第13話「安息」
今日は妹と一緒に登校をしていない、妹が諦めたかって? もちろんそんなはずもない、今日がただ単に休日なだけだ。
家族団らんとは高校生になると気軽にいかないもので俺は現在自室に引きこもってスマホを弄りながらPCで動かしているサーバを管理している。
「おにーちゃん」
何か後ろから聞こえてくるのを必死に聞こえないふりをして作業を続ける。マイニングも下火になったことだし俺の持っているサーバへの行儀の悪いアタックも減ってくれたし、実質今やっているのはネットの閲覧程度でしかない。
「お兄ちゃん! そんな画面と向き合ってないで妹と向き合ってくださいよ!」
そう言って俺の椅子を回される。机の脚に俺の足が当たって痛い。
「なんだよ雲雀、もう今さら自然に俺の部屋に入り込んでいることを責める気は無いけどさあ……せっかくの休日なんだから友達と遊びに行くとかないのか?」
「休日にスマホとPCをいじっているお兄ちゃんには言われたくないですね」
な・な・な……
「お前言って良いことと悪いことがあるぞ!?」
「お兄ちゃんはこの程度の悪口でダメージを受けているようじゃまだまだですね! 私なんて中学で女子人気の高いいけ好かないチャラ男を振ったら女子からさっきの十倍くらいの陰口をたたかれましたよ」
「えぇ……お前そんなこと言われて平気だったの?」
「私が喧嘩を売ってきた連中を片っ端から潰していったら皆黙りましたよ?」
暴力! 俺の妹はバイオレンス過ぎないだろうか、もう少し平和で穏当な話し合いは出来なかったのだろうか?
「さすがの俺でもドン引きするようなことをやってんなお前……」
しかし雲雀はどこ吹く風といった顔を崩さない。
「ドラッグストアで咳止めの購入を躊躇うお兄ちゃんには分かりませんかね。本当にヤバいやつというのはお兄ちゃんみたいに心にブレーキを持っていないのですよ!」
「おまっ!? それを持ち出すのは反則だろう! 人間一つや二つ心に闇を持っているものだろ!」
「ええ、そうですね。『誰もが』心に闇を持っている、単純な話じゃないですか。お兄ちゃんがそうであるかのように私にも心に闇を飼っているだけですよ」
妹の心の闇は見たくないなあ……俺なんて実行はしていないのだから、浅い好奇心程度でしかないのに、コイツはどこまでも深い闇を湛えたような目をしている。その深淵を覗き込もうとしたら雲雀が顔を赤くして『あんまりジロジロ見ないでください』とそっぽを向いた。
しかし妹の心の闇を見るには十分すぎるほどの時間があった。雲雀が一体何を考えているのかは分からない。しかしきっと俺ごときでは受け止めきれないよう悩みを持っているのだろうと思い知らされた。俺では及びもつかないような深い深い闇を持っている雲雀は俺の手に余る。兄なら妹を助けるべきなのだろうが、どうにも出来ないことだってある。
「なあ雲雀、お前って案外重いよな」
雲雀は顔を真っ赤にして怒り始める。
「重くなったとはなんですか! 私の体重はきちんと適正値を維持していますよ!」
「いや、そういう意味じゃなくてさ……重い事情を持ってるよなって意味だよ」
「それはそれで私的には不服なんですがね……」
不満そうだが、実際俺に大きな負担をかけている以上言い訳も出来ないだろう。
「というか私からすればお兄ちゃんが死に急ぐような生き方をしている方がよほど問題だと思うんですけどね?」
「俺は死に急いでないよ、ただその場しのぎに過ごしていると結果的に寿命が縮むようなことをするだけだ」
雲雀は部屋にあるいろいろな道具を見てから言う。
「忠告しておきますがね、刹那的な生き方をしているといずれ死にますよ?」
俺は鼻をふんと鳴らした。
「人間なんて生きていればいつか死ぬもんだ、俺はお前より先に墓に入りそうだってだけだよ」
雲雀は酷く悲しそうな顔をした。別に俺の後始末をしてくれと言っているのではないのだからコイツが悲しそうな顔をする理由など欠片も無いはずなのにな。
「私はお兄ちゃんの訃報を見ることになるんでしょうか……?」
「さあな、人生なんていつ死ぬかわかんないもんだよ、気にしたら負けだろ」
『訃報を見る』か……看取ってはくれないんだなと少し残念に思った俺がいることが少し意外だった。死んだあとのことなど気にもしないはずなんだがな。
「なあ雲雀……」
「なんでしょうか?」
「ちょっと部屋から出て行ってくれるか?」
「お兄ちゃんは今まで気にもしていなかったじゃないですか、兄妹二人が一つの部屋に……なにも起きないはずもなく……」
「なにも起きないからな?」
俺の断言に雲雀は黙り込んだ。そして『ちぇ……』と言って部屋を出て行った。俺は机の引き出しを開ける。至って合法の飲み物の瓶が入っている。この飲み物が何故合法なのだろうかと不思議に思うものだが、世の中には大人の事情があるらしい。闇が深いな……
もっとも、家族がいるというのにこんな飲み物を持っている時点で俺も大概闇が深い人間だと思う。サイダーを一本冷やしておけば気持ちいいという感情を体感出来るわけだ。まあコイツは最終兵器みたいなもので、何もかもどうでもよくなったときに飲むための一本だ。これを開けるのはいつになるのだろうか? 遙か先のことになるのか、あるいはすぐ直近で世の中がイヤになるのか、それは分からないが、雲雀の面倒を見てやれるほど俺には余裕がなかった。
引き出しを閉じてダイニングに向かった。両親二人が揃っており、二人は食べ終わっているようだったが、雲雀は俺を待っていたのだろう、トーストに手をつけていない。
「遅かったわね? 大丈夫かしら?」
「母さん、平気だよ」
俺は食事をはじめ、ようやく雲雀もトーストとスクランブルエッグに手をつけはじめた。そして食べ終わったところで母さんが宣言した。
「じゃあ私はパパと二人で映画を見てくるからあとはよろしく」
そう言って二人で席を立ってバッグを手に取り両親揃って二人で玄関に行った。
「仲良きことは美しきかな……ってやつですねえ……お兄ちゃんも憧れませんか?」
難しいことを訊ねてくるやつだ。
「まあ悪い事じゃないだろうな……憧れは……しないかな」
「お兄ちゃん、相手が両親だからって無理して否定はしなくてもいいんですよ?」
どうやら雲雀は俺が憧れない理由を両親だからだと思ったらしい。
「違うよ、俺には到底たどり着けない眩しさに憧れはしないってだけだ」
「お兄ちゃんは時々わけの分からないことを言いますね……」
きっと分からない方がいいのだろうし、分かってもらおうとも思わない。
「せっかくの休みだ、俺は寝るから雲雀は精々有意義に過ごしてくれ」
俺がそれだけ言って俺は部屋に戻ろうとしたのだが、ガシッと腕を掴まれ雲雀の胸に押しつけられる。
「お兄ちゃん? 時間は有意義に使いましょうって小学校で習いませんでしたか? 今日は一日私に付き合ってもらいますよ?」
どうやら俺の平和な休日はまだまだやってこないらしい。土曜日の朝から予定をミッチリ入れられるのは敵わないなと思った。
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