第43話 信じられませんわ



 ダンカン塔2階。


 ナディアたちが囚われている部屋はおそらく最上階だろうから2階、3階は無視をして一気に駆け上がろうと思ったのだけれど、残念ながらそうはいかなかった。


 というのも、1階から2階へあがる階段と、2階から3階へあがる階段の位置が違うみたいなんだ。


 マジ厄介な塔だなあ……


 だが、あわてちゃいけない。


 廊下で敵に見つかって余分な戦闘をやらなきゃいけなくなる方が時間のロスだからな。


 俺は自分にそう言い聞かせて、慎重に壁抜けを使って壁の中を進んでいった。


 お、階段だ。


 この階段の前にも見張りがいたが、もう様子をうかがう必要はない。


 俺は壁からヌっと出て行って、見張りの腹を殴って気絶させた。


「うッ!……うう」


 申し訳ないけど仕方ないよね。


 3階に上っても同じ。


 壁にひそみながら階段を探し、見つけたら見張りを倒して進めばいい。


 よし、あったぞ。


「おら!」


「うッ……」


 一発で倒す……と思って殴ったのだが、この3階から4階へ上る階段を守っていたヤツはなんと俺のボディアッパーに耐えやがった。


「いッ、痛え……な、なんだテメーわ!」


 オールバックにサングラス、細マッチョの体型に革のジャケット。


 けっこう雰囲気あるし、コイツはなかなかやるかもしれん。


「……悪いが先を急ぐんだ。オマエには寝ててもらう」


「ぁあ? なめんじゃねえぞ! くらえ!!」


 グラサン男はダメージをものともせず殴りかかってきた。


 シャープで、腰も入っている。


 が、俺には技能『身躱し』があるのだった。


「ッの野郎! ちょこまかと避けてんじゃねえ!」


 技能のおかげで攻撃はすべて避けたが、たしかに避けるだけじゃ埒が明かない。


 俺は敵のストレートを避けざま顎へ一発、蹴りを避けざま裏拳で一発、避けた頭突きにヘッドロックをかけた。


「……つ、強え。テメ、なにモン……ぐふ」


 こうして敵はやっと倒れる。


 やれやれ、タフなヤツだったぜ。


 別のところで会ってたら領地に召し抱えたいくらいだったな。


 ……さて。


 予想外の足止めを食ったが、何とかダンカン塔の4階にたどりついた。


 このフロアのどこかにナディアや女王が閉じ込められている部屋があるはず。


 よって最上階だけはひとつひとつ部屋を調べていかないと……


 なぁんて思っていたがどうやらそんな必要はなさそうだ。


 と言うのも、フロアの突き当りのドアの前に見張りが10人ほどついているのが見えたからだ。


 あれじゃあ『ここに女王がいます』と宣伝しているようなものだ。


 ドアの前の見張りたちは無視して、壁抜けで横の部屋から入って行こう。


 目当ての部屋の右隣は敵の待機所らしく見張りが出入りしているので、左隣の部屋の方へ回る。


「む……」


 左隣の部屋は書庫だった。


 少しほこりっぽいけど人はない。


 俺はとりあえず壁抜けの状態で壁にとどまり、目当ての部屋の様子をうかがう。


 おお……声が聞こえてくるぞ。


「ニーナ様。見張りの方々がいらっしゃらないうちにお召替えを済ませてしまいましょう」


「そうですわね」


 おお、見張りは部屋にいないようだ。


 タイミングがいいな。


 そう思って俺は壁から監禁部屋の方へヌッと抜けていった。


「なッ……!?」


 すると、頭にティアラーを載せた美少女が薄ピンクのブラジャーとパンツ姿で目をぱちくりさせてこちらを見ているのだった。


「きゃああッ……」


「しッ、静かに!」


 俺はとっさに女王とそのメイドの口を押える。


 着替え中だったか。


 やっぱタイミング悪かったわ。


「アーノルド!」


 その時、カーテンの開く音と共に声をかけられる。


 振り返るとブロンドの女騎士が青い瞳をこちらへ向けていた。


「ナディア! よかった。無事だったんだな!」


「ああ。ニーナ様を助けに来てくれたのだな?」


 俺が助けに来たのはナディアをなんだけど、けっきょく女王も助けるので「うん」とうなずいておいた。


「そなたならもしかしたらと思っていたが本当に助けに来てくれるとは……」


「褒めるのはまだ早いよ。忍び込むより脱出の方が難易度高いから」


「うむ、確かに」


 こんなふうにナディアと再会して失念していたけれど、そういや女王たちの口をふさいだままだった。


「おっと。ええと……というワケで女王陛下。敵に悟られる前にこの部屋を脱出します。なるべく早く服だけお召しください」


 そう言うとニーナ女王とお付きのメイドはコクコクとうなずくので二人の口から手を放した。


 俺とナディアはカーテンの外へ出る。


 時間はあと4分だ。


「すまない。私がついていながら……」


 ナディアは美しい瞳を伏せる。


「謝るようなことはしてないだろ。それより絶対に脱出して、帰って結婚しようぜ」


「うむ……! 望むところだ!」


 相変わらずヘンな女だが、胸に寄り添って口づけをせがむように唇をクンっと上へ向けるしぐさなどには以前と違って相応の女らしさがあった。


 嬉しくなって思わずチュッチュとやる。


「あのぉ……アーノルド様?」


「え?」


 気が付くと、ドレスを召した女王が気まずそうに立っていた。


 わっ、恥ず……。


「コ、コホン。それじゃ脱出してまいりましょう」


「しかしどのように致しますの? この部屋は幾重にも見張られておりますわ」


 そうおっしゃる女王と、お付きのメイドと、ナディアの三人に、俺の腕をつかむように言う。


 その上で壁抜けを使い、俺を含めた4人はまず隣の書庫へと逃れた。


「し、信じられませんわ……」


「やれやれ、なんでもありだな」


 そんなふうに驚いている女性陣をひとたび残して、俺はひとり空になった部屋へ戻る。


 と言うのも、このまま彼女らを連れて壁抜けを繰り返して脱出するのは不可能に近いからだ。


 ここで工夫が必要になってくる。


 まず、『亜空間(C)』の魔法でしまってあった置手紙を取り出し、机の上へ目立つように置いた。


 次に、部屋の外側の壁を一部破壊する。


 ドオオオオオン……!


 すると当然大きな音が立つので、急いでその場に鳥系モンスターの羽根をばらまき、また壁抜けで書庫の方へ戻っていった。


「なんだ今の音は!!」


「女王の部屋からだぞ!」


 隣の部屋へ見張りたちが入っていく音が聞こえる。


 俺は女たちに『静かに』というジェスチャーをしつつ、一緒に待機する。


「しまった! 女王がいない!」


「おい、これを見ろ……」


「置手紙か!?」


「なにィ……? 『空から参上。女王はいただいた。さらばだ』だとぉ? ふざけやがって!」


 ぐしゃりと紙を握りしめる音がした。


「これはコカトリスの羽根。ここから空で逃れたか……」


「くそ! 腕の立つテイマーの仕業だな!」


 おそらくさっき壊した穴を見ているのだろう。


 よしよし。


 これで敵はもう女王が遠く連れ去られてしまったと思ったはずだ。


 もちろん、そうは思っても一応屋内に残っている可能性を考えて塔の部屋など探すのが普通だろうけど……


 でも、外で非常事態が起これば別。


 例えばジレンたち冒険者が塔を攻めてきたり、な。


「アーノルド、今度は何を?」


 そこで俺は『壁抜け』で右手だけをニョキっと塔の壁の外へ向けて出した。


 うん、右腕に外の風が触れるのを感じる。


 そして、亜空間(C)からさっき市中で買った大きな攻撃旗を取り出し、そいつを思い切り空へ放つのだった。



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