異世界の推理 いつまでも愛してると君が言ったから、その愛を終わりましょう

キハンバシミナミ

第1/4話

 それは、全てを清算する水の恵みだった。「水の精霊サーイルに感謝を」シワのよった声は、哀しみを流して欲しい、そう切望しているようだった。


——


「アシェ、その依頼受けるの?」


 冒険者ショーラ・バリークは炎のような目を瞬かせ、道の先を行く魔導士の男に話しかけた。


 その声が聞こえたのか、指名依頼書を片手にもち、反対の手に杖を持った男、魔道士アシェア・イブハームは後ろを歩いている二人の方へ振り返った。


「これがどんな依頼かわからないけど、指名依頼だから報酬も悪くない。護衛とかじゃなくて、犯人探しっていうのが気になるけどね」


「おいおいアシェ、俺達は遺跡ダンジョン専門の冒険者のつもりだぜ。まぁアシェがこの街の難事件をいくつも解決しているからそっちで有名になっているけどさ」


 一緒に歩くもう一人の男、剣士ケッタ・シャオクは腕を頭の後ろで組み最後尾を歩いている。


 そのケッタは何かあるとアシェアを頼ってくる馴染みの憲兵の顔を思い浮かべ、顔を歪めた。自分で解決できないからってアシェアの推理を当てにしてくる困った憲兵の顔だ。


 悪い人じゃない。どちらかというと誰もが頭を悩ましている事件をあっさり解決するアシェアが悪いのだ。


「とにかく話を聞いてみるさ。お金はあるに越したことはないしね」


 アシェア達はお金を稼ぐ必要がある。冒険を続けるには何かとお金が入り用なのだ。それには探索の報酬だけでは少し、いや全く足りない。うまいこと宝が見つかって左うちわで暮らせる冒険者なんて滅多にいるものじゃないのだ。大半はそんな日を夢見て日銭を稼ぐ者達。少しでも金になる話なら無碍にしたくない。交渉の余地がある指名依頼なら尚更だ。


「まぁそりゃそうだけどな。気に入らない依頼だったら断ってもいいと思うぜ」


 ケッタの言葉の真意を知らないアシェアは微笑み、再び前を向いて歩き出した。指定場所はすぐそこだ。


「この通りだ。壁のすぐそばだな」


 ケッタの言葉にアシェアは立ち止まり、上を見上げた。


 上を見ると壁が飛び出し、こちらに迫っているように見えるか

ら不思議だ。余りにも壁が高いからか。


 どうやら目の前の建物の裏は街の境界壁のようだ。ここの建物は壁に沿って建っているようで、そのせいか僅かに湾曲した道になっている。


 するとここは街の北側の端だから、壁の向こう側は森に接していることになる。ここからは何も見えないが。


「空を飛ぶ魔物がこっちに来たりしないのかな?」


 アシェアと同じように見上げていたショーラが呟いた。

 それを聞いたケッタがしたり顔で「魔物も人間の縄張りには迂闊に入らないさ。死にたくないからね」と言った。


 高等魔術師により創り出されたとてつもなく高いこの壁は魔物の侵入をしっかりと防いでくれている。


 そのおかげで壁の内側は平和と秩序が保たれているのだ。ここでの平和というのは人同士の争いや事故を内包しているが。


 通りは店屋も露店も並んでいて人通りも多い。活気が溢れ、呼び込みの声も、客が値引き交渉をする声も大きい。町の外れにしてこれだけの活気に溢れている町は多くないだろう。


 待ち合わせ場所として指定された場所はこの辺りのようだ。


「アシェ、この辺なの? 商店街の真ん中だけど、話し合いをするような場所じゃないよね」


 ショーラが言うとおり、辺りは耳が痛くなるほど騒がしい。それにちょうど夕飯の買い物にいい時間なのか、あちこちで主婦達が立ち話に花を咲かしている。


 ショーラがアシェアが持つ依頼書を盗み見て、路地を指を差した。


「あっちじゃない?」


——


 三人は依頼書を頼りに路地に入った。路地だが日当たりが良さそうで、悪い雰囲気はなかった。薄暗い路地でうろんな輩が現れたりはしなさそうだ。むしろ隠れた名所を見つけたような暖かい空気感があった。


 すぐ目に付いたのは大きな広葉樹だ。ただ秋の気配が色濃いこの時期だ、葉の半分は落ちている。落ち葉は隅に寄せられていた。


 木の根元にはテーブルとイスがある。路地の脇には花壇があるが花は咲いてない。その傍にはベンチがある。


「路地じゃなくて誰かの庭なのかな」


 ショーラが言う。アシェアも同じ感想だった。人の気配がない。通りはあんなに人がいるのに、誰もいないのは奇妙だった。こんなにも過ごしやすそうな空間だ。お茶を飲んで休憩するのにこんないい場所はない。


 やはり誰かの家の庭に入り込んだのだろう、アシェアはそう思った。袋小路で奥には扉も見える。


「入るところを間違えたんじゃないか」

 ケッタが小声で言った。


「もしかしたらあそこに住んでいる人が依頼主とか」

 ショーラが奥の扉を見ながら言った。


 その時、後ろから呼ばれた。


「こんにちは」


 幼くて小さい声だ。アシェア達が振り返るとそこには女の子が立っていた。


——


「あなたが、アシェアさん? 私はマルジャーンっていうの。みんなはマルンって言うわ」


 その女の子はワンピースの裾を持ってお辞儀をした。初対面の人への挨拶を習ったばかりと言わんばかりに動きはぎこちなかった。それがかえって微笑ましい。


 アシェアはもしやと思いながら挨拶を返した。


「こんにちはマルン。僕はアシェアという。いわゆる冒険者だ。こっちはケッタにショーラと言います。もしかすると君が依頼人ですか」


「初めましてケッタさん、ショーラさん。私が依頼したの」


「子供が依頼は出せないだろ。親は何処だ」


 ケッタがマルンを睨みながら言った。マルンは急におびえた顔になって口を開いた。唇が震えている。


「ごめんなさい。どうしても調べて欲しくて、仲のいいお友達の親に頼んだの。それで有名だって人に……」


 マルンは俯いた。


「ケッタ! マルンちゃんが怯えているじゃない」


 ショーラがマルンを抱き寄せるようにしてケッタとの間に入った。ケッタを睨んでいる。


「す、すまん」ケッタは頭を掻いて参ったという顔をした。アシェアは知らなかったがケッタは子どもが苦手なのか。


「まぁまぁ」


 アシェアは仲間をなだめながら膝を突いた。マルンと同じ目線になる。


「僕の仲間がすまない。怖がらせるつもりは無かったんだ。ちょっと子どもが苦手なだけさ。ところで、君の依頼を教えてくれないか。この依頼書だけだとちんぷんかんぷんでね、困っていたんだ」


 アシェアが困るのは理由がある。何せ書いてある依頼内容は「事件の嘘を調べて犯人を探して欲しい」なのだ。よくこれでギルドが依頼だと認めたなとアシェアは真剣に思っていたくらいだ。


 ギルドが認めた真相はごくごく簡単なことで、お金の力に逆らえる人は非常に少ない。というシンプルな現実があっただけなのだが。


 ちなみにギルドでは依頼の取り次ぎはするが後は勝手にやってくれである。相手を見極めることなど冒険者の基本だ。騙される奴はこの稼業に向いていない。それだけ。


 アシェア達も依頼人に会うまでは金の力で秘密裏に事を運びたい嫌な依頼だろうと思っていた。中身しだいで突っぱねるつもりもあった、三人にはそれが可能な実力がある。


 この時のアシェア達には無理もない話だが、目の前の女の子にギルドの受付を買収する財力と知恵があるとは想像がつかなかった。


「お姉ちゃんは誰かに殺されたの、それを調べて欲しいの」


 青い髪に銀眼の少女マルンは少し潤んだ顔でアシェアにすがりついた。


——


「ちょっと待って、詳しく教えて……くれないかな」


 アシェアはマルンの肩を掴んで引き剥がしながら言った。マルンが怯える素振りを見せたので最後は優しく。態度を変えたのは横でショーラが睨んできたからではない、けっして。


「その前に、親はここに居ないのか」


 ケッタが辺りを見回し、マルンを見下ろしながら話すと、マルンはビクリと怯えた。


 剣をぶら下げ体格がよくて、生死を分ける修羅場を最前線で幾度もくぐった迫力が見下ろしたのだ。マルンは泣きそうだった。無理もない。アシェアは敏感にもこの先の展開が分かり、いろいろ諦めた。


「いたっ」

 ショーラがケッタを蹴り飛ばした。彼女は完全にマルンの味方だ。


「ちょっと、気を付けなさいよ。怖がってるでしょ」


「あいや、すまん。別に怖がらせるつもりは無かったんだ」


「これ二回目よ、ケッタは近付かないで。私が話を聞くわ。こういう時は女の子同士で話し合いましょ」

 ショーラはマルンに微笑んだ。


 ケッタは助けを求めるようにアシェアを見た。見られてもアシェアには手札はない。肩をすくめて諦めろと示すのが手一杯だ。


「あそこにベンチがあるわ、そこでお話ししましょ」


 ショーラが手を引っ張る。マルンは動かない、イヤイヤする子犬のように首をすくめた。


「あそこは駄目、お姉ちゃんが死んだの……」


——


「えっ、なに?」

 ショーラの笑顔が固まり、マルンに問いかけた。


「あそこはお姉ちゃんが殺されたの。みんなは心中だって言うけど私には分かるもん。お姉ちゃんはお菓子買って帰るって言ってたもの」


 マルンは目に涙を溜めてショーラを見た。


「マルンちゃん、あなたはお姉さんを殺した犯人をアシェアに捜して欲しいのね」


 ショーラの言葉にマルンは頷く。


「マルンちゃん、僕に詳しく話してくれないか。君の知っていることがお姉さんのことの手がかりだ。……まずはお姉さんがどんな人だったのか」


 マルンはアシェアを見ると俯いて話し出した。


「私のお姉ちゃんはタリーって言うの。でもね、元々は本当のお姉ちゃんじゃないの。お母さんと今のお父さんがちょっと前に結婚したの。そうしたらお姉ちゃんができたの。お姉ちゃんはとっても優しくて姉妹誕生お祝いだって一緒にパンケーキを焼いてくれたわ」


 アシェアが思うに、やや複雑な家庭らしい。聞いていくと父親が街の外に出た際に運悪く現れた魔物に殺されたようだ。二、三年前の話のようだが、マルンも突然片親になった経緯は朧げにもわかっていて、現実だと受け止めているようだ。


 空想と現実がしっかり区別できている、アシェアはさらに聞き取ると、マルンの再婚した家は使用人を使う規模の商店主であろうことがわかった。


 亡くなったマルンの元の父親はその家と商売関係があり、マルンの母親カティーアとタリーの父親マラッジの再婚によって双方の商売を統合したと思われる。


 アシェアはその後も苦労しながらもマルンの話を聞き取っていった。徐々に事件の話に近づけていく。


「……それでマルンのお姉ちゃんのタリーさんはお土産をマルンちゃんに約束して出かけて行ったんだね」


「うん、アシェさん。お姉ちゃんは最近好きな人が出来たんだ。ううん、好きな人が誰かは知らないけど。お姉ちゃんと一緒に死んでいた人がきっとその人だったんだねってお母さんも言ってたわ」


 マルンは話しながら思い出してしまったのか、大粒の涙をポロポロとこぼした。信頼していた姉タリーのことを思い出してしまったか。アシェアは、姉の死んだ場所で気丈にも、知らない大人と話をしている彼女の強さに気がついた。


「アシェ、場所を変えよう。ここで見るものがあるなら後で見にくればいい。それに現場の状況ならアニードに聞けばわかるさ、口は悪いけど情報通の憲兵だしな。俺が今から行って連れてくるよ」


 ケッタもアシェアと同じことを感じたのか、アシェアの先をとって提案をした。アシェアもショーラも依存はなかった。


「マルン、私が美味しいパンケーキをご馳走してあげるわ。オススメのお店なの。きっと気にいるわよ」


 笑顔で話すショーラの言葉にマルンは顔を上げた。ショーラはにっこり笑っている。マルンは涙を拭うとうなずき、姉の死んだ場所を振り返ることなく、通りの外に歩き出した。


 アシェアは振り返り、広葉樹とその根本にあるイスとテーブル、少し離れたところにあるベンチを見た。そして通りに向けてショーラ達の後を追いかけて歩き出した。


 奥にある扉が微かに開いていることに、アシェアは気がつかなかった。

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