第66話 勘違いしないでよね!
「いやあ、楽しませていただきましたよ」
剣舞の後。
俺は手足のしびれを残したままなんとか脚を組んで言った。
「おかげでずいぶんケッパーさんと気心が知れた気がします。改めて同盟の内容の話に入りませんか?」
「は、はい。喜んで……」
ケッパーは恐縮したように言う。
そりゃそうだよな。
先ほどの剣舞が『剣舞にみせかけての暗殺』だったのは明らか。
それが彼の主導だとは思わないが、ケッパーからすれば面目が潰れた形だ。
つまり空気感的にこちらにアドがあるってワケ。
話し合いはこちらに
「そう言えばケッパーさんがウチとの同盟を思い立ったのには何かキッカケがあったのではないですか?」
「き、キッカケ……ですか」
「ええ。例えばライオネの動向について何か情報を得た、とか」
「う……」
そう問い詰めると、「実は、ライオネがガゼット領を攻めるとの情報が入ったのです」と、白状した。
「やはりそうでしたか」
「す、すみません。黙っておりまして」
こうして一つずつ相手の立場を下げていく。
「いえいえ、お気になさらず。……が、そういうことでしたら話は変わってきます。万一ガゼット領が滅ぼされれば、我々も守りの弱い北側をライオネに晒すことになる。もしよかったら俺にガゼット領の防衛設備を築かせていただけませんか?」
「は、はあ。アルト殿が前々からライオネ対策をしてきたことは存じておりますので、願ったり叶ったりですが……」
ケッパーはまたか細い声で続ける。
「……我々にはそれをお願いするだけの経済的余裕がないのです」
「ご心配なく。このような非常事態ですからひとまずすべて融資にて着手させていただきますよ」
「左様でございますか!」
「ええ。ただ、労働力についてはガゼット領の民を雇用させていただきたい。しかるべき待遇を施しますので」
こうしてガゼット領とライオネ領との境に防衛設備を建設する権利を手に入れる。
さらに、「ガゼット領が攻められた時には必ず俺たちが領境を守ってやるつもりだ」と話すと、ケッパーは喜び、あっさりと受け入れられた。
「では、その方向で同盟を……」
「お待ちなさい! そのような勝手は許しませんわよ!」
が、そこでエリーザが口をはさむ。
「……情けない。黙って聞いていればケッパー。それではあなた全部ダダリに頼りっきりではありませんの!」
「しかしお
「ふんッ、あなたは領主たるべき道というものがわかっておりませんわ。自分たちの領地を守るのに自分たちの力をもってせずまず他人に頼ろうという構えでは……仮にこのたび民を一人も死なせずにライオネを退けたとしても、将来にわたってガゼット領という国の形を保つことはできぬでしょう」
「そ、それは……」
おお、なんか言い合いを始めたぞ。
つーか、エリーザって女は意外と
ただのイヤなババアってワケじゃないらしい。
真にガゼット領の将来を考えればエリーザの意志も尊重した方がよいように見えるが、他人である俺たちに都合のいいのはケッパーのような軟弱な”ひよみどり”の方である。
俺はケッパーへ
するとその視線を気にしてか、ケッパーは勇ましく立ち上がりこう叫ぶ。
「く、口出し無用! 今の領主は私です!」
「ケッパー……」
「お
当主がここまで言うのなら、エリーザはもう何も言うことはできない。
同盟はつつがなく結ばれ、調印に至った。
「愚かですわ。ケッパー」
目を細くして眺めるエリーザ。
「でも、そのような調印書はしょせん紙っ切れ。そろそろトッドがあの邪魔な少年を倒して帰ってくる頃でしょう」
エリーザは扇を口元にあてて続ける。
「ダダリの新領主よ、まだ痺れ薬から回復されてはおられぬのでしょう? トッドが帰って来たらあなたのお命ごと同盟の調印書など破り捨ててご覧いれますわ」
「し、痺れ薬?? お
「おホホホ……やはり暴力。暴力はすべてを解決するのですわァ! おーほほほほ!!」
俺は動けぬ手足で座ったまま、ただ婦人の高笑いを聞いていた。
そんな時である。
「兄ちゃん、ただいまー!」
再び部屋にラムが飛び込んで来る。
「お、オマエは……トッドはどうしたのです?」
「んー、寝ちゃったよ。ツマんないから置いて来ちゃった。てへ♪」
「そ、そんなっ……」
言葉を失うエリーザに、ぶるぶると震えるケッパー。
一方、俺はようやく手足の痺れから回復しつつあった。
ひとつ伸びをしてみる。
うん、大丈夫そうだ。
俺はゆっくりと椅子から立ち上がってこう宣言した。
「さて、さっそく西の領境に『
◇ ◆ ◇
時は一週間ほど遡る。
場所は王都。
御三家ガイル侯爵の領事館。
その庭にはライオネ伯爵の黒塗りの馬車が月明かりを受けて停まっていた。
「よくいらっしゃった伯爵。して、戦争の準備はいかがか?」
「つつがなく進んでおりますとも。ククク……」
ライオネ伯爵は
「うむ。貴殿の要望どおり、『ライオネがガゼット領を攻める』という情報は流しておいた。ガゼット領の間者はたいそう肝を潰しておったぞ」
「お力添え、かたじけのう次第でございます。しかし、これでダダリはガゼット領へ援軍を送るか、北側の守りを固めようとするはず。そこでベネ領側……つまり南から侵攻してみせれば、ヤツらはひとたまりもないでしょう」
「なかなかの策だ……」
ガイル侯爵はそうつぶやくものの、今一つ釈然としない様子で尋ねた。
「しかし、果たしてそこまでの策が必要なのか? ライオネとダダリでは戦力差は明らか。力押しで侵攻しても問題なさそうに見えるのだが……」
「もちろんおっしゃる通りでございましょう。しかし、ヤツもトルティの息子であることには違いない。ウサギを狩るライオンのごとく全力でもってかかり、確実に滅ぼさねばなりません」
「な、なぜ貴殿はそこまでしてダダリを……」
そこまで言い、ガイル侯爵はハッとしたように続けた。
「もしや。かつて貴殿はトルティと嫁の取り合いで決闘を行ったと聞く。貴殿、まだトルティの妻に未練が……」
「お
下の位ながら、伯爵は少し声をあらげた。
「し、失礼。……し、しかし、あ、あれは遥か昔のこと。ね、ネネなんかに未練など……勘違いしないでいただきたい!」
「そうか。すまんかった」
ライオネ伯爵の真っ赤な顔に、さすがのガイル侯爵も少々たじろぐ。
「そ、それよりも我らの侵攻の大儀づけのほど、なにとぞよろしくお願い致しまする。せっかく侵攻に成功しても、女王様や近隣の不興を買っては我ら立ち行きませんので」
「うむ、その点は心配ないぞ。なにせ『ダダリこそがスレン王国の秩序を乱す不穏分子である』というのが御三家の共通見解なのだからな!」
侯爵と伯爵が笑う。
王都の時計塔が遠くで10時の鐘を鳴らしていた。
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