではないが……。
その時である。
「あんた何やってんだい!」
背後から怒鳴り声が聞こえた。
——
アシェアは振り返った。そこには髪の毛を逆立てた小さいばあさんが立っていた。広葉樹の根元に向かって怒鳴っている。
「あのばあさん、何に怒っているんだ」
ケッタが当然の疑問を口にした。
「人のことコソコソと探ろうなんて百万年早いんだよ」
ばあさんの視線はこちら側に動いてきて、ついにアシェア達を捉えた。
「あんた達、おかしな真似をしているんじゃないだろうね」
ギロリと二人を睨んだ。アシェアは蛇に睨まれたように体が動かなかったが、ケッタが背中を強く叩いてくれたおかげで金縛りから解けた。とんでもないばあさんを相手にしている。
「アシェ、逃げよ」
その声に理由がわかったアシェアは興奮している婆さんに背を向けて逃げ出した。
——
「ふぅ、まいった。子供じゃないんだから、まさか怒られて逃げ出すことになるなんてな」
路地からしばらく走った。広場となっている場所で立ち止まる。急に走ったくらいで息が切れることはないが、ケッタの言う通り子供の頃みたいだとアシェアは思った。
「本当だね。ほらショーラ。いいかげん
「あははー、ごめんね」
アシェアの目の前にショーラが現れた。いや路地から一緒にいたのだ。認識できるようになっただけである。
「まさか見破られるなんて。あのおばあさん、只者じゃなかったみたいだね。せっかくアシェ達を驚かそうと思ったのに失敗しちゃった」
ショーラの言葉にピンときた。そうか。只者ではないのだ。
あの場所で心中があったのも偶然じゃない。アシェアは急いで考えをまとめた。
「ケッタ、調べてもらうこと、変更するよ。あのおばあさんの素性と家族。死んだ男のライムーンを最近調べた者がいなかったか。それから、この植物の正体」
アシェアはケッタに手に持っていた植物を手渡した。
「よしわかった。任せとけ」
すぐにケッタは後ろ手を振り、急ぎ足で歩いていった。アシェアが真実を掴みかけていることが分かったのだろう。こう言う時に頼りになる仲間だ。
アシェアは自分にやれることをしようと考えていた。
「ねえアシェ。私にも何かやれることないの」
その前にショーラの件だ。マルンは大丈夫だろうか。アシェアはショーラに聞いた。
「ショーラ、マルンの家で見た事を教えてくれないか」
「うん。でも大したことないよ。カティーアはマルンちゃんを大切にしていた。本当に心配していたみたいね。暴力を振るわれていなくて本当によかったわ。マルンちゃんが一人でいると心配だからってメイドに話し相手になってくれってフォローを頼んでいたくらいだし。でもね、マルンちゃんが出かけれないようにするなんて、過保護を間違えてる親だわ」
「血を分けた唯一の子供だからか。確かに間違っていると思うけどね。自分達に近い人間が死んだから、余計に過保護なのかもしれない」
アシェアが思ったことを口にすると、ショーラはちょっと違うのと続けた。
「意外なことなんだけど、タリーさんのことも実の子のように思っていたかもしれない。自分の部屋に飾ってあったタリーさんの肖像画の前で泣いていたの。私以外誰もいない時だったから本当なのよ」
ショーラは意外なことを言い出した。
ショーラの話でカティーアの見方が変わった。
それが彼女の気持ちなら、彼女の中では血を分けていることは気になっていない。親子だっていう事実の方が重いってことか。情がどこまでも深いのか、環境が彼女をそう育てたのか。
何にせよアシェアはマルンが暴力を振るわれていなくてよかったと思った。
「私も役にたっているでしょ。だからさっきの失敗は水に流してね」
ショーラの言い分にアシェアは苦笑した。
「とても大事な情報だったよ。真実の可能性にかなり近づいた。やり過ぎだったけどね」
アシェアが言うとショーラはエヘヘと笑った。
「そ、それでこれからどうするの」
アシェアの言葉に素早く反応し、賢明にも話題を変えようとショーラは努力していた。
——
「情報を整理したい。ケッタに調べてもらっていること、それが全部わかるといいんだけど」
アシェアはそういうと、まずは拠点に帰ろうとショーラを促した。
「ケッタの情報を待つのね」
「いやショーラにお願いしたい。マルンに会って聞いてきて欲しいことがある」
「いいけど、また忍び込むことになるわよ」
「大切なことなんだ。あの日、死んだタリーは一人で出掛けたのか、他の人と出掛けたのか。外で誰かと会う約束をしているような事を言っていなかったか。マルンが記憶から無くしていることかもしれない。よく聞いてきて欲しい」
「分かったわ。任せておいて」
ショーラは早くも立ち上がり駆け出そうとしていた。アシェアは背中に声をかけた。
「
「はぁい」
ショーラが再び出掛けていった。アシェアは自分の想像と現実が近付いていることを感じていた。これも経験と勘か。
「アニードさんにこれを伝えるべきか。黙っていた方がいいか」
アシェアは悩みながらも杖を振り上げると、魔法の練習を始めた。アシェアはあくまで魔道士なのだ。
——
「アシェ、分かったぞ」
ケッタが戻ったのはショーラがマルンのところから戻ってきてしばらくしてのことだった。
アシェアは悩んだが、ケッタから話を聞き、真相の確信を持つと憲兵アニードを呼んだ。最後にどう転ぶか、アシェアにもわからない。それでもアニードなら面倒を見てくれるだろう。
「みんなに調べてもらった情報で、可能性が絞れた。本当かどうか、あそこで検証する必要がある」
アシェアは宣言すると、アニードにカティーアを連れてくるように頼んだ。
ただ、マルンの心情を考えるとアシェアは心が苦しかった。
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