第14話「安寧」

「お兄ちゃん! 早く早く! 時間は有限なんですからね! 私とお兄ちゃんの新しい体験をはじめるのにのんびりしている暇はありませんよ!」


 まったく……まだ朝だぞ? まあ雲雀には関係ないか、アイツの体力は異様だからな……


「ちょっと待ってくれ、着替えるから」


「早くしてくださいよー!」


 俺は雲雀に急かされながら外出用の服に着替える。朝飯を食ったばかりだというのに着替えさせるとは忙しいやつだ。


 俺は上下のスウェットを脱いでデニムをはいて、Tシャツを着る、それでお終いだ。幸か不幸か最近は寒い期間が短くなりつつあるのでコレだけ着ておけば外出には十分だ。


「お兄ちゃん、まーだーですか?」


「今行く」


 財布や鍵等の小物をポケットに入れて部屋を出る。すぐに俺の手を強く強く雲雀が握ってきた、痛い。


「痛いんだけど……」


「お兄ちゃんは痛みが無いと覚えないでしょう?」


「失礼なやつだな! 俺は痛みがあっても学習しないぞ?」


「なんで自慢気なんですか……」


 実際に今まで多くの失敗をしてきたが何度も同じ轍を踏んできた。懲りないことには定評があるのが俺という人間だ。陰キャらしく小学校からロクな昼休みを過ごしていないが、それを中学になっても帰る気がない程度には学習能力がない、それが俺だ。


「しょうがない人ですね……私がいないとやっていけないと思いますよ?」


「案外なんとかなるもんだぞ、最近はリサイクルショップもあるしフリマアプリもあるじゃん、そこで商品を買っては売るの永久ループをさせれば大抵生きていけるんじゃないか?」


 生活に必要な物は中古で揃えて使えなくなったらジャンクで売るなり捨てるなりする、そのライフサイクルで俺の生活はしっかりと出来ている。幸い新品でないとならない食品などはスーパーもあるしな。


「経済を回しましょうよ……お兄ちゃんのところで経済がドン詰まってますよ」


「俺は灰色の生活に満足してるんだよ、無理して直射日光に晒さないでくれ、脳みそが感光してしまうだろうが」


「お兄ちゃんの頭は銀塩フィルムですか……? 私がたまには連れ出してあげないとお兄ちゃんにはなにも記録されませんからね、ちょっと出てきますよ!」


 そう言ってギュッと握った俺の袖を引っ張って玄関に向かう。俺が陰キャなのは生まれつきであって、そんな矯正してやるみたいなことを言われても生来の陰キャには何の影響も与えないと思うぞ。


 可愛げのない妹だが休日くらい付き合ってやるか……なにより俺の方が日光を嫌いすぎて最低限しか浴びていないのでビタミンDが不足しているような気がする。今日はのんびり商店街でも巡るとするか。


「落ち着けよ、ちゃんとついて行くからさ。ところで行き先は商店街でいいのか?」


 俺がそう尋ねると雲雀は偉そうに言った。


「そうですね、デートのメインは明日の日曜に取っておきましょうか。たまには商店街で変わり映えしない景色を眺めるのもいいですね」


「商店街に地味に失礼なことを言うやつだなあ……」


 日本の商店街は大半が寂れつつあることは事実だけどさあ、言い方ってもんがあるだろう……いや、この町の商店街も確かに寂れつつはあるんだけどさ。


「ではお兄ちゃん! 出かけますよ! とりあえずこの前の喫茶店で一杯飲みましょうか」


 喫茶店である、決してカフェなどというお洒落なものではない、この前隠れるような店を発見したのでそこに向かうのだろう。


 玄関ドアが開くと眩しい日光が差し込んできた。陰キャには居心地の悪い光だ。太陽は神が陰キャを焼き滅ぼすために作ったのではないだろうか? そんなことさえ考えてしまうほどに気が滅入る。幸いなのは目的の喫茶店が日陰にあることだろうか。喫茶店にしては珍しく道の込み入ったところにあるので、太陽光が眩しいようなことはない。


「ああ、それじゃあ行くとするか」


 雲雀が俺の袖を握っていた手を離し手のひらに繋ぎ直した。俺に対してどういう感情を持っているのかは分からないが、少なくともそれは愛ではなく束縛のような気がする。愛情というのは自由なものだと思っているので雲雀は確かに俺に自由を与えようなんて気はまるで無いのだろうと思われる。


「お兄ちゃん、こうして二人で歩いているとデートみたいですね!」


「デートってのは恋人のやるものだろう? 兄妹でやるもんじゃない」


「お兄ちゃんは既存の価値観にとらわれすぎだと思うんですよ、もっと私に媚びてくれてもいいんじゃないでしょうか? ああ、これを渡せば媚びてくれますか?」


 そう言って雲雀は林檎のマークの入ったカードを差し出してくる。俺は迷うことなくそれを受け取り『兄妹でデートってのもありかもな!』と言った。現金なものだと言ってくれて構わない、日本は資本主義経済を導入しているのだ、金をもらうなら責任が伴うことくらい知っている。


「やったあ! お兄ちゃんが媚びてますよ! やはり金ですね、資本主義万歳!」


「資本主義だって人間の意志を買い取れるわけじゃないからな?」


「でもお兄ちゃんの意志なら買い取れそうですね」


 くっ、俺の弱点を突いてくる……金に汚いことの何が悪いっていうんだ、時代が共産主義を選ばなかったんだぞ、金をもらった方が正義に決まっている。俺だって金をもらっておいて無責任なことをするわけじゃないのだからこれは正当な対価であるといえるだろう。


 確かに雲雀は暴走気味なところがあるが特別危険な一線を越えるわけではない。兄妹としては正常な関係だと思っている、ちょっと金に汚いだけの兄と、何故かお金持ちの妹というだけだ。


「行こうか、外は春でももう暑いしな」


「そうですね! お兄ちゃんはこんな事をされても平気ですか?」


 ギュッと腕に抱きついてきて胸を腕に押しつける雲雀、世間体とか、見た目とか以前に春にやる行動にしては暑苦しすぎる。この暑さは解熱鎮痛剤を飲んでもやわらがないタイプのものだ。


 俺は喫茶店までの道を歩きながら問いかける。


「なあ、俺と一緒に行きたい理由はなんなんだ? どう考えても友達といった方がいいだろ?」


「愚問ですよ、お兄ちゃんと一緒に行くのに勝る相手がいるはずがないでしょう! しかも今日はお父さんもお母さんも遅くなる。そんな環境滅多にないですよ! まるで十八禁ゲームで都合よくそうなるわけがないでしょという展開ではないですか!」


「えぇ……お前エロゲやってんの?」


 自分の発言に顔を真っ赤にする雲雀。


「言葉の綾ですよ! ちゃんとコンシューマやスマホに移植されたものしかプレイしていません!」


「ギャルゲはプレイしているのか……」


 呆れつつもコンプライアンスをギリギリのラインで守っている雲雀に感心した。俺のような社会悪ではないというのは褒められることだ。人間普通でいるだけでも大変なのだからな。


「お兄ちゃんはギャルゲに偏見を持ちすぎです! 今時はソシャゲがギャルゲ原作のものだって多いでしょう?」


「それはまあ……確かに」


 それは知っているが、原作がギャルゲのソシャゲってサ終が早い気がするんだよな……決して特定のどれかを言っているわけではないのだが傾向としてサ終が早いような気がする、もしくは俺が早期サ終するゲームが好きなだけなのかもしれない。


 俺の趣味が悪いといってしまえばそれだけだが、決して特定の運営が悪いと言いたいわけではないことを強調しておきたい。たまたま時流に乗らなかったとかそう言うどうしようも無い理由程度の事の方が多い。世の中まったくもって理不尽だ。


「お兄ちゃん、入りますよ?」


 おっと、もう喫茶店に着いていたらしい。俺たちは重いドアを開けてどこかアングラな空気が漂う気もしてくる喫茶店に入った。

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