猫10匹(~5匹) イル 1 別れと出会い
黒猫獣人の母親に私達は森の外に連れ出されて、「妹とここで待ってなさい。」と言われた。
私はそれが捨てられたのだと分かった。
その女は森の奥へ戻っていった。
一度も振り返らず……
私の手を握り私の顔を不安そうに見ている妹、アニーに笑顔で話しかけ続けた。
たまたま通りかかった商人達の御者をしていた年老いた男の人に連れていかれなかったらどうなっていただろうか……
年老いた男の人は私達を引き取って御者を引退して、貯めていたお金で私達を育ててくれた。
お爺ちゃんは色んな話をしてくれた。
この世界を見守っている神様達のこと、過去の勇者様達のこと、スキルや魔法のこと、お金のこと、タロザリンドやアデタロールという街のこと、海というとっても大きな湖のこと、私とアニーが黒猫人という種族だということ、多くのことを教えてくれた。
初めて魔法を見た時、「わたしも使いたい!」ってお爺ちゃんに言った。
お爺ちゃんは「黒猫人はほとんどの人が魔法を使えない。」って言ったけど、その時は初めての魔法に興奮していたから、「使いたい!使いたい!」と言ってお爺ちゃんを困らせてしまった。
色んな魔法を見せてもらって、なんとなく種火の魔法は使えると思った。
しつこくお願いをしたら、お爺ちゃんが呪文を教えてくれた。
呪文を言ったがお爺ちゃんの言う通り魔法は使えなかった。
でもなんとなく種火の魔法は使えると思っていたから、それから毎日お爺ちゃんがご飯の時に使う種火の魔法をよく見ていた。
そして、魔力のことを教えてもらい、初めて呪文を言った日から一ヶ月後お爺ちゃんの種火の魔法を想像しながら、呪文を言った時に指先から小さな火が出た。
魔法が使えた!
すっごく嬉しかった!
だからもう一回、もう一回と二度使って私は気を失った。
目を覚ますと涙の跡があるアニーが横で抱き付いて寝ていた。
お爺ちゃんに叱られ、アニーに「死なないで!一人にしないで!」と泣きつかれた。
自分のことしか考えていなかった。
アニーを心配させた。
妹をたった一人の家族を心配させた。
私はお姉ちゃんなのに……
それからはお爺ちゃんが元気がない時以外は魔法を使わなかった。
お爺ちゃんと暮らし始めた時から五年後、お爺ちゃんが亡くなった。
毎日朝に起きてくるのに、その日は起きてこなかった。
起こしにいった時に声をかけ体を揺らしても反応がなかった。
気付いた。
でも、信じられなくて何度も声をかけた。
体を揺らした。
「お爺ちゃん起きてよ!」と大きな声で呼んだ。
私の声を聞いてアニーが来て私を見て泣きながら一緒にお爺ちゃんを何度も何度も呼んだ。
いつの間にか村の人達がお爺ちゃんを火葬していた。
アニーが抱き付きながら泣いていた。
目の前がぼやけて見えた。
ここで私は自分が泣いていることに気が付いた。
もうお爺ちゃんがいない。
お姉ちゃんの私がしっかりしないと。
泣いちゃダメ。
涙を拭う。
でもどうすればいいの?
不安にまた涙が出てくるのを感じる。
泣いちゃダメなのに……
骨だけになったお爺ちゃんをアニーと村の人達と一緒に木箱に入れる。
涙が出ないようにしているのに勝手に涙が流れ出てポタポタと落ちた。
掘ってあった穴にその木箱をアニーと一緒に入れ、優しく土を被せお爺ちゃんの名前が刻んである石をその上に置く。
村の人達がお酒が好きなお爺ちゃんの為に一人一人少しずつお酒を石に掛ける。
最後に私達もお酒を石に掛けた。
お爺ちゃんが「ありがとう。元気でな。」と言ったように聞こえた気がした。
アニーも同じく聞こえたようで見開き、顔を合わせた瞬間、私達は一緒に泣き叫んだ。
お爺ちゃんとの思い出が頭の中で流れた。
『神様達はとても、とても綺麗なのだ。』
『獣人の神様はイルドアニーマ様というんだ。』
一度でいいから会ってみたいと思った。
『ある勇者様は仲間と共に幾万の魔物を討伐して国を守ったのだよ。そして勇者様は王女と結婚して幸せに暮らしたんだ。』
凄いなと思うと同時に強くなって一緒に戦いたいなと思った。
そして出来たら勇者様と結婚したいなと思った。
『タロザリンドやアデタロールの街には村にない物が沢山あった。』
『人も大勢の人がいて初めて行った時は祭りでもやっているのか?と驚いたもんだ。』
『仕事も沢山あった。自分はこの村から出たくて御者になったが街の生まれだったらどんな仕事をしてたんだろうなと考えたことがあった。』
『食べ物もいっぱいあるんだぞ。あの逆さま豚と火の絵が描いてある看板の屋台の肉の串焼きは美味しかったな。タロザリンドに行った時は必ず食べに行ったのぉ。』
この村でも元いたとこより色んな物があるのに……
人もいっぱいいて、タロザリンドってどんな場所なんだろうってわくわくした。
『今でもまだ行ってないとこがいっぱいあるな。自分はもうお爺ちゃんだから行けないから、お前達が行って、こんな場所があったよ。変なお店があったよ。と教えてくれ。』
あの時は「私が色んな場所に行って、教えてあげる!お土産も持ってくるね!」とアニーと一緒に言った。
笑顔のお爺ちゃんに私達は頭を撫でられた。
次の日、まだ起きるには早い時間帯に私はお爺ちゃんの家の自分の部屋で目を覚ました。
どうやって自分の部屋に戻ってきたのかいつ寝たのか覚えていない。
隣で寝ている目のところが少し赤く腫れたアニーを起こさないようにお爺ちゃんの部屋に行く。
お爺ちゃんの部屋の扉を開けると寝床にはお爺ちゃんがいなかった。
ズドンと重い何かがのし掛かってきたような気がした。
布団を捲ってもお爺ちゃんはいなかった。
部屋を出ようと振り返る途中、お爺ちゃんの机の上に折り畳まれた紙が置いてあるのを見つけた。
『私の可愛い可愛い孫 イルとアニーへ』と書かれていた。
震える手でゆっくりと開く。
一枚目の紙を読む。
『私は初めてお前達を見た時、胸が引き裂かれるような痛みを感じた。訳が分からず不安そうにイルを見つめるアニー。アニーを安心させるように無理して笑顔を見せるイル。子供にあんな顔をさせてはいけない。子供は楽しく過ごすべきだ。と思って、残りの人生をお前達に使いたいと思って、お前達を連れて帰った。
最初は孫も子供も育てたことがない自分がお前達のことをしっかりと育てられるだろうか不安でいっぱいだった。子育ての経験がある連中に話を聞きに行った。参考になる話もならない話もあった。だがその不安はお前達と過ごしいている内になくなった。私は楽しんでいた。お前達が何かを覚えた時、何かを初めてできた時、私は自分のことのように嬉しかった。毎日が楽しかった。お前達と過ごした五年間は私にとって一番の最高の幸せの時だった。イル、アニー、私と共に暮らしてくれてありがとう。』
視界がぼやける。
二枚目の紙を読む。
『イルは頭が良くしっかり者の優しい綺麗なお姉さんに、アニーは自分も他人も幸せになるよう行動する気が利く優しい可愛い子に育ったと私は自信を持って神様にも世界の人々にも大きな声で言える。お前達は私の自慢の孫だ。
お前達には私が教えられることは全て教えた。やれることも何でも経験させた。私がいなくなっても暮らせていけるだろう。このまま村に残ってこの家で暮らしてもいい。私と同じ御者になってもいい。街に行って暮らしてもいい。海や色んな場所を見に旅に出てもいい。もしタロザリンドに行くことがあったら逆さま豚と火の絵が描いてある看板の屋台に行くことをお薦めするよ。絶対気に入ると思う。それ以外は私からは何も言わない。自分の好きなように生きなさい。
イルとアニーのこれからの人生に幸あらんことを。
ミカルドお爺ちゃんより』
私はアニーが起きるまで何度も涙を拭い、紙を最初っから最後まで何度も読んだ。
お爺ちゃんが亡くなって数日後、落ち着いたアニーとお爺ちゃんからの紙を一緒に読んだ。
アニーに何をしたいか聞くと「お爺ちゃんが言っていたタロザリンドに行って暮らしたい!肉の串焼きを食べたい!美味しかったよってお爺ちゃんに言うの!」と言った。
だからタロザリンドに行く準備をした。
持っていく荷物はそう多くない。
着替え数着と布とお金と保存食と水を入れる皮袋だけ、それぞれ袋に入れ大きい袋に纏めて入れる。
あとこの家の掃除をして、お爺ちゃんに「タロザリンドに行きます。」と報告して準備を終えた。
翌朝、早めに起きてアニーと一緒にお爺ちゃんに「行ってきます。」と挨拶して、乗合馬車が通る場所に行って満員じゃなければいいなと思いながら、アニーの会話を聞いて乗合馬車を待った。
しばらくすると乗合馬車が来た。
乗る人数に余裕がありほっとし、お金を渡してアニーと一緒に一番後ろに乗る。
護衛の人達がニヤついた顔で見ていた。
嫌な感じがした。
野宿の時に警戒していたけど、何事もなく朝を迎え安心した。
だけど、野宿した場所から2時間くらい進んだところで問題が起きた。
オークが三体も現れた。
護衛達は敵わないと判断し、逃げることにしたようだった。
その時に一番後ろに座っていたアニーに「降りろ!」と怒鳴り、腕を掴み馬車から降ろされた。
アニーが「きゃあ!痛い!」と声を上げた。
私は「なにしているの?!」と言い馬車から降りた。
乗っていた人達が「嘘だろ?!」「駄目よ!」とか声を上げていたが護衛が「じゃあお前が代わりに囮になるか?」と言って、乗っていた人達は黙ってしまう。
私は降ろされて足を踏まれて悲鳴を上げるアニーに駆け寄り、踏んだ護衛に体当たりをした。
尻餅をついた護衛が「ちっ」と舌打ちをして立ち上がり、私達を見下す。
「囮はそいつだけでいいだろ。早く乗って逃げるぞ。」
「妹を置いて逃げるわけないでしょ!?」
「ちっ。やっぱり姉妹かよ。お前を動けないようにしてから妹の方を降ろせばよかったな。」
「な?!なにを、言ってるの?」
「おい!早く来い!」
オークが近付いてくる。
「ああ!」
「護衛なら乗客を守りなさいよ!」
「半端者なんか守るわけないだろ?逆に俺達を助ける役に立てたことを感謝するんだな!」
そう言って護衛は走って馬車に乗り逃げていった。
「待ってよ!」
三体のうち一体だけが近付いてくる。
私はアニーとオークの間に立つ。
オークが棍棒を振ってくるのを避けて、避けて、避ける。
お爺ちゃんに「体が大きい相手の攻撃は受けてはいけない。」と言われ続けた。
だから避け続ける。
振るわれてぶおんと音の鳴っている棍棒を受ければ一撃で動けなくなる。
しかし体が疲れてきて棍棒が当たりそうになる。
それを見てアニーが悲鳴を上げる。
「きゃああああ?!」
アニー、当たってないよ、安心して。
「大丈夫、よ。私が、アニーを、守るから!」
「お姉ちゃん!わたしを置いて逃げて!」
「そんな事、できるわけ、ないでしょ!」
「ブヒブヒ。」
「ブヒー。」
「ブヒヒ。」
オーク達が何かを言っている。
楽しんでいるのが分かる。
悔しい。
「ブッヒ!?ブヒー!」と後ろのオークが叫んだ。
何かが上を通りすぎ、目の前のオークが吹き飛んだ。
後ろの一体のオークも巻き添えにした。
突然の出来事に「「え?!」」と私とアニーは驚きの声を上げた。
上を通りすぎたのは黒い耳に黒い長い髪に黒い尻尾をある人だった。
残っているオークを倒して振り返る人を見て、あまりの美しさに息を呑んだ。
声も美しい。
アニーも同じことを思ったのだろう。
自然と「「女神様。」」と声が出た。
それを聞いたお姉さんは「あんな綺麗な女神様に失礼でしょ。」とまるで女神様に会ったことがあるかのように言った。
その後オークの次はハンターキャットが出てきて、あぁ今度こそ駄目だと妹と助けてくれたお姉さんだけでも!と覚悟を決めたけど、優しく肩をぽんぽんと叩かれ「大丈夫だよ。」と安心させられる声で言われた。
ハンターキャットが私とアニーに匂い付けした。
ハンターキャットの嗅覚は優れている。
匂いを付けられたから逃げれないだろう。
今すぐに食べないということは後で食べるようにと匂い付けされたんだと恐怖で身体が反応してしまった。
そんなことをされたとは思ってもいないだろうアニーは恐れ知らずでハンターキャットを撫でた、撫でてしまった。
アニーが撫で撫でと繰り返しハンターキャットを撫で続けるのを私は「お願い!止めて!アニー手を止めて!」と心の中で叫びながら見ていた。
そのハンターキャットは撫でられて気持ち良さそうにしているように見えた。
お姉さんは優しさ溢れる微笑みを浮かべて「ほらね。」と言った。
お姉さんの顔を見て少し安心した。
でもハンターキャットや自分の種族を知らないこと、従魔でじゃないと聞き、獣の魔物を従える従魔王ではないかと不安になった。
不安なことを考えていたらハンターキャット、ヒョウカがアニーの足を舐めた。
「味見っ?!」と声を出しそうになった。
ヒョウカが舐めているところが少し腫れが引いたように見えた。
ヒョウカとお姉さんが会話できるようで「ヒョウカが舐めるとその怪我が早く治るって、時間経ったらまた舐めるって言ってるよ。」と言った。
ハンターキャットにそんなスキルがあったのっ?凄い!と私は内心驚いた。
お姉さんとヒョウカは嫌な感じがしない。
寧ろ優しい空気が出ている。
アニーが混ざったらさらに心地良い、暖かく優しい雰囲気に出ていて今度こそ本当に安心した。
お礼を言うとルドア様が「オークは……殺した方がいいの?」とおかしなことを聞いてきた。
皆知っていることなのに、なんでそんなことを言うのだろう?と戸惑いながらもオークのことを説明した。
お姉さんの雰囲気が変わったのを感じた。
同じ黒猫人だとは思えないほど、瀕死の状態だったけど一撃であっという間にオークを討伐した。
軽々とオーク二体を持って戻ってきた。
本当に、私と同じ黒猫人だと思えなかったけど……
私も、お姉さんのような強い女性になれるかもしれないという可能性の希望が少しだけ沸いた。
アニーを守ってあげられると……
オークから助けてもらい、アニーの足を治療してもらった。
私達に払えるものがなく、下手だけどオークの解体と出来るだけ多くのオークの運搬をしますとお姉さんに言った。
お姉さんに解体できることを驚かれ、でも解体屋と比べると査定が低いと言うと「解体できるだけ凄い。」と褒められ、少し嬉しく思った。
嬉しいなと思っているとお姉さんが腰にある変わった袋に手を触れながら片方の手でオークを触れた。
そしたら、そしたら!オークが消えてなくなったっ?!
驚いている間にも残りの二体のオークも、あと棍棒も袋に吸い込まれるように入っていった。
もしかして、あれは……
お爺ちゃんの勇者の話に出てきた収納袋というものなの?
収納袋は見た目の袋より沢山のもの、大きなものが入るらしい。
お姉さんの腰の袋はお爺ちゃんの話の通りだった。
お姉さんは何者なの?と困惑しているとお姉さんが足を少し腫らしているアニーをおんぶすると言った。
さすがに助けてもらって治療してもらって、これ以上は……と思い私がしますと断ったけど、街まで移動できるか聞かれ、無理だと思った。
「それに君は疲れているだろ?ここは大人に甘えなさい。」のお姉さんの言葉に、本当に甘えてしまった。
会って間もないお姉さんなのに……
お姉さんに申し訳ないと思う気持ちの他に、一緒に街に行けると嬉しい気持ちと強く優しいお姉さんが一緒にいてくれるという安心の気持ち、でもアニーは私が守らないといけないという気持ちが混ざりあっていた……
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