第22話「庇護」

 目が覚めてくる。意識が覚醒してくると共に脳が糖分とカフェインを欲していた。自分の穂蘊奥に抗うのは辛いものなので朝も早くからキッチンに急いだ。糖分だけでも接種しないと血糖値の不足で意識が落ちてしまいそうだった。


 キッチンに向かうと無人だった、理由は明白、現在は午前五時。健康的な人間以外は大抵寝ている時間だった。こんな時間に起きているのは健康な老人か、徹夜明けのニートくらいではないだろうか。世の中には通勤の関係でこんな時間から起きないとならない人もいると思うと心が痛む。


 俺は戸棚からインスタントコーヒーの瓶を取りだし、スプーンなど使わず瓶を傾けてマグカップに粉を注ぐ、この際出来上がったときの味など気にしないのが目を覚ますコツだ。ただ単に目を覚ますならば無水カフェイン錠剤という最強ツールがあるのだが、雲雀の規範になるためにそんなチート技を使うわけにはいかない。数百円で売っている眠気覚ましが不可能なら誰でも買えるインスタントコーヒーしかない。ドリップコーヒーも美味しいとは思うのだが、ドリップコーヒーには一杯に含まれるカフェインは使った豆に入っている分以上は抽出出来ないという弱点がある。その点インスタントコーヒーならカフェインは粉を直接舐めるという採取手段まで使える。


 そこに結構な量が入ったマグカップに熱湯をポットから注ぐ、ドリップほど香り高くはない、真っ黒な液体があっという間に完成する。


「ここに砂糖をぶち込んでっと……」


 スティックシュガーを三本ほど開ける。多いかな? 早朝の頭にはこのくらい必要だろう。そう思っておこう。


 ミルクは入れようかと思ったが苦い方が目が覚めるので砂糖のみのコーヒーの入ったマグカップを傾けた。喉の奥に苦味が流れ込んでくる、意識がはっきりしてきてその後から甘みが入ってくる。糖分が身体に行き渡って意識をはっきりさせる。


「お兄ちゃん、おはようございます……」


「おはよう……って早いな!?」


 現在五時半、部活に入っていない高校生は寝ている時間だろう。


「お兄ちゃんが起きた物音がしたので目が覚めまして」


「うるさかったか? 悪かったよ」


「いえ、部屋の壁に貼り付けてある集音器のマイクが音を立てただけですから」


「怖いんだよ……」


 集音器って……俺の部屋は雲雀の部屋と間を開けて貰う必要があるのではないだろうか? 盗聴ギリギリの行為をしている雲雀が普通に怖い。


「見守りケータイってあるでしょう? それのお兄ちゃん版みたいなものと考えておいて貰えればいいかと」


 見守りと監視はまったく別物だと思うんですがねえ、モノは言いようとは言うがかなり無理筋の理論だと思うぞ。あと見守りケータイも全通信を監視するようなことはしないんだよなあ。


「見守りケータイと監視集音器を一緒にするな、失礼だろ」


「お兄ちゃんが危なっかしい人間なのが悪いんですよ? 私だってお兄ちゃんが健全健康で私のことだけを見ていれば監視なんてしませんよ」


 底をつかれると俺も耳が痛い、現在飲んでいる超濃コーヒーだって健康にいいものではないからな。


「お兄ちゃん、私にもコーヒーを一杯」


「はいよ、ミルクと砂糖は」


「どっちもマシマシで」


「背脂じゃねえんだぞ……」


 俺は薄めにインスタントコーヒーを淹れてミルクを匙二杯入れ、砂糖を日本開けて流し込んだ。コレで完成だ。


「どうぞ」


「ありがとうございます!」


 雲雀ははっきり目が覚めているので薄めのコーヒーにしておいた。コイツは無理をしていない早起きなのでカフェインはそれほど必要無いだろう。デカフェのコーヒーがあれば丁度いいのだが、そう言う意識高めのアイテムは自宅に置いていない。正々堂々カフェインたっぷりのコーヒーしか無いのだ。


「美味しいか?」


「お兄ちゃんが淹れてくれたと思うとひとしおに美味しいですよ」


 インスタントコーヒーの淹れ方にコツも何も無いので気のせいではないかと思われる。何しろ粉を入れてお湯を注ぐだけだぞ? そこにコツも何も無いだろう。


「まあ……美味しいなら何よりだよ」


 ここで議論をしてもしょうがないだろう。


「茶菓子が欲しいですね、お兄ちゃんは何か持っていませんか?」


「何でもかんでも持っていると思うなよ。パンでも食べるか?」


「そうですね、お兄ちゃんの作ってくれた朝ご飯というのもオツな物です」


 俺は食パンを自分の分を含めて二枚トースターに入れる。ジャムとバターを冷蔵庫から出しておく。


「お兄ちゃんはマーマレードですか?」


「ああ、お前はイチゴだろ?」


「さすがお兄ちゃん! 私の好みを分かってますね!」


 俺は知っている、この前コイツは俺が焼いたパンにブルーベリージャムを塗って食べていたとき『ブルーベリー好きなんですよ、わけてください』と言ったことを。要するに雲雀はなんだっていいのだろう。ならたまたま冷蔵庫に入っていたイチゴジャムでいいだろう。マーマレードは俺が食べるので量が減ると困ってしまう。


 チン


 トースターからパンが出てきたのでバターを塗ってその上にジャムを塗る。コレにコーヒーを合わせて手軽な朝食だった。


「美味しいですね。お兄ちゃんの手作り料理はやはり美味しい」


「手作りって……パンを焼いただけじゃん」


「いえ、この味を私以外に食べさせたいとは思わないほど美味しいです! デスのでお兄ちゃんはもっと自信を持ってください」


「自信ねえ、俺は謙虚さの方が大事だと思うがな」


「お兄ちゃんは卑屈の領域まで入ってますよ、もっと『妹は俺の物だ!』みたいな宣言をする自信を持ってくださいよ!」


「自信があってもその発言はしないと思うぞ?」


 ちっ……と雲雀は舌打ちをしていた。明らかにその発言は自信の有無と関係ないだろう。変人になる事は自信を持っているとは言わないぞ。


「お兄ちゃんは今日もお昼はコンビニパンですか?」


「そうだな、今日はカツサンドにでもしようかと思ってる」


「ふむふむ……一緒に買っていきましょうね」


「まあ……コンビニは遠くないから構わないが」


 雲雀は喜々として食パンを口にねじ込みコーヒーで流し込んでいた。


「ではお兄ちゃん、もちろんお昼は一緒に食べてくれますよね?」


「何がもちろんなのか知らんが……構わないよ、どうせ昼休みなんてソシャゲの周回するだけだしな」


 雲雀は嬉しそうにしていたが、家の中で顔をつきあわせている人と学校出まで一緒にいたいのだろうか? 妹というものはよく分からんな。


 そして両親が起き出してきた頃には俺たちはもう制服に着替えてテレビで配信を見たり、SNSの新着チェックをしたりして、一通り終わったら俺たちは早めに登校することになった。

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