第40話 壁抜け



 ダンカン塔は王都市中に立つ旧・修道院である。


 塔の部分が目立つので”塔”と呼ばれているが、主要な部屋は4階層まで。


 こうして見ると建物の大きさに比べて入口がせまい。


 また、裏口とか勝手口とかいったようなサブの出入口が一切なかった。


 なるほど重要人物の監禁にはもってこいの施設というワケだ。


 そして、その唯一の入口の前には”解放軍”らしき市民が大勢で待ち構えている。


 ヤツらもそろそろガイル侯爵が攻めてくるとは予想しているのだろう。


 武装の仕方がバラバラな連中が妙なスローガンを一斉に叫んでいて、夕闇に揺れるかがり火がその異様さをきわだたせていた。


「……あれには関わりたくねーわ」


 そう思って俺はダンカン塔の裏側へ回った。


 そう、裏側には入口はおろか窓も塔の部分にしかついていない。


 そのいびつな作りゆえに、敵はひとりも見張りをつけていなかった。


 当然と言えば当然だ。


 裏側は出入口がなく壁は頑強。


 しいて守る必要のない鉄壁な守り。


 ……が、だからこそ最大のスキになってもいるのである。


「やれやれ、この技能を使う場面が来るとはな」


 そう。


 領地レベルアップの時に身に着けた技能:壁抜け。


 誰もこの壁を抜けるヤツがいるだなんてことは考えないだろう。


 泥棒をやるわけにもいかないから使う機会もないだろうと思っていたけれど、こんなことになるとはな。


 俺は壁へそっと手を触れ、そしてそのまま煙の中を行くように壁へ潜っていった。


「……よっと」


 壁を抜けると、そこは古びた一室だった。


 薄暗く、二段ベッドが3つ。


「うーん……」


 ヤバっ、誰かいる。


「もう食べられない、むにゃむにゃZzz……」


 が、幸い眠っているようだ。


 仮眠室か。


 俺は忍び足でその部屋の壁を抜けて、隣の部屋へ移った。


 うん。こっちは倉庫らしく誰もいないな。


 そこでいったん建物の外へ出て、その位置に石を置く。


 これで次に来る時、この石のところから壁抜けすれば人のいる可能性の低い倉庫から忍び込める。


 順調、順調。


 さて、ここから進むにはどうしたらいいだろう?


 なんて考えながら実際にやってみると、いい方法を見つけた。


 それは壁を抜けないということである。


 そう言うとヘンに聞こえるかもしれないが、要するに壁抜けのために壁の中に身を沈めた瞬間、そのまま抜けずに壁の中を移動するということ。


 この16歳の細身ならば、そこそこの厚みのある壁ならスッポリ収まる。


 移動するにはカニ歩きしないとだけどな。


 それから俺はこの倉庫からなるべく壁の中を行きつつ進んで、時おり廊下に顔を出したりなどしつつ一階層を調べ始めた。


 なんでこんなことをするかって言うと、壁抜けはあくまで壁を抜ける技能であり、天井を抜けることはできないからだ。


 つまり塔の上の階層へ行くには『階段』を探す必要がある。


 そして、できれば誰にも見つかりたくない。


 どうしても見つかったら倒す必要があるけど、今日はあくまで下調べなので痕跡を残したくないのだ。


 さて。


 やがて思惑通り『階段』は見つかった。


 ただしさすがに階段の前には見張りがいる。


「ふぁああ……敵なんて来るワケないのに、退屈だなあ」


 コイツを倒すのは簡単だが、それをしてしまうと痕跡になる。


 あくびしてるみてーだし、マジでコイツ眠っちまわないかなあ?


 そう思って近くの壁の中でしばらく様子を見ていたのだが、やがて見張りの交代時間が来たようだ。


「おう。ローテーションだ」


「チッ……休憩は遠いな」


 そして交代した見張りがまたまた交代するのに大体20分くらいかかった。


 ローテーションとか言ってるから、おそらく20分サイクルで持ち場を循環させる方式でやってんだろう。


 つまり、この階段の見張りを倒したとして、最悪20分以内に2階、3階、4階と調べてナディアたちの監禁されている部屋を探す必要がある。


 内で見張りが倒されているのがバレると『くせものだ!』って感じに外にたむろしてた大勢が塔の内部にやってくるだろうからな。


 それにしても20分か。


 監禁部屋が4階であろうとあたりをつければなんとかイケるか……?


 そんなふうに考えながら、今日のところは塔から撤退した。



 ◇



 塔から脱出すると、無事、宿に戻ることができた。


 やれやれ。


 気を張っていたからか腹が減ったな。


「おやじ、なんか食べるものないか?」


 宿屋にそう尋ねると「へえ、なんでもよろしければ」と言って温めたシチューをパンと一緒に出してくれた。


 めちゃくちゃウマいってワケじゃないけど、悪くはない。


 メシってのはこんくらいでいいんだよな。


「この宿は長いのか?」


「へえ、親の代から数えると40年やらせていただいております」


 そんなふうに宿屋をメシの話し相手にしていたが、時おりチリンチリンと呼び鈴が鳴り、宿泊客の対応へ行ってしまう。


 眺めていると客はやはり冒険者っぽい連中が多いようだ。


 眼光の鋭い剣士、胸当てから胸毛がモジャモジャとはみ出している巨漢、妖しげな杖を持った老人……


 そんなむさっくるしい男どもが続くが、ふいにひとりの女がこの宿を訪れた。


「ようこそたびのやどに。ひとばん4000Gですがおとまりになりますか」


「ええ。お願いしたいのだけれど……」


 女はサラサラなボブヘアーの髪を女らしく耳にかけながら、申し訳なさそうに言った。


「……どうにか後払いで泊まることはできないかしら?」


 姿を見るに彼女も冒険者らしい。


 動きやすさを重視してか下は白いパンティのようなものしか穿いておらず女子陸上選手のようにシリアスな尻や太ももの造形を晒しているが、腰には茶色のベルトをして短剣を帯び、胸には乳房の形に沿って立体的に縫われた革の胸当てをしている。


「とは申しましても、ウチは先払いとなっておりますから……」


「お願い、今日一日だけ。明日には報酬が入るのよ」


 聞こえてくる話によると、どうやら女は馬車に荷物を置き忘れてしまい手持ちのカネがない、明日にはクエストの報酬を得ることができるはずだから今日一日後払いで泊めてくれる宿を探している……


 と、こんな感じのハナシだった。


 でも、冒険者ってのは身分が定かではないからな。


 どこの宿屋でも後払いってのは承服しずらいだろう。


「申し訳ございませんが、他をあたっていただいて……」


「おやじ!」


 俺は革の財布から1000G札を4枚出し、机に置いた。


「そいつでその女性ひとを泊めてやってくれ」


「はあ、よろしいので?」


 宿屋はそれならば別に問題ないという様子だったが、むしろ女の方がキッと鋭くにらんで言った。


「余計なお世話よ! 私、ほどこしは受けないの!」


「別に、やるとは言ってねえよ」


 俺はシチューを一口すすってから続ける。


「貸すだけだ」


「貸すだけ?」


「ああ。明日、カネが入るんだろ?」


「え、ええ……」


「だったら明日返してくれればいい」


 そこまで言うと女は「わ、わかったわ……」と言ってチェックインしていった。


 それから客足は収まり、宿屋のおやじは再び俺の話相手に復帰する。


「じゃあおやじ、ごちそうさま。けっこうウマかったよ」


「へえ。おそれいります」


 そう言って部屋へ戻ろうとした時だ。


「……ねえ、ボク?」


 そんな呼ばれ方をしたものだから、誰が誰のことを言っているのか一瞬わからなかったが、どうやらさっきの女が部屋から戻って来たらしく俺のことを見つめていたのだった。


「あの……さっきはありがとう。助かったわ」


 近くで見ると結構美人なのがわかる。


 年齢は二十代前半くらいだろうか。


「ボクだなんて呼ばれる年齢じゃないよ。もう16歳だ」


「あら? ごめんなさい。うふふ」


 少年が情張っているのと思ってか、女は愉快そうに笑った。


 まあ、いいけど。


「ところでおねえさんは冒険者?」


「え? そうよ」


「明日はどんなクエストがあるの?」


「あっ、心配しないで。今回はガイル侯爵の召集に応じて来たの。しっかりとしたお仕事だわ」


「……ふーん」


 もしやと思ってカネを出してみたが……


 ビンゴだ。


 運がいい。


 そう思った時、宿屋のおやじが「すみません。もうロビーを閉めますので」と声をかけてきた。


 えー、話はこれからって時に!?


「あら、そう? じゃあボク、おやすみなさい」


 女冒険者は笑顔でそう言うと、白パンティの尻をぷいっと向けて部屋へ戻っていこうとする。


「あッ! おねえさん、待って」


「??……なにかしら?」


 とっさに引き止めたもののロビーはもう閉まってしまうんだよな。


「ええと、ちょっと話があるんだけど……」


 仕方がないので俺はそのまま女冒険者の手を引いて203号室へ連れて行った。


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