第21話「暗夜」

「ぷはー! お風呂はいい文化ですね! 湯船にどっぷり浸かるのは贅沢の極みです!」


 帰宅後、夜風呂上がりの雲雀がそんなおっさんのようなことを言っている。ご丁寧にフルーツ牛乳を飲みながら言っているあたり自宅を千棟と勘違いしているんじゃ無いだろうか?


「雲雀、父さんと母さんがいないからって自由すぎるぞ」


 二人ともお出かけだ。デートだそうで仲が良いのは結構なことだ、少なくとも残業で買えって来れないと言ったブラック企業的な理由ではないので放置でいいだろう。


「お兄ちゃん! 母さん達を見習って私たちもデートしませんか?」


「なんで見習う必要があるんだよ……? それはそれ、これはこれだろ。あと両親と兄妹というのは関係性が違うからな? 父さんと母さんに血縁関係は無いぞ」


「けち……っ」


 ところで……


「お前まともに服を着ろよ! なんで下着のまんまで歩いてんだよ?」


「愚問ですね、お兄ちゃんに見せるためですよ! 父さんも母さんもいませんしね」


 質が悪いことにしっかりと計画的なご様子だ。俺に見せてどうする気だと言いたい。


「湯冷めするぞ? さっさとパジャマ着てこい」


「はぁい」


 胸をバンバン揺らしながら自室に帰っていく妹を見送って、ガン見しなかった自分を褒めてやりたいと思った。


 まったく、俺の妹だというのに陽キャだしまったく似てないな……似て欲しいとは思わないが。


 そして俺はインスタントコーヒーにお湯を注いで飲む。苦味が心を落ち着かせてくれる。妹だから特別同行というわけではないが、同年代の下着姿というのは感情をかき立てる物がある。それでも……特別な感情を覚えたわけでは無いと主張しておきたい。


「愛しい妹が着替えてきましたよー! やっぱりこの格好だと色気も何も無いですね」


「はいはい、寝るだけなのにそんなもの必要無いだろう? 夜はおとなしく寝るものだぞ?」


「お兄ちゃんは愛情表現が足りないんですよねえ……可愛いっていってくれてもいいじゃないですか!」


「はいはい、可愛いからもう寝ろ、な?」


「お兄ちゃんの心がこもってないのでもうしばらく寝ませーん!」


「はぁ!?」


 雲雀は俺を指さす。


「そもそもお兄ちゃんがまだお風呂に入ってないんだから寝る気は無いんでしょう? 私だけ寝ろなんて不公平ですよ!」


「はぁ……さっさと風呂に入ってくるよ」


 そう言って風呂場に向かった。


「私の残り湯を楽しんでくださいねー!」


 俺はシャワーで済ませようと決意した。


「まったく……誰に似たらああなるのやら……」


 そう言いたくもなる。俺の事ももう少し考えてほしいものだ。いや……俺の事を考えすぎているからあんななのだろうか? どちらにせよあまり良いことではないなと思う。


 シャワーをざーっと浴びてさっさと出る。どうせ男の入浴シーンなんて需要がないからね、しょうがないね。


 着替えてリビングに戻るとやはり寝ることはなかったのだろう雲雀がソファでスマホを弄っていた。


「いい加減には寝ろよ?」


「レスバで買ったら寝ます」


 コイツの煽り耐性ではネットでのレスバに勝てるとは思えないのだが、実質徹夜宣言と言うことでいいだろうか?


「眠たくないことは分かったよ」


「寝ないとは言ってないでしょう! そう! 今はまだ『時が来ていない』です!」


「うん、どこかの猫みたいな事を言うのはやめような? 危ないから」


 世界の摂理に反するようなことを言うやつだ。コイツの性格はどうしてこうなったんでしょうねえ!


「ねえねえお兄ちゃん! レスバのコツってなんですかね?」


「逃げること」


「え!?」


「まず不利になったら回線を切って寝る、翌日の自分にいい反論が思いついていることを期待するんだよ、負けそうならそのまま失踪で」


 雲雀は口をあんぐりと開けてこちらを呆れるように見ている。逃げるにしかずという言葉を知らないのだろうか?


「お兄ちゃんは戦闘能力が低いんじゃないですか? 喧嘩を売られたのに逃げるのは負け犬のすることですよ?」


「負けの分かっている戦いに出向くのは勇気ではなく蛮勇というんだよ」


 しかし雲雀は不満そうである。レスバなんていう生産性の欠片もない行為に必死になる気持ちは理解出来ないな。俺なら分が悪くなったら即ルータの回線を繋ぎ直して、スマホの飛行機とばしてから、何もなかったかのように振る舞うんだがな。


「お兄ちゃんだって知っているでしょう? 妹には負けられない戦いがあるんですよ!」


「俺は負けるときは上手に負けるのを目標にしてるからな、勝ちたいならロジハラでもやれば? それができないなら相手が正論なんだよ」


 理論で詰められて負けるような試合なら相手がよほどのバカでなければ逃げた方がいい、理論の穴を疲れたときに致命的なダメージを負うからな。


「お兄ちゃんは無理が通れば道理が引っ込むという言葉をご存じないので? 説得力さえあれば真実なんて誰も気にしないんですよ」


「いや……理論で勝てないからごねているようにしか見えないと思うぞ」


 本当にね……突然専門的に研究でもしてんのかってやつがどこからともなく現れるからね、自分の信念だけでは通らないんだよ。


「じゃあお兄ちゃん、レスバに負けた私を慰めてください!」


「はぁ……大変だったな、ネットにも変なやつはいるよあんまり意固地になるなよ」


「はぁい……じゃあそっちは諦めますから寝る前にお兄ちゃんが貸し出しているサポートキャラを今回のボス特攻のやつに変えておいてくれますか?」


「はいはい……え? 何で俺のプレイしているソシャゲを知ってんの? しかもアレはサポートキャラ使うにはフレンド登録が必要だったろ?」


「お兄ちゃんがプレイしているゲームでフレンド機能のあるものは全部申請出してますよ? お兄ちゃんが雑に承認してくれるのでありがたく恩恵にあやかっているんですよ」


 怖っ! えぇ……この妹は兄のソシャゲ事情を監視してるの? 普通に怖いんだけど……正気か?


「そうか、貸し出しキャラは変えておく、あとついでにフレンド整理もしておくよ」


 妹にソシャゲの進捗管理されるとか怖いからな、雲雀ならわかりやすい名前を使っているだろうし分かるだろ。


「そうですか~……いやーある程度特定出来ても限度がありますよね? 私と間違われてフレンド解除される人が気の毒ですねえ……」


 匿名の誰かを人質にするのか、卑怯なことこの上ないな。しかしプレイしているゲームが多すぎてフレンド整理は現実的ではないな……はぁ……不穏な行動はしないに限るな……


 俺は監視社会の恐怖というものをなんとなく理解し、ディストピアはこうして作られるのかと思った。

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