第38話 報告


 ジョブは割り振ったし、命令も出した。


 毎回こういうとき俺自身も何か作ったり働いたりできないもんかと思うのだけれど、モノを作るにせよ、畑を耕すにせよ、専門のジョブでやっている領民たちには足元も及ばない。


 そりゃ彼らは生活をかけて毎日大半の時間その職のことをやり、考え、過ごしているのである。


 むしろ、むやみに素人が手伝おうとすると邪魔になってしまう。


 けっきょく俺ができるのはジョブを与えて命令することだけ。


 それが領主ってものなのかもしれんけどさ。


 またしばらく放置ゲーかなあ……


 などと思っていたときである。


「若! ただいま戻りましたでやんす!」


 ジョブ『忍者』のリッキーが王都から戻って来たのだ。


 ちなみに忍者は盗賊からの派生ジョブだが、ここまで進化しているのはコイツだけである。


 それから王都へ行っていた女商人のプルルも一緒だった。


 プルルとタルルの商人兄妹は小切手の処理とナディアのお供として王都へ行っていたが、先だって兄のタルルだけが帰って来ていた。


 そして今日、リッキーに連れられて妹のプルルも帰ってきたわけだが、やはりナディア自身は帰ってこない。


 気になるところだが……


 とりあえずリッキーの話を聞くか。


「それにしても、けっこう時間がかかったな」


「コトがコトでやんすからね。それに他に調査することもあったでやんす」


「他に?」


「塩戦争のことでやんすよ」


 リッキーはこの前のいくさに参加していない。


 それでもベネ領との事を知っているのは、世間であの戦いのことが話題になっているからだそうな。


「へー、マジかぁ」


 話題になっているというのでイイ感じで目立ってるのかと思ったが(実際、一時は塩の包囲網によく対抗したと評価を得かけていらたらしいが)、しかし、リッキーが調べたところ今では「悪評」に傾いているんだと。


「なぜに……!?」


「ライオネの領主でやんすよ。若の勝利についてヤツがあることないことケチをつけて各領主たちのところを回っているんでやんす」


 ライオネの領主の主張はこうだ。


『ダダリは正式な宣戦布告をしておらず、ふいを突いてベネ領を奇襲した。かくのごとき横暴でもって他の領地を奪わんとするは過剰なまでの領土欲のあらわれである。反乱というのは古来よりこのようなならず者によって引き起こされるのだ』


 うわー、すいぶんな言いようだなあ。


 こりゃたぶん、今度は『アイツらはヤベーヤツで反乱を起こす気だ』と喧伝して、その討伐という大義でダダリを攻めようと考えているんじゃねーかな。


 シンプルだが、こうした“政治”をやられると俺には対抗できない。


 TOLにはそんなものなかったしな。


 まあ、俺ができることは領地レベルを上げて、西からの守りを固めていくことだけだ。


 ライオネもこの風評だけを根拠に今すぐに攻めて来るなんてことはできないだろうしね。


「それで本題でやんすが……」


 さて、続いてリッキーは頼んでいた『王都の様子』について話しだした。


 これがまたヤベー話だったのである。


 スレン王国がバサム共和国に負けたあの戦争の後。(※俺がステラにボコられたあと荷物持ちで参加したヤツな)


 王都は不穏な空気にみまわれていた。


 それは共和化を求める市民運動の高まりである。


 市中ではかねてより下級貴族や法律家が『身分制度の廃止』の思想イデオロギーを掲げて、一部市民から熱烈な支持を受けていたらしいのだが……


 そもそも王権が弱体化していた中でさらに戦争で負けたということもあり、運動は市民の不満を糧に勢いを増していった。


 市民たちが“解放隊”と称して武器庫を襲撃したり、勝手に非公式な”議会”をしたてて王制廃止のけつをとったりなどして大変な騒ぎになっていたんだってさ。


 ステラが王都へ行けなかったというのもこうした事変が理由だろう。


 そして状況は急激に差し迫っていき……


 ついに”解放軍”がニーナ女王を連行。


 市内の『ダンカン塔』に幽閉してしまったのだそうだ。


「うわー、そりゃヤベー話だなあ」


 俺はつぶやいた。


「ずいぶんのんびりとした反応でやんすねえ」


「だってさ、そこまで大きな話だと俺には何にもできねーだろ?」


 そう気だるく言って頭をポリポリかいていたのだが、


「領主様! 何を他人事のように……ッ!」


 そこで口を開いたのは女商人のプルルだ。


 一瞬誰の言葉かわからなかったくらい攻撃的な口調である。


「あぁ? ナニお前?」


「……」


 急に生意気な口をきくので圧をかけるが、プルルはこちらをキッとにらんだままだ。


 なんだよ……


 そもそもプルルは身分は低いがしんの強い少女で、兄のタルルに次いで成長有望な商人系ジョブ。


 そんな彼女が細い肩を震わせ、涙さえ浮かべているのでマジビビる。


「ど……どうした? 怒ってんのか? 泣いてんのか?」


「……ッ、どうもこうもありません! 女王様の連行は、ちょうどナディア様が領主様との結婚のお許しをいただきに上がっていた時なんですよ!」


 へえ、タルルからは女王となかなか謁見できないって聞いていたけど、やっと会えたのか。


 でも……


「それってまさか……??」


「そのまさかでやんす。女王様と共に、ナディア様もダンカン塔に幽閉されているでやんすよ」


 リッキーがプルルの涙を拭いてやりながら説明を継ぐ。


 そ、そんなことが。


 てっきり、ナディアはやっぱりもともとの騎士、武人の生き方に戻りたくなって、俺と結婚するのなんて嫌になったんだと思っていた。


 それならそれで仕方ないっつーか、俺がとやかく言うことはできないって思ってたけど……


「グスン……無礼な口を叩き申し訳ございませんでした。なんなりとご処罰ください。でも……ナディア様はようやく女王様との謁見えっけんが叶い、これで領主様と結婚できるととても喜んでいたのです。あのときのお顔が、私、忘れられなくて……」


「……そうか」


 俺は剣を抜いた。


 そして、刃こぼれの無いことを確かめると刀身をカチンとさやに納めて言う。


「ご苦労だったな、プルル。後のことは俺にまかせてお前はもう帰って休め」


「領主様……」


 こうして俺は再び王都へ向かうことになるのだった。

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