第12話 それではいざ尋常に……


 関所せきしょではパンとスープ、それからふかふかなベッドが用意された。


 ありがてえ。


 移動速度2倍の技能があるとは言え、歩きどおしが疲れるのは同じだからね。


「やれやれ、足が棒のようだぜ」


 メシが終わると、俺はベッドにゴロンと横になった。


 でも、ここまで来ればあとは王都までの馬車が出ているはずだ。


 明日は歩かなくていい。


「あ……馬車の時刻を聞いておかなきゃな」


 そう気づいてすぐにベッドから起きると部屋を出た。


 窓の外は月夜。


 その月明かりに照らされた石畳の廊下をカツカツと歩いていくと、宿泊施設の管理人室がある。


「すみませーん」


 部屋に入るとランプの下で爺さんがひとりうつらうつらとしていたので、可哀想だが起こして馬車の時間を聞く。


「若いお人よ。旅ですかのう?」


「まあ、そんなところだよ」


「ええですのう。ワシも若い頃は馬車に乗って旅したもんですじゃ」


 これが気のいい爺さんで、なんでも若い頃は冒険者をしていたらしく、いろいろなモンスターとの冒険譚、各地で出会った女や博打ばくちの話、果てはダンジョンで受けた膝のケガで引退を余儀なくされた話など聞かせてくれた。


「あなた様もずいぶんな強者とお見受けしますが……なにぶん体は資本ですで、くれぐれも大事になされよ」


 爺さんがしみじみとそう言った時。


 廊下の石畳にカシャン、カシャンと硬質な足音が響くのが聞こえ、管理人室に鉄仮面の騎士があらわれた。


「……そなた。そこにいたか」


「あ、あんたはさっきの?」


 そう。


 さっき俺を助けてくれた女騎士だ。


「これはナディア様。いかがなさいましたかのう?」


「うむ。談笑のところ悪いが、そちらのアルト殿に用があるのだ」


「俺?」


 思わずすっとんきょうな声を上げてしまうと、女騎士はうなずく。


 フルフェイス鉄兜で表情もわからないのが威圧的だ。


「少しお付き合い願おう」


 えー、まだ爺さんと話していたかったんだけど……


 でも、さっき助けてもらった手前断ることもできないか。


「じゃあ、爺さん。またな」


 俺はやむをえず女騎士に連れられ管理人室を出ていくのだった。



 ◇



「ええと、その……さっきは助かったよ。ありがとうな」


 関所の中庭に連れ出された俺はまず頭を下げた。


 女騎士は鉄兜のつるぎのような仮面でこちらをにらむ。


「礼を言われるようなことをしたつもりはないが?」


「何言ってんだよ。衛兵に疑われた時、助けてくれただろ」


「私はそなたを助けたのではない。あの衛兵たちを助けたのだ」


「どういう意味だ?」


 彼女が言うには、仮に俺が衛兵に捕らえられても証書があれば疑いはいずれ晴れたらしい。


 でも、ひっ捕らえるとなれば俺は抵抗するだろう。


 つまりトラブルになるが、その際罰せられるのは(一応)爵位のある俺ではなく衛兵たちの方である。


「しかし、少しでも恩に思っていただけるのなら、お願いがある」


「お願い?」


「うむ。ひとつ手合わせを頼もう……」


 鋼鉄の顔はそう言うと、おもむろに腰の剣を抜いた。


「ちょ、ちょっと待て(汗)」


 俺はあわてて両手を上げる。


「なんであんたと戦わなきゃいけないんだよ。ろくに名前も知らないのに……」


「そうか。申し遅れたな」


 すると騎士はカチャリと鉄兜を取り、美しい黄金ブロンド色の髪をふわりと舞わせながら言った。


「私はナディア・エルゾーナ。ナイト爵をたまわっている。以後お見知りおきを」


 若い女の整った顔立ちが月明かりにまざまざとし、こちらをジッと見つめる瞳は宝石のように青い。


「あ、アルト・ドワイドです」


「よし。これでよいな?」


 顔が近い。


「それではいざ尋常に……」


「よくなーい!」


 女騎士がまた剣へ手をかけるので、俺ははッとして叫ぶ。


「なんで戦おうとするんだよ!」


「それは……私が常に『強き人』との戦いを望む武人だからだ」


 な、なんだこの女……


 戦闘狂か?


「だったらお門違いだよ。弱っちい俺はあんたに殺されるだけだし、あんたも満足しない。不毛だって」


「むっ、とぼけても無駄だ。私の『強さ』を嗅ぎ分ける勘はごまかせぬぞ」


 確かに……


 俺も領主レベル3まで上がっているので人間一人が相手ならほぼ負けることはないだろう。


 例えば、現在俺の『ちから』は127であるが、一般男性(NPC)の平均的な『ちから』は10前後であった。


 この世界でも平均が同様であれば、俺は成人男性12.7人分の物理力を持っていることになるから、そういう意味では強いと言えば強いのかもしれない。


 TOLのプレイヤーキャラ(領主)がやられる時って、基本的にモンスターが相手か、単騎で軍勢に囲まれた時だったしね。


 でも、そこらへんバカ正直になって無意味な決闘に応じることもない。


 女をつことはできないしさ。


「あんたは自分の武力で勝ち取ったナイト爵。俺は寝てても親のおかげでなれる世襲の辺境爵だ。比べるまでもないだろ?」


「ふん、世襲か非世襲かなど無意味なモノサシだ。重要なのは強いか強くないか。さあ、抜け!」


 だが、話は平行線。


 彼女はあくまで戦えと言うし、俺は自分の弱さをアピールする。


 やがてその言い合いを聞きつけて関所の衛兵たちが駆けつけて来た。


「何事です?」


「いかがなさいましたか?」


 事情を話すと、衛兵たちは顔を見合わせて苦笑いする。


「……ナディア様。ドワイド辺境爵はああおっしゃっているのです」


「我々もそう思います。あのようなスケベ顔の男、ナディア様が戦うほどの相手ではございません」


 ちょっと言い方が気になったが、事を収めようとしての言葉と思おう。


「むっ、キサマらの目は節穴ふしあなか! この男は強者。私が言うのだから間違いない!」


「仮にそうだとしても相手がイヤと言うものに無理やりかかっては大事になります」


「どうかここはお引きくださいませ」


「ぐぬぬぬぬ……」


 そこまでなだめられると女騎士ナディアは唇を噛みながらも剣を収める。


「私はあきらめぬ。きっとそなたの本性をあばいてみせる!」


 騎士は美しい瞳で俺をにらむと、再び鉄兜をかぶり去っていった。


 うわあ、なんかヤベーのに目をつけられちゃったな……



 ◇



 翌朝。


 あの女騎士と関わりたくなかったので、俺はめちゃ早起きをして一番発の馬車に乗った。


 カネがないから庶民用の馬車だけどね。


 一応は領主級の俺でも身分を隠せば問題なく乗せてくれる。


 馬は二頭、御者ぎょしゃはひとり、車両にはボロながらもほろがかけられていた。


 乗客は商人風のおっさんや冒険者、町娘風の母娘など中産階級の者たちで、各々馬車の揺れに身を任せている。


「おっちゃん。王都まではあとどれくらいだい?」


 と、商人風のおっさんがほろからしだれる垂れ幕をめくり、馬上の御者ぎょしゃたずねた。


 御者ぎょしゃが答えるには、王都まで約半日だそうだ。


 さすがに馬は早いな。


 それに専用の道が整備されているから、馬車もスピードを出せるのである。


 王権は衰えていると言われているが、直轄地はやはり他の領地とは全然違う。


 ダダリもこんな立派な領地にしたいもんだな……


 などと、考えていた時だ。


 ヒヒーン……!


 突然、馬のいななきと共に車両に強い衝撃が起こる。


 あわや横転かと思われた揺れの後、馬車は停車してしまったようだ。


 騒然とする車内。


「なんだ?」


「事故か?」


「ま、魔物です! お客様の中に冒険者様はいらっしゃいますか!」


 御者ぎょしゃがそう叫ぶので俺は反射的にほろをめくって外を見る。


「なッ……!」


 すると、そこには3メートルを超える巨大なオーガが立ちはだかっていたのだった。


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