第69話 スパイ対策


 造船所へ行った後。


 俺は道端の屋台でおやつのガレットを買うと王立公園へ向かった。


 クルックー♪ クルックー♪……


 広場の人々の足元にふてぶてしく集まる鳩。


 噴水のまわりには子供が裸足になって遊んでいる。


 けっこう日差しがあるな。


 けれど約束のベンチへ座ると、背後の常緑樹があたりを木陰にしてくれてわりと涼しげだった。


「……もぐもぐ」


 ガレットを一口かじる。


 ふと、清掃員用の服を着た男があたりにほうきをかけているのが目に入った。


 ザッ、ザッ、ザッ……


 つばつきの帽子を深くかぶっていて顔は影になっている。


 彼は最初は広場の中央あたりを掃除していたが徐々にベンチのほうへ近寄って、やがて俺の座る位置のすぐそばをしいて丹念に掃き始めた。


「……若。昨日は肝をつぶしたでやんすよ」


 清掃員はそう言いながら帽子をかぶり直す。


 つばからかすかに見えた顔は見知ったもの……


 そう、ジョブ『忍者』のリッキーだ。


「見てたのか?」


「あまり無茶はしねーでほしいでやんす。若に代えはいないでやんすから」


 リッキーはあくまで掃除をし、俺はガレットを食べているので、傍目はためには会話しているようには見えないだろう。


 情報戦が激化している時期だからな。


 諜報員スパイ対策である。


「まあ、そう言うなって。なかなかイイ話が聞けたんだからよ」


 俺は昨日のように技能『壁抜け』を使ってライオネの領主とガイル侯爵との密談を数回にわたって盗み聞きしていたんだ。


 毎回危ねー目にはあったけど、それだけの成果はあった。


 まず、巷で流れている「ライオネがガゼット領を攻めるらしい」という風評だけど、あれはフェイクだってこと。


 ライオネの攻撃目標はあくまで俺らダダリ。


 そして、ガゼット領のある北側からじゃなくて南から攻めてくる。


 こざかしい策だぜ。


「でもに落ちないでやんすね……」


「あ? 何が?」


「いえ、ライオネはどうしてそんなにウチを攻めようとするんでやんしょ? 今ならガゼット領を攻める方がよっぽど合理的なのに」


「そう思うかもしんねーけどさ。人間が合理的って前提で計算を伸ばすのはほどほどにした方がいい」


「どーゆう意味でやんす?」


「それは……」


 まさかライオネの伯爵がうちのおふくろのことを好きだったなんてなあ。


 オヤジとライオネの領主で決闘までしておふくろを取り合っていたなんて。


 そんな因縁があるからアイツはダダリを……そして死んだオヤジのことをあんな目の敵にしてたんだな。


「……それは内緒だ。別にどうだっていいだろ」


「えー」


「それより大事なのは、俺たちがフェイクにかかっていると敵に思わせることだ」


「そりゃそうでやんすね。でもどうやって?」


「領地に分身を残してんだけどさ。風評を聞いたらしくガゼット領の領主が『同盟を結びたい』って言ってきたんだよ」


 ここはガゼット領との同盟の提案に乗って、俺らの意識が北側へ向いているって装っておこうと思う。


 ついでにガゼット領への影響力も高められたら儲けものって感じだな。


 俺はガレットの残りを一口で食べ終えてから続けた。


「……俺の方は以上だ。で、頼んでたのどーだった?」


「ええと、はい。ダンカン塔の市民団体のメンバーについてはかなり調べがつきやした。これが名簿でやんす」


 リッキーは目立たないしぐさでベンチの上へ書類をそっと置いた。


 俺はすぐにはそれへ手をつけない。


 後からそれとなく持ち帰ればいい。


「ご苦労だったな」


「ええ。しかし……マントの男とローブの女については一切情報が出てこないでやんすよ」


「やっぱりか」


 そう。


 王都で一番調べたかったのは、あの女魔王と勇者のことだった。


 ダンカン塔に女王を幽閉した市民団体は、勇者たちと何らかの関わりがあったようにも見えたからな。


 あの事件で捕えられた連中の人間関係を調べれば、勇者や女魔王の情報が出てくるかもしれないって思ったワケだ。


「でもまあ、そんなに甘くねえか。もう少し王都にいるつもりだから、引き続き調査してくれ」


「はあ。すぐに帰ってライオネ戦に備えなくていいでやんすか?」


「まだ大丈夫さ。ヤツらは風評がじゅうぶんに広まって俺らがあざむかれるのを待ってる。事実、ライオネ伯爵自身がまだ王都にいるしな」


「それもそうでやんすね」


 もちろん、さしあたっての脅威は強豪ライオネとの戦争である。


 それに女魔王たちはまだ俺のことを敵視した様子じゃなかったけど……


 この先、俺がゲームの知識で領地を強くしていけば必ずヤツらの『異世界改革』と衝突する時が来る。


 せっかく手掛かりがあるなら少しでも準備しておかねーと。


「じゃあ、頼んだぞ」


「かしこまりでやんす。では……」


 リッキーはそう言って公園の掃除を切り上げていった。




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