第20話「帰校」

 俺たちは下校を促すチャイムが鳴ったので、どこによる予定も無くさっさと帰ることにしていた。陽キャ達が楽しそうに帰宅途中にどこそこで遊ぼうなどと楽しそうに約束している中、陰キャ達は立派に孤独を楽しんでいる。当然のようにソシャゲをプレイしながら帰宅している。歩きスマホをしている様子は、まさに現代の二宮金次郎と言っていいだろう。


 もちろん俺は遊びにも行かずソシャゲもせず……


「お兄ちゃん! 一緒に帰りましょう!」


 騒々しい妹と共に帰宅するという第三の選択をしていた。勘違いされては困るが決して恋人と帰るような甘々な物ではない。たまたま雲雀が持っていた『蒸気』というゲームプラットフォームのプリペイドカードをくれるという条件で一緒に帰ることになった。安いゲームしか買えないような金額だが、インディーゲームにはインディーゲームなりの面白さというものがある。それは億単位の金をつぎ込んだゲームには存在しない楽しさだ。


 この前買ったのはクソゲーだったが、数百円で買えるものだったのでダメージは少ない、価格の安さもインディーゲームをアーリーアクセスで買うメリットだ。


「お兄ちゃん? 何を考えているんですか?」


「いや、なんのゲームを買おうかなってさ」


「今くらい私のことを考えてくださいよ……」


 何を考えればいいのだろう? 雲雀は可愛いなとでも言えば満足するのだろう。しかしそれを言って満足させたからなんだというのか? 妹のご機嫌を取ればあるいはもらえるギフトカードの金額が上がるのだろうか? なんだか金のために妹に媚びるのは欠片ほどしかない自尊心が傷つけられるような気がする。


「今日もお父さんとお母さんは遅いそうですよ」


「いつも忙しそうにしてるな、二人ともさ」


「だから今日は家に二人きりですね!」


「そうだな」


「だ・か・ら! 今日は家に二人きりですよ!」


「強調しなくても分かってるよ、ギャルゲ的展開はないから安心しろ」


「そうですか! エロゲ的展開はあり得るんですね!」


 コイツが同級生だったらあるいはドキドキ(文芸部的な意味ではなく)したのかもしれないが、妹だ、妹に一体何を求めればいいのだろう?


 俺は妹に何も与えられるものは無い、だからきっと妹に何かを求めるなど贅沢かわがままでしかないのだろう。俺は所詮妹のヒモみたいなものだ。


「その可能性の方が無いよ! なんでそっちならいけると思った!? この際十八禁のゲーム内容をなんで知ってるかは聞かないけどさあ……」


「淑女の嗜みってやつですよ?」


「まずお前は淑女じゃないし、淑女はエロゲなんてやらない」


「お兄ちゃんのそれは偏見というものですよ! 男女平等の観点から淑女もエロゲをプレイしている説を提唱します!」


「男女平等からエロゲに繋げるお前の発想力には勝てないな」


 ニヤニヤ笑いながら雲雀は俺の手を引っ張る。


「まあカフェにでも入っておしゃべりしましょうよ!」


 カフェねえ……純喫茶だろうに、カフェなどというお洒落な物ではないと思うのだが、まあ法律で定義があるわけでもないし本人がそう考えているならそうなんだろう。わざわざ雲雀の特殊な意見に文句を言えばギフトカードが貰えないかもしれない、俺は金には忠実な人間なのだ。


 雲雀に引かれるままカフェに入店すると俺と雲雀はコーヒーを注文した。


「珍しいな、コーヒーなのか?」


「お兄ちゃんが飲んでいるものに合わせるのもできた妹の特徴ってやつですよ」


 別に兄と同じものを飲む必要は無いような気がするがな、まあスポンサー様の特権だろう、すきにしていいさ。


「お前の考えることは分からんな……」


「そりゃあそうですよ、私とお兄ちゃんでは人間としての深みが違いますからね」


 そうだな、人間としての『闇の』深みは桁違いだな。そう思ったが口にするのはやめておいた。妹の闇が深すぎてそこが見えない、深淵を覗くような趣味はないのでそっとしておこう。


「ねえお兄ちゃん、こうしていると放課後デートをしているみたいですよね?」


「そうだな」


 放課後デートをするためにギフト券を買う妹は老後に特殊詐欺に遭うんじゃないかと心配になってしまう。その時代にまだギフトカードを使った詐欺が存在していればの話だが。


 そんなことを話しているとコーヒーが二杯置かれた。俺は口をつけるとやはり店で飲むのは違うなと考えさせられる味だった。雲雀の方はガムシロップとミルクを入れて少しずつ飲んでいる。コーヒーも良いのだが、カフェイン目的ならカフェでエナジードリンクを提供してもいいのではないかなどと思う。喫茶店に眠気覚ましを飲みに行く人が少ないから無理だろうか。落ち着くどころか集中力が上がるもんな、喫茶店で集中してスマホゲームをする人が増えても困るだろうしな。


「お兄ちゃん、無茶を言ってもついて来てくれますよね、もしかして私のことが好きなのではないですか?」


「俺は日本銀行券の方が好きだな」


「現金が好きって堂々と宣言するのはどうかと思いますよ?」


「俺は現実を生きているんだよ、霞を食べて生きてるわけじゃない。現金は裏切らないからな」


「でも円安も円高もありますよ? 信用出来るものなんて妹くらいしかないんじゃないでしょうか?」


「前半には同意するが何故信用出来るのが妹のみなんだ……」


「私が妹であり、私は信用出来る人間だからということですよ!」


「妹代表ってか、自信過剰にも程があるな」


「私は理想的な妹ですからね! 代表っぽいでしょう?」


 どうだろうな……世間一般の平均的な妹の基準なんて知らないけれど、高校生にもなって兄にベッタリな妹は珍しいのではないかと思うんだがな。俺よりも現金の方がよほど信用出来ると思うのだが、何を信じるかは自由ではある。


 ただまあ……俺は信頼に値する人間ではないよなあ……そうしみじみ思う。


「ところでお兄ちゃん」


「なんだ?」


 突然真剣な顔になって雲雀が俺の目をじっと見る。真剣なまなざしに尻込みしてしまう。


「私はお兄ちゃんにお金をあげることはやぶさかではありません、ですがね……そのお金で妙なものを買わないでくださいよ」


「妙なものってなんだよ? エロゲとかのことか? それなら……」


「いえ、違います」


「えっ?」


「例えば※デキストロメトルファン、例えば※リンコデ、例えば※エフェドリン、そういったものです」


 ※注:よい子は知らないままでいましょう


 意外な注文に俺も驚いてしまった。


「以外だな直球にエロいものやアルコールのことかと思った」


「そう言った露骨なものをお兄ちゃんは買えないでしょう? 実際のところ危険であっても買えないものより、多少安全でも買えてしまうものの方を心配しているんですよ」


 結構ガチな心配だった。あの辺のものは市販しているのがおかしいんだよなあ……いいんか? 本気でそれ売るのか? っていう物まであるからなあ……


「さすがにそのへんには手を出さないよ、精々エナドリくらいにしとく」


「それを聞いたら安心しました。お兄ちゃんに先立たれたら私もマッハであの世について行かなければいけませんからね!」


「いや、多分俺の方が先に死ぬけどついてくるなよ?」


 マジでやりかねない危険思想を持っているのが雲雀という妹だ。おっそろしいなあ……


「冗談……ですか……そうですね、お兄ちゃんもそこまで生き急いではいませんよね。コーヒーも飲み終わりましたし、買えるとしましょうか」


 そう言って席を立つ雲雀。俺は先ほどのやりとりの時の、闇が深い深淵を思わせる雲雀の瞳にぞっとするものを感じたのだった。

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