第65話 剣舞



 後日。俺はヨルとラムを連れてガゼット領へ行った。


「ようこそ! ここからはガゼット領です!」


 すると領境で兵がひとり待ち構えていた。


 どうやら俺たちを案内してくれるらしい。


「よく考えるとガゼット領へ足を踏み入れるのは初めてだな」


「兄さんも?」


「ボクも初めてだよ~!」


 弟たちとそんなふうに話しながら林をいくつか超えると、村のようなものがいくつか見える。


 うーん。


 ガゼット領の暮らしぶりはあまり豊かとは言えなさそうだな。


 ただ、もっと進んでいくとやがてそこそこ立派なお屋敷が一軒見えて来る。


「どうぞこちらです」


 兵は俺たちをそこへ案内するようだ。


「あれが領主の館か?」


「いいえ、あちらはエリーザ様のお屋敷になります」


 誰ソイツ?


「ケッパー様の義母にあたります。同盟のお話はそちらでうかがうと……」


「なぜだ? 領主の館はどれなんだよ」


 と聞くと、兵は「あちらです」と指をさす。


 そこには義母の屋敷と比べて一回りも二回りも小さな家が建っていた。


 妙だな。


 領主のケッパーよりも、その継母であるエリーザとかいう女の方がよい家に住んでいるなんて。


「まあ、お家の事情でもあるんだろ……」


 で、その立派な方の家に着くと、門の前にはケッパーが待ち構えていた。


「アルト殿! ご足労痛み入ります」


 あいかわらず丁寧な物腰だ。


 が、ふと俺の腕にぶら下がっているラムの姿を見るととたんに顔を青ざめて、ぶるぶると震えだす。


「どうしたんですか?」


「い、いえ……それより、どうぞこちらへ」


 変なヤツ。


 ケッパーはまだ青ざめていたが、屋敷の方へと歩を進めていった。


 庭を抜けると、玄関前には兵が二人立っている。


「止まれ!!」


「ここはエリーザ様のお屋敷だぞ!」


 だけど、様子が外の兵とは違って、なんか怒鳴りつけてくるのだった。


「剣はここに預けてもらおう!」


「文句があるならば帰ってもらって結構! 他に武器を持っていないかボディチェックさせてもらうぞ!」


 えー、ずいぶん警戒心が強いじゃん。


 剣を奪われたらこっちはどうやって身を守ればいいんだよー。


「ねえ、ラム」


 そこでヨルが険しい顔をして言った。


「ラムは外で遊んでたらどう? さっき同じくらいの年の子たちがいたろ?」


「えー、どーしよーかなー」


「どーせ同盟の話なんてツマラナイよ。面白そうだったら呼んであげるからさ」


 ヨルがそう言うと、ラムは少し迷ってから遊びに行くことにしたらしい。


 ボディチェックを受ける前にピューと外へ走り去ってしまった。


「ほっ……」


 ケッパーが安堵したような息を吐く。


 やっぱりラムを嫌っているようだ。


 子供が苦手なのかな。


 さて。


 屋敷の客間へ案内されると、やがて酒が運ばれてきた。


「いらっしゃいませ。アルト様」


 酒と同時にケバいドレスを着た40代半ばくらいの女が入ってくる。


「私、ケッパーの義母ははのエリーザと申しますわ」


「どうも、お邪魔してます」


 コイツが家主か。


 エリーザが席に着くと、ケッパーは少し小さくなったように見えた。


「アルト様? このたびは同盟のお話とのことですが……国と国との同盟も、人と人とのお付き合いと同じようなもの。そうは思いませんこと?」


「はあ、そうかもしれませんね」


 エリーザは俺の杯に酒を注いだ。


 体臭とキツい香水の混ざった独特な臭いが鼻を突く。


「まずはこうして指導者どうし親ぼくを深め、腹を割って話せるようになってこその同盟でございましょう?」


「確かに」


「おほほほ、さすがに物分かりがようございますわね。本日は友好の証に出し物を用意しておりますので、ごゆるりとお楽しみくださいませ」


 などと言いながら、家主はご馳走を運ばせ、踊り子に舞を舞わせ、演奏家たちに美しい音楽を奏でさせる。


 ようするにメチャ歓待されてるってワケ。


 メシや芸のクオリティも高い。


「兄さん。どういうことだろ?」


 とヨルが耳打ちする。


「すごく歓迎してくれてるよ? 向こうは、僕たちが乞う形で同盟を結びたいんじゃないの……?」


「わかんねーけど。あれは上っ面ってことだけはたしかだな」


「どうして?」


 俺は右手を机の下で軽く上げてみせた。


 自分で自分の手がうまくコントロールできない。


「手足がしびれてうまく動かないんだ」


「え……!」


「たぶん酒だな」


 痺れ薬を盛られたんだろう。


 下手人の方を見やると、下品な化粧が上機嫌に笑っている。


「に、兄さん。僕、ちょっとトイレ!」


「あ、ヨル……」


 すると、ヨルは急いで席をたってしまった。


 客間に残ったのは俺ひとり。


「おほほ、アルト様。ひょっとしてだいぶお酒がまわっていらっしゃる?」


「い……いえ、そうでもないです」


「あら、お強いのですわね。続いての芸は私の息子がさせていただくのですが、まだご覧いただけますでしょうか」


 俺が「もちろんです」と答えると、客間に一人の毛むくじゃらの大男が入って来た。


「前領主とエリーザの子、トッド! アルト殿にはどうかオレの剣舞をご覧いただきたい!」


 そう叫ぶと彼は大きな剣を抜き、舞を始めた。


 ~♪ ~♪♪……


 背後で弦楽器が響き、大男がダイナミックに剣を振っている。


 体幹がよいのか、見た目とは裏腹に繊細でしなやかな踊りだ。


 見ごたえのある芸だが、しかし……


 その剣舞の位置がジリジリとこちらへ近づいてくるように見える。


「お、お継母かあさま! まさか!」


「おーっほっほほ! トッド、やっておしまい!」


 ケッパーはまた顔を青ざめていた。


 トッドの剣舞はもうほとんど目の前にまで来ていて、俺の頭上に剣が振り上げられる。


 そんな時だ。


「わあ、本当だ! キミ、すごいね!」


 ラムが戸を開けて感嘆の声を上げた。


 その後ろにはトイレへ行っていたはずのヨル。


「はぁはぁはぁ……せっかくの芸なので弟も連れてきました」


「僕も踊るよー! こうかなー?」


 こうしてラムも剣を抜いて、踊り始めたのだった。


 ラムが剣舞なんてしているところなんざ見たことがないけど?


 でも、まあ……結構サマになってんな。


 ガキン! ガキン……!!


 時折、剣と剣が重なり、ラムとトッドの舞は白熱していった。


「ケー、ッケッケッケ! ガキがでしゃばりやがって!」


「アハハハ! 楽しいなー!!」


 互いにアドリブの応酬。


 幾度もなくぶつかるふたりの刃と刃の音が、弦楽器の甲高さと妙に調和する。


 ♪~♪♪ ~♪……


 やがて背景の音楽が終わる頃。


 剣舞はふたり同時に終わった。


 ラムは剣を掲げてポーズを取り、トッドは息を切らせて膝をついている。


「お見事!」


 ケッパーがそう席を立つと、その場のみんなが割れんばかりの拍手を送った。


「楽しかったー! ねえ、キミ。もっとボクと遊ばない?」


「はー、はー、はー……く、クソガキが。いい度胸だ……はーはー」


 そう言ってラムはトッドと外へ行ってしまった。


「そんな……危険すぎる」


 遊びに行くふたりを見てケッパーがまた青ざめている。


「大丈夫ですわよ。まさかトッドもあのような童子を手にかけることは致しませんでしょう」


「いや、そうじゃなくて……」


 などと震えるケッパーの顔は青を通り越してむらさきに見えた。


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