第60話 女魔王


 俺がその場から飛びのいたことで、少し距離は取れた。


 勇者は腕を組んでこちらを見ていて「ククク……」と笑っている。


「ねえ、ルード。ずいぶん警戒されているみたいじゃない」


 その高い声で気づいた。


 勇者の後ろにはもう一人仲間らしき女が立っていたのだ。


 マジ? 勇者ひとりだけでもヤバいのに仲間がいるのかよ……


 魔法使いか? 援護射撃系か?


 いや、決めつけれることはできない。


 女はローブのフードを目深にかぶっていて、正確なジョブも能力も推測できないからだ。


「ルード。あなた、この間のダンカン塔で何かしたんじゃないの?」


「あ? なにもしやしないさ。ただ……ちょっとだけ力を計ってみたっけな?」


「……もう、しょうがないわね」


 勇者と女はなにやら余裕で談笑していやがる。


 領民兵の戦力を計算に入れてもまったく勝算が立たない。


 なんとか逃げ道を開かないと……


 俺は震える手で剣を勇者へと向けた。


「ククク……やれやれ、そう怯えるな。転生者ともあろうものが」


「無理言うなよ。同じ転生者でも勇者にスペックで敵うワケねーんだ……」


「なに?」


 俺の言葉に、勇者は意外というように目を見開く。


「そうか。誤解を与えてしまったようだな。安心しろ。オレは転生者ではない」


 え? そーなん?


「ただ、転生者の知り合いがいてね。今日はソイツをご紹介というワケだ」


 勇者はそう言うと隣の仲間の肩をやさしく抱き、前へ いざなった。


 女が小さくお辞儀するとフードの中から桜いろの唇と褐色の頬がわずかにかいま見える。


「こんにちは、アルトさん。お会いできて嬉しいわ」


「ええと……」


 不意を突かれた。


 勇者じゃなくて後ろの女の方が転生者だなんて。


「そ、その……転生者なんスか?」


「そうよ。200年ほど前からね」


 彼女がそう言ってフードを取ると、中から若く美しい顔があらわれた。


 ただし、瞳は魔族特有の紅。


 頭の上には二本のツノが生えている。


 そのツノのフォルムは……


「……あんた、魔王に転生したのか?」


「そう。やっぱりあなた、TOLプレイヤーだったのね」


 プレイヤーと言っても、ガチな上位層には全然かなわなかったけどな。


 一応、四千時間くらいはプレイしているから初心者ではないし、魔王のキャラデザくらいは覚えている。


「この世界に転生したものの私は未プレイだったの。TOLってタイトルは配信者の実況プレイでみたことはあったけれど……とてもじゃないけれど難しすぎてできないと思ったものよ」


 女魔王の姿でそんなセリフが出てくるとなんだかメタい感じがする。


「確かにカロリー高いゲームだからなー」


「でしょ?」


「ああ、俺だって別ゲーやれって言われても全然ムリだしな」


 数千時間というのはそういうプレイ時間だ。


 そう考えると、俺はたまたま前世でやってたゲームに似た世界に転生してラッキーだったのかもしれない。


「アンタはさぞ苦労したんだろうな」


「そうね……それでも寿命の長い魔族に産まれたのは運がよかったわ。時間だけはあるからね。少しずつ力をつけて周りの魔族たちに打ち勝ち、魔王として150年かけて領地を持つまでになった。でも……」


 女魔王は長い髪に手櫛を入れながら遠い目をして続けた。


「魔王として領地を持つと、人間たちとの戦いが始まったわ」


「……だろうな」


「私は思ったの。魔族も姿以外は人間と変わらない、理性を持った種族も存在する。なぜ、人間は魔族を殺そうとするの?……って」


「なぜって、魔族が人間を殺すからだろ?」


「……それはこちらからすれば同じことよ。人間が魔族を殺すから、私たちは人間を殺すの」


 そりゃそうか。


 俺としたことがヌルいこと言っちまった。


「つーか、この世界の人間は別に魔族だけを目の敵にしているワケじゃない。人間は、人間とだって戦争するんだから」


「たしかに、あなたの言う通りね。人間は人間とも戦争する……」


 女魔王はため息をつくと続けた。


「なぜこんなにも戦争が起こるのか? それはこの世界の文明レベルが低くて、偏見や 幻想ファンタジーにあふれているからではないかしら。平和のためには正しい知識を広める必要がある……」


「そのためには腐った貴族や宗教家の既得権益をぶっ壊さなければならない!」


 勇者がいきり立って口をはさんだ。


「この世界の 幻想ファンタジーをぶっ壊すためにな!」


「もし、私たちの元の世界で科学と産業革命が進歩したように、この世界でも体系化された魔法によってすべてが豊かになったのなら……そして、理性ある者の一つ一つの尊さを広め、そのような進歩と既得権益のない自由貿易の世界では戦争など不合理なものだということを互いに理解すれば……戦争はきっとなくなるわ」


「……絵空事だ」


 俺は言った。


「事実、俺たちの前世だって、別に戦争だらけだったじゃねーか」


 現代日本には戦争はなかったけれど、そのぶん仕組まれた自由の 社会カゴの中でバトルロワイアルさせられるんだってことくらい、ガキの頃からわかっていたのだし。


「地球は パワーが分散していたからよ。この世界の パワーはただ一つに絞られる」


 ただひとつ?


 そう首をひねると、勇者が剣を掲げて女魔王の前に歩を進めた。


「いまオレはこの 女性ひとの剣となり働いているのさ。ククク」


 なッ……マジかよ?


「魔王と勇者。この二大勢力が手を組めば、どんな既得権益も改革に逆らうことはできないでしょう? やがてこの世界で国はただ一つだけになるの。すべての理性あるものが平等に自由を与えられた、平和な、一つだけの超大国が」


 女魔王は涼し気に言ってのけた。


 怖ぁ……


 これはマジなヤツだ。


 俺は恐怖で喉がカラカラになっていたけれど、なんとか声を振り絞って尋ねる。


「そ、そんなことを何で俺に言う?」


「ククク、わからないのか? ヘッドハンティングってヤツさ。彼女はオマエを仲間にしようと言っているんだ」


 勇者に続いて、女魔王が答える。


「今日のオークキングとの戦いをじっくり見せてもらったわ。やはりTOLプレイヤーであるあなたの知識は貴重なものね。一緒にこの世界を改革していきましょう?」


 いつの間にか距離を詰めていた魔王が俺の手をギュッと握った。


 断り切れない圧のようなものがあるが、流されちゃイケない!


「こ、断る……と、言ったら?」


「うふふ、今すぐにとは言わないわ。今日のところは意志を伝えに来ただけ。返事は後日で結構よ。……でも、よく考えてね。私たちの活動、あなたも転生者なら共感してもらえるんじゃないかしら?」


 正直ちっとも共感なんてできねーけど、魔王と勇者が手を組んだらヤバすぎるってのは確かだった。


 でも、どうやら今日のところは勘弁してもらえるようだ。


「私の名前は たちばな 美咲みさき。前世の名前だけれど、こちらで呼んでもらえたら嬉しいわ」


「ククク、さらばだ。転生者よ」


 そう言って二人とも きびすを返した。


 ホッ、帰ってくれるのかぁ。


 そう思って少し安堵しかけた時だ。


 ガル……ガルルル、ぶひ、ぶひー……


 ふいに背後で巨体の立ち上がる気配がする。


 ヤバ、忘れてた! キングオークへのトドメがまだだったんだ!


 放置している間に回復されてしまったか?


「ルード」


「ああ、わかってる」


 その時、女魔王の合図で勇者の剣から 稲妻いなずまが放たれる。


 バリバリバリバリ!!!


 ぶ、ぶひー!!……(泣)


 天の 咆哮ほうこうがごとき音が空間を食い破り、地と水平に閃く雷撃が っかくとする。


 圧倒的瞬殺。


 その一撃で、タフだったキングオークは丸焼きとなり倒れてしまった。


 マジかよ……


「お、おい。そいつは魔王であるアンタの部下だったんだろ? 何も殺すことは……」


「え?」


 女魔王は驚いたように目を見開くと、急にアハハハハと笑いだしてしまった。


「な、なにがおかしい?」


「アハハハ、うふふふ……だって…… オークに理性なんてないじゃない」




――――――――――――――――――――

第4章おわり

更新遅くなってしまってますが、少しずつ書いていきます。

次の章もお楽しみに!

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