第15話「呑気」
「お兄ちゃんは何にしますか? 私は紅茶ですね、あ! お代は心配しなくていいですよ! 私が払いますから」
「いや、妹に払ってもらうわけには……」
「何でですか! 妹に払ってもらう依存したお兄ちゃんが居てもいいでしょう!」
「依存したくないから言ってるんだよなあ……」
何を言っても聞きゃあしない。
「それで、何にしますか?」
「アイスコーヒー、氷抜きで」
氷が入っていると薄まってあまり美味しく感じられないので冷やしただけのものを注文する。紅茶とアイスコーヒーの注文が通って本格的にドリップが始まった。さすがは喫茶店と言ったところだろうか、安いところのインスタントみたいな味ではなくサイフォンで淹れている。紅茶の方は……詳しくないが沸騰したお湯を使っている、少なくともファミレスのドリンクバーよりは美味しいものが出てくるだろう。
「お兄ちゃん、これからのデートの予定は何か考えていますか? お兄ちゃんが考えているならそちらを優先しますよ?」
そんなことを言われてもな……急に外に連れ出されたのにプランもなにもあるわけがないだろう。無茶振りに答えられるほど俺は芸人気質ではない、と言うか考えてもいなかったことに連れ出されてプランを考えられる方が少ないと思うぞ。
「ええっと……おうちでのんびりとか……」
「却下です、せっかくお兄ちゃんと一緒にいられるのに部屋に引きこもられたら敵いませんからね。お兄ちゃんにはたっぷり私に付き合ってもらいますよ」
どうやら逃げ道は無いらしい。財布に入れた魔法のカードが妙に重く感じた。俺の一日千五百円か……安い人間だな、我ながらみっともないとは思う。
そう話し合っているうちに紅茶とアイスコーヒーが運ばれてきた。緊張していた空気が一瞬だがやわらぐ、ありがたい。
「そうだな……食べ歩きはどうだ? ここら辺でも食べたことのない店は多いだろう?」
「お兄ちゃんにしては良い判断ですが却下です。この辺にはデートにふさわしくない店が多すぎます。焼き肉でニンニク臭のする状態でデートとかあり得ないでしょう!」
どうやら雲雀の中ではデートは確定路線らしい。焼き肉は美味しいからいいじゃん。俺が人の金で焼き肉を食べようとしたみみっちい考え方は無視すればだが……
「ではお兄ちゃん! 市街地まで出て行くというのはどうですか? 楽しいですよ、きっと」
俺はコーヒーを少しすすって答えた。
「バスも汽車もとうに出発してるよ、残念ながら手遅れだな」
「むぅ……これだから田舎は……」
「お前本当の田舎を知らないな? 汽車どころかバスさえ怪しいところだってあるんだぞ?」
「そんな所は知りませんね」
申し訳ないが雲雀はここ以上に田舎な場所に想像力がおよばないらしい。駅が無い町があるという事実を受け入れられないようだ。
「じゃあ公園を散歩でもするか?」
「そんなリストラを言い出せない社会人みたいな事をしなくても……」
ひばりの公演に対する偏見が酷い! 社会人は公演に行く権利がないと言っているに等しいぞ、そもそもこの町にはリストラをするほど人材があふれていない。悲しきかな万年人材不足なのでリストラなんて滅多に無い。
「そうですね……それではこの町の映えポイントを回ってインスタオンスに何枚写真を上げられるかチャレンジするとかどうですか?」
俺はコーヒーを飲んでいた喉が詰まってむせた。
「げほっ! お前な……そんなネットの特定班に個人特定のピースを与えるようなことをすることはないだろ!」
世の中にはフローリングの木目から人の瞳に映った景色まで写真から解析して特定しようとする人間がいることを知らないのだろうか? 世の中にはお前が思っている以上に執念を持った人間があふれているんだぞ……言わないけれど美少女な雲雀など格好の特定ターゲットになりかねない。自衛の意識が低すぎるのではないだろうか?
「おにーちゃんは気にしすぎですって! そんな暇人爆裂サイコロくらいにしかいませんって!」
「そのサイトの名前を出すな……ネット上の地獄が顕現するぞ」
妹が名前を言ってはいけないあのサイトの名前を口にしたので注意しておく。どこから漏れるか分からない世の中であのこの世界の地獄を煮詰めたようなサイトに関わるべきではない。
俺がマジトーンで言ったのが聞いてとれたのか口をつぐんでこの先どこに行くかを考えているようだった。それにしても粘るな、雲雀のティーカップには紅茶がもうほぼ無いぞ。
「おかわりお願いしまーす、次はアイスティーで」
まさかの時間追加に俺も狼狽えた。どこに行くのかいいアイデアを出さないとここから出られないのではないだろうか? そんな考えさえ浮かんでくる。
「じゃあ……本屋はどうだ? 俺もこの前欲しかった本が出たところだし……」
「そうですね、お兄ちゃんにしては悪くない選択です、中の上と言ったところでしょうか」
上の上はもらえないんだな……
コトリと置かれたアイスティーをグイッと飲み干した雲雀は立ち上がって俺を手招きする。
「では行きましょう! 善は急げと言いますしね!」
お前は映画に出てきたら絶対悪役だろうなと思った。俺の一日を千五百円のカードで買い取られたのは我ながらマヌケだと思う。しかしガチャのピックアップがどうしても欲しいキャラだったのだ、後悔はしていない。
『お勘定』
店員さんにそこそこお高めなショバ代を払って店を出た。お腹にたまる料理を頼んだわけでもないのに妙に高いあたりが喫茶店たる所以だろう。俺では支払うのに多少躊躇うような金額を雲雀は平気で支払って俺の手を引いた。
「お兄ちゃん! 本屋さんに行きますよ! そして妹モノのラノベを買いましょう!」
人の性癖をねじ曲げるのはやめて欲しいのだが……何を言っても無駄だと思い、俺たちは春にしては気のせいか熱い空気の中を書店に向かって歩いて行った。
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