第2/4話

 路地を出ると人混みを縫い、ケッタはあっという間にどこかへ消えた。憲兵のアニードを連れてくるつもりだろう。


「ここよ」

 ショーラはある店の前で足を止めた。甘味専門のお店らしい、店の中で食べれるようにもなっているようだ。


 アシェアはこの手の店に一人では行かないので分からないが、部屋の外観も内装も小綺麗で、お客が程よく入っている。ショーラがオススメというのも分かる気がする。


 マルンを見ると固まっている。話からそこそこの家と分かっているが、知らない人と食べるのは緊張するのだろう。


 そんなマルンに店員が声をかけてくれた。


「あっお嬢様お帰りなさい」


「た、ただい」

「ん、えっ……ええーーっ!」


 叫んだのはショーラだった。叫んだまま目を普段の五割増しに開き絶句した。


——


「どうぞ」

 珈琲がカップの中で波打った。


「ありがとうございます」

 アシェアとショーラは奥まった場所にある席に案内されていた。


 声が他に届きにくい席だ。あからさまに冒険者な二人が何故にその店の子を連れて現れたのか、善悪も含めて聞きたいのは当たり前だ。いきなり憲兵呼べと騒がれなかったのは幸いだった。


 マルンがショーラと手を繋いでいたし、ここがマルンの店だと知って驚いていたから良かったのかな。アシェアはそう思った。客商売というのは人を見抜く、アシェア達に害意がないことは分かってくれている……はずだ。


 奥から女性が出てきた。店員ではない。二十歳後半くらい、美人で胸も大きい。雰囲気から察するにマルンの母親カティーアか。


 アシェアはマルンが一人でタリーの調査依頼をしてきたことが疑問だった。大人がいるのである。マルンから見ると実母のカティーアと義父のマラッジ……。


 ショーラが小突かれ、アシェアは慌てて立ち上がった。


「こんにちは。迷子の娘を送っていただいたそうでありがとうございます。マルンの母のカティーアですわ」


 迷子、そういう事か。マルンは依頼のことを言いたくないようだ。理由は分からないが機転の利く子でよかった。話を合わせることもできないから適当に誤魔化すしかないな。アシェアは握手を交わしながらそう考えた。


「お礼をと思いましたが、あいにく主人は留守ですので申し訳ありません。せめてこの町一番と評判で自慢のパンケーキをお召し上がりになってくださいな。マルンは二度と迷子になるようにはしませんので。連れ出した者にもキツく言っておきますわ」


 カティーアは目をつり上げ、そして目を見開いて言ってきた。美人がそんな顔をすると妙な迫力がある。マルンはしばらく外に出ることも適わないか。


 アシェアはマルンが孤独に置かれていることを悟った。同時にこの事件に深く関わる覚悟も決めていた。


 ショーラはというと顔にこそ出していないが、かなりムッとしている。アシェアはそんなショーラの様子を感じながら愛想笑いを浮かべていた。


「私はA級冒険者のアシェア、こっちは仲間のショーラです。出掛けた際にマルンちゃんに出会いましてね。何事もなくてよかったです」


 カティーアの目が笑っていない。アシェアは自分も同じ様な顔をしているんだろうなと思いながら愛想笑いを崩さなかった。


 化かし合いの変な間があり、やがてカティーアが口を開いた。


「そうですか、A級冒険者ですか。有象無象の輩でなくてよかったですわ。アシェアさんとショーラさんですか。何か冒険者に頼むことができましたら、その際には贔屓にいたしますわ。予定がありますので失礼いたしますが、どうぞごゆっくり」


 カティーアは目が怖いまま器用に愛想笑いを浮かべて去っていった。


 そうですか、頼むことはございませんか。アシェアはマルンともう一度会うのはかなり難題だなと思いながら、どうするかケッタとショーラに話をしようと考えていた。


 これは依頼ではない、目の前で不幸せを産んだ謎を解くのだ。


——


「何よあの女、ちょっとばかり胸が大きいってだけで偉そうに。アシェもそう思わない?」


 店を出た途端、ショーラの口が開放された。アシェアは胸の大きさと態度は関係ないなと思ったが、口に出さなかった。賢明な判断である。


「それにA級冒険者が何よっていうあの態度、ムカつくわー。A級冒険者になるのがどれだけ大変だと分かってないのね。私達が有象無象なわけないじゃない。パンケーキがいくら美味しくても残念だわ。マルンちゃんはあんなにいい子なのに、何で母親はあんなんなのさ。あれじゃあマルンちゃんが可哀想だわ。アシェもそう思うでしょ」


 ショーラは鼻息も荒く、しばらく収まりそうもない。こうなったときのショーラの攻撃力は天井知らずだ。冒険中の隠密行動が嘘のようにアグレッシブなオーラが出ている。


 収まるまで触れずにおこう。アシェアはそれよりもマルンの気持ちを想像するのが辛かった。


 マルンは親にも内緒でアシェア達に依頼を出した。つまりマルンの中で親を信用出来ていない。


 友達の親の力を借りたというのも嘘だろう。マルンに頼まれてギルドに依頼を出したものが使用人の中にいて、それを内緒にしたかったのだ。カティーアの口ぶりから間違いない。


 義姉の為に、あの歳で嘘を付かなければいけないなんて。アシェアはため息を飲み込んだ。迂闊な言動で火に油を注ぎたくない。


 アシェアの前をのしのしと歩いていたショーラが振り返った。笑顔なのに目が笑っていない。


「ど、どうしたの、ショーラ」

 アシェアは聞いた。


「アシェ、私は決めたわ」


 ショーラは揺るぎない気配で満ちていた。


 アシェアの顔には悪い予感が溢れていた。


「何を」

 でも聞くしかなかった。


「ちょっとばかり忍び込んで調べてくる」

「どこにさ」

 分かっていた。アシェアは一応聞いただけだ。


「決まってるでしょ、あの家よ。私の職業技能スキルを使えば造作も無いわ」


 ショーラは隠密行動の職業技能スキル持ちだ。いらない誤解を招かないよう、これまで町中で使うことは無かったが。


「そうかもしれないけど、暴発はしないでね。あくまで情報を集めるだけ」


 アシェアは心配しかなかった。


「マルンちゃんが暴力でも振るわれていたら分からないわ」


 アシェアはため息を吐いた。でもアシェアもそうと知ったら魔法の行使を辞さないだろう。止めろとも言えなかった。


「何にしても気をつけて」

「分かってるわ。ちょっと行ってくる」


 ショーラの気配がなくなった。目の前にいるのだ。しかし認識が阻害され、ショーラそのものを意識できなくなった。これが隠密職業技能スキルの効果だ


 アシェアにはもはやつかみ所が無くなったが、この方法には弱点がある。ショーラかそれ以上の職業技能スキル持ちには通用しないのだ。ショーラと同じレベルで経験を積んでいる者など滅多にはいないが。


「ホントに気を付けて」

 アシェアには声をかけることしかできなかった。


 ショーラが行ってしまうとアシェアはまたため息を吐いた。マルンの依頼自体もまだはっきりとしない。情報が決定的に足りないのだ。


「アシェア、そこにいたのか」


 振り返るとケッタが手を振っていた。横には見覚えのある憲兵アニードがそっぽを向いてた。


——


「ケッタ、アニードさんを連れてきてくれたのか」

「あぁ、ついでに別の情報もな。それはまぁ後で」


 ケッタが小声で囁いた。アニードはケッタの言葉には耳が付いてない顔をしている。


「おいおい、ケッタの奴が急ぎって言うから、他の仕事を放ってきちまったぜ。アシェ、奴の言う事は本当なんだろうな」


 アニードは憲兵にあるまじき品のなさで知られている。それもアシェアにとってはいつもの事だ。


「そりゃあもう大急ぎです。ところでアニードさん、この間の事件の犯人は見つかりましたか?」


「おぅ、おめぇのおかげで犯人は分かったがよ、奴め地下に潜りやがって。まぁそれも時間の問題というやつだ。……俺を呼んだのはそんな用事じゃないよな。何が知りたいんだ。まさか犯罪の片棒を担がせようってんなら容赦しねぇぞ」


 アニードは眼をぎょろっとさせてアシェアを見ていた。尋問で何人もの犯人を自供させた目線だ。慣れとはいえ、アシェアも僅かに動揺してしまう。悪いことなど、あまり憶えがないが。これも職業技能スキルだろうか。


 アニードはさすがというか勘がいいとアシェアは思った。頭に先程忍び込んでくる宣言をしたショーラのことが浮かんだ。会話を聞かれなくてよかった。安堵のため息をアシェアは心の中で吐いた。


「まさか、何かやらかしたんじゃないだろうな。今なら罪は軽いぞ」


 アニードは自首を勧めてくるが、冗談なのはすぐに分かった。ニヤニヤと、笑った犬のような顔でアシェアを見ているからだ。アシェアは、どちらにしよ一旦ここから離れようと思った。ショーラがまだ近くにいるかもしれないし、カティーアに見られたら厄介だ。


「アニードさん、座って話をできるところに行きませんか」


 アシェアは先ほどマルンと話をしていた路地へと向かった。そうして雑談をしながら路地の入口に近付いたときだった。


「おめぇ、そこであった心中を調べてんのか」


 アニードが言った。やはりアニードは知っているようだ。


「そうです、何かご存じなら教えて貰えませんか?」


「おうよ、俺もな、分からないことだらけだから、おめぇに頼もうとも少し考えていたのさ。心中した二人に不審な感じがあってな」


——


 アシェアは何を言えばいいか悩んだ。


「どういうことですか?」


 アニードは器用に片眉を上げ、前を向いた。


「まぁ現場を見ながら話をしようや」


 アシェアとケッタは見合わせると黙ってアニードについて行った。


「ここだ、このベンチで二人が死んでいた」


 アニードは花壇の脇にあるベンチまで来ると、そのベンチを指差した。マルンが、お姉ちゃんが死んだ、と言ったそのベンチだ。


「あっちのテーブルの方が綺麗なのにな」


 ケッタが言った。広葉樹の根元にテーブルとイスがある。そっちは割と新しく、死ぬ場所をどちらがいいか選ぶならアシェアはそっちを選ぶだろう。


「そうなんだ。だが実際は、その苔だらけの腐ったようなベンチなんだ」


 確かにあちこちが変色し、虫食いなのか腐食が進んでいる。心中であるとするならば、何故このような場所を選んだのだろう。


「それで、不審な感じって言うのはそこで。あっ、いやその前に心中した女の方はタリーさんですよね。男の方の名前は何て言うんですか」


 アシェアは聞いた。ところがアニードは苦虫をかみつぶしたような顔をした。


「ライムーンと言う奴だ。だが家族はそうだと認めようとしねぇ。そいつは息子じゃねぇと言うのさ。それにな、女との関係が出てこなくてな。そのライムーンというのは女の敵のような奴で何人もの女がいたこともわかっている。もしかしたらその中にいるのかもしれねぇがよ。ライムーンの奴は用心深い性質タチでな、分からねぇ」


「でも、それだけならアニードさんが調べようと思いませんよね。何か気になることでもあるんですか」


「経験と勘だ」

 アニードは言い切った。


「そ、そうですか」


「あっお前、心の中でまた始まったとか馬鹿にしただろう。みんなそうなんだ。俺のこと勘と本能だけで生きてると言いやがる」


 どこから突っ込めばいいのやら。アシェアには分からなかった。


「それで、その経験と本能には何が引っ掛かったんだ?」


 ケッタの言葉にアニードは気を取り直し、身を乗り出した。


「経験と勘だと言っただろ。まぁ、なんだな。まずは現場の状況だ」


 アニードはそう言い、ため息をつくとベンチに腰掛けた。


「男の方は刺されていた。胸を一突きだな。刃物は刺さっていた。心中なら女の方が刺したと考えられる。鋭利で細身のやつだったから女でも充分刺せただろう」


 アニードは刃物の柄を持つ真似をして、自分の胸を一突きにしてみせた。顔を苦悶の表情にしてわざわざリアル感を出して果てて見せた。


 しばらくして何事もないように立ち上がり、横に移動すると、今度は何かを飲み干す真似をした。喉を両手で掻きむしるフリをして、苦悶の表情のまま膝をつき、ベンチに倒れ込むように身体を倒して首を項垂れた。


 そのままの姿勢で顔だけ持ち上げ、アニードは言った。


「女の方は何か毒物で死んだ。毒の影響で身体中に痣のようなものが出ていてな。薬師に見させたが何の毒物かは分からなかった。多少苦しんだようだが、短時間で死んだようだ。だが薬師もわからないマイナーな毒で、出所は不明だ。ありえるなら闇ギルドルートだろう」


「毒の事はともかく、女が男を殺して自分も死んだ。つまり無理心中というやつじゃねぇのか」


 ケッタが言う。


「確かに傍目にそう見える。だからよ、そのな、全く調べねぇわけじゃないんだが、怪しいと思ってもだな、あれだ我々も暇じゃないんでな。まぁ、なんだな。そういう事だ」


「呆れたな。怪しいと思ってもそれ以上はしないってか」


「俺は違うぞ、勘が違うと言うのさ。何かあるってな。だからアシェアに意見を聞きたくてな」


 アニードは腕を組み、ケッタとアシェアを見つめた。その目には真実を求めているとアシェアには見えた。


「二人の死に方に何か感じたんですか」


 アシェアの問いにアニードは頷いた。


「何て言うか、違和感がな。二人が隣り合って死んでいるだけのような。そんな感じだ。それに女が刺したというのもな。殺すなら他の方法、それこそ毒でいい」


 アニードは首をひねりながら言った。いつもの自信はなく、違和感を感じただけのようだ。


「他に現場の状況で調べたこととかありますか。例えば魔法反応とか」


 アシェアはアニードに、現場で最近魔法が使われた痕跡がないか聞いた。魔法が使われると可能性がぐんと広がる。


 火種レベルの魔法しか使えない人間であろうと、魔法は使い方で化ける。さすがにドラゴンを倒すほど化けるとは言わないが。


「魔法反応はあったぞ。薄かったがな。水魔法と風魔法だ」


「なるほど」

 アシェアは顎に手を当て考え込んだ。


 魔法反応が薄いということは小魔力の魔法が使われたか、魔法自体がかなり前に使われたということだ。


 すると法則をねじ曲げるほどの魔法行使はされていないことになる。アシェアはそう考えるともう一つの疑問を口にした。


「そうだ、ここって誰かの庭なんですか。随分と綺麗にしているみたいですけど」


 アシェアの言葉にアニードはしまったという顔をして扉の方を振り返った。扉は開いてもなく、誰かいる気配もない。息を吐きながらアニードは言った。


「爆発ばあさんの庭だ」

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