第39話 王都再び



「女王様を幽閉するだなんて、なんて不届きな連中だろうね! アルト、あんたしっかり行ってとっちめてくるんだよ!」


 おふくろはそんな勇ましいことを言ってた。


 でもまあ、俺にそんな力はないんだけどな。


 ちなみに領地の戦闘部隊を連れて行くわけにはいかなかった。


 部隊を率いて王都へ登ればそれこそ事変に乗じた反乱だと言われかねないし、第一、ただでさえ俺が留守なのに戦闘部隊を使ってはダダリの守りがガラ空きになる。


 だからおふくろが言うようなことをするつもりはなかった。


 事変を治めるなんて王国的大きな話は、公爵とか侯爵とか……ようするに他のエライ誰かがなんとかするだろう。


 そもそも俺はしょせんイチ辺境領地のイチ領主なんだから身の丈ってもんがある。


 だから……


 俺はとにかくナディアを助け出すことだけを目的としたんだ。



 ヒヒーン……!!


 王都郊外に着く。


 驚いたことに、王都の街ではいつもと変わらない日常が繰り広げられていた。


 大多数マジョリティの街角庶民たちは、城や塔で起こっている共和化の事変などにかかずらわっているヒマなどなく、生業なりわいのやりくりや、家計のつじつま合わせや、隣人の悪口や、刹那的な恋や、冠婚葬祭の世間体など、もっと大切なことに脳のリソースを割いているようだった。


 ただ、往来おうらいを行き来する冒険者らしき連中の数は、以前訪れた時よりも多く感じられる。


「作戦本部が塔突入作戦の人員を募っているでやんすよ」


 と、ひとり連れて来たリッキーが言う。


「そんなもんが立てられているのか?」


「ええ。ガイル侯爵の領事館に王権派の貴族と戦闘員が集まって塔奪還の作戦本部にしているでやんす」


 王国の西側には、御三家と呼ばれる大貴族の所領があった。


 エルドワード公爵、ルビス公爵、ガイル侯爵。


 この三家は王家への忠誠が強いとされ、事実上、王国の體制たいせいを支えているのは彼らだとも言われている。


 今回の事変を治めるのは、とりわけ武闘派のガイル侯爵が中心となっているらしい。


「とりあえずその作戦本部ってヤツに行ってみるかな」


「マジでやんすか? 若が行っても相手にされるかどうか……」


「まあ、別に作戦に参加するつもりはないよ。おエラ方がどう動きそうか知っときたいんだ。こちらの動きとバッティングしたら最悪だろ」


「なるほどでやんす」


 リッキーの話だと、明日本格的な軍議が開かれるという。


 冒険者も含め、急ごしらえではあるが兵力が整ってきたということかな。


 俺も明日参加するむね書状を書き、リッキーに届けてもらう。


「じゃあ任せたぜ。また明日迎えに来てくれ」


「はい、でやんす」


 さて、ここでリッキーとは別行動。


 軍議までは一日ある。


 俺には俺でいくつかやることがあった。


 まず、王都へ留学させていた大工3人の様子が気になっていたんだよな。


 せっかく来たので街の造船所へ行き、成長を見てみる。


 造船所の棟梁はガンコだがイイ親父だったし、うちの大工らは俺がわざわざ訪ねて来たのにメチャ感激したようだった。


 ひとりはこちらでカノジョができたとかなんとか浮いた話も聞かれ、領地に戻ってくるときはぜひ口説いて連れて帰って来い、生活の面倒はちゃんと見てやるから……など発破はっぱをかける。


「ほう。ダダリの領主様はまだ少年だと言うのに、ずいぶんと年季の入ったことをおっしゃるなあ」


 造船所の棟梁がそう驚いていたが、俺、実際はオマエよりよっぽど生きてるからな。


 まあ、船大工の成長は心配なさそうである。


 次に商人ギルドへ行き、ベネ領を攻略した時に得た賠償金1500万Gぶんを決済した。


 ベネ領の口座からダダリの口座へ1500万Gぶん振り替えられ、そのうち50万Gを王立銀行の銀行券で引き降ろす。


 1万Gの銀行券が50枚。


 そいつを封筒に入れ、住宅街の方へ向かった。


 こちらの方には馬車をオーガの襲撃から助けた時にやさしくしてくれた母娘の家がある。


 30歳の母は薄く脂肪の乗った肉付きにつやがあり、14歳の娘は重ねた太ももの弾力がみずみずしかったのを覚えている。


 今日は彼女らの家に泊めてもらおうという気でいたのだ。


 そう言えば忙しくてずいぶんほったらかしにしたままだったしな。


 父親が死に、母娘の二人暮らしだというのでちゃんと暮らしていけているか心配ではあったんだ。


「あら! 坊や!」


「本当にまた来てくれたのね!」


 母娘は元気そうだった。


 しかし、「今日泊めてもらえないか」と頼むと、二人は顔を見合わせて困ったような様子になる。


 どうしたんだ?


 聞けば田舎の祖父が病気で亡くなったとのことで、これから葬式へ向かうんだと。


 そう言われてみれば、母は黒いドレスの喪服で、娘は紺のセーラー服を着ていた。


「ごめんなさいね。せっかく坊やが訪ねて来てくれたのに……」


「仕方ないよ。人の死だけはどうしようもない」


 オヤジが死んじまった時もマジで突然のことだったものな。


「じゃあ、これだけ渡しとくね」


 そう言って母の方へ50万Gの入った封筒を渡す。


 ところが彼女は「坊やからこんなものは受け取れないわ」と言って返してくるので、やむを得ずこちらの身分を明かし、弱小とは言え貴族の男子であるからいい加減なことはできない、世話になった女子にカネで苦労させるようなことがあったら死んだオヤジが化けて出てぶっ殺される……とまで言うとようやく受け取ってくれた。


「……あら、もう行かないと」


 母の方が喪服の手袋グローブと帽子をかぶる。


 別れぎわ、彼女は俺の胸へそっと手を添え、黒いベール越しにこちらを望んで言った。


「また来てくださる?」


「うん」


「きっとよ?」


 セーラー服の娘の方がそう言って腕にしがみついてくるので、俺はそのあどけなさの残るほおをぷにっとやさしくつねって「ああ、きっとだ」とだけ残して行った。


 さて。


 カッコつけて母娘の家を去ったのはいいが、泊まるあてが外れたという事実だけが残っているんだよなぁ。


 宿屋を探さなきゃいけないが、王都には不案内でどこに宿やらホテルやらがあるのか知れない。


 ヤバイ、もう夕暮れ時だ。


 茜色あかねいろの空に街灯の魔力がポツポツとともる。


 街中で野宿だけは勘弁……と思いながら進んでいくと、冒険者が多く往来おうらいする道に行きあたった。


 冒険者が多くいるということはそいつらが泊まる宿もあるんじゃないか?


 そう思ってこのあたりを探してみると、ようやく『宿屋』の看板を発見することができたのだった。


「ようこそたびのやどに。ひとばん4000Gですがおとまりになりますか」


「ああ、頼むよ」


 貴族が泊まるようなところじゃないんだろうけど、ネットカフェやカプセルホテルなんかよりはよっぽどいい。


 二階の203号室にチェックインして部屋で着替えをすると、フロントに鍵を預け、また外出する。


 今夜中に下調べをしておかなきゃいけない。


 そう。


 ダンカン塔攻略の、な。

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