第12話「暗影」
「お兄ちゃん! 迎えに来ましたよ!」
やはりというかなんというか、ホームルームが終わり次第雲雀は上級生の教室にやってきて堂々とそう宣言した。やっぱり来たか……というのが正直なところだ、来ないとは思っていなかった。悪い方への予感は大抵当たるものだ。
「雲雀、クラスメイトに一緒に下校する人はいないのか?」
「いや、お兄ちゃんとは一緒に住んでるんですから最後まで一緒に帰れるお兄ちゃんと帰るのは合理的じゃないですか」
合理的……なのか? 断言されてしまうとそうなんじゃないかと思えてくる。妹の自信は一体どこから来ているのだろうか? コイツは自信だけは誰よりも持っているような気がする。俺には絶対にたどり着けないような意識の高さを持っている。
「雲雀ちゃん、葵が困ってるでしょ?」
「お兄ちゃん! 私が側に居ると迷惑ですか?」
「迷惑って事はないけど……」
「ほら! お兄ちゃんは迷惑じゃないって言ってますよ! 私は真希さんとは違う人間なのですよ!」
ピシリと空気が凍った。平然と陽キャ台表のような真希に平然と喧嘩を売っていく雲雀には、相手は下級生にもかかわらずクラスの人間の大半が逃げたり顔を背けたりしていた。
「分かったよ! 分かったから一緒に帰ろう! な?」
雲雀は高輝度LEDよりもはるかに明るい顔になって俺の手を引く。もはやクラスメイトには欠片も興味が無いような様子だった。
力強く引っ張られて学校を出ることになった、そこでようやく雲雀のやつは俺の手を引く力を緩めた。安心したところで急に手を離したかと思うと俺の手を握った。
「こうして手を繋ぐのも久しぶりですね」
「そうか? お前いっつも俺の手に引かれたり俺の手を引っ張ったりしてたじゃん」
「はぁ~~~~~~~~~」
雲雀は長い長いため息を吐いて俺に言う。
「いいですか? お兄ちゃんと下校するときにこうして手を繋ぐのが久しぶりと言っているんですよ、一年、お兄ちゃんと別の学校に行くのは非常に寂しいことでした。私の心は寂寞で押しつぶされるところだったんですよ? それがこうして誰に文句を言われることもなく一緒に帰れるんですから嬉しいのは当然でしょう?」
よく分からないな、一年の時だって休みの日はしょっちゅう雲雀に引きずり回されたものだ、その時の力といったら剛力無双とでもいうべきか、その小さな身体のどこから力が出ているのか分からないほど俺を力強く引っ張って町を巡らされたものだ。
この町にはスーパーと僅かな娯楽施設しかないのにそれを制覇すると豪語して俺を引っ張っていたじゃあないか。それが下校時にまで引っ張られるようになっただけじゃないか。一体何が特別だというのだろう。
「俺と一緒に下校するより大事なことはたくさんあるだろうが……」
「無いですね! お兄ちゃんから目を離すと妙な女がついてくる可能性がありますからね、私がきっちり見張っておかなければなりません!」
やっぱり嫌がらせが目的じゃないか……俺が何か悪いことをしたか? 妹に男女交際の邪魔をされるほど恨みを買うようなことをしたとは思えないんだがな。
とはいえ、雲雀もそこまで暇ではないだろう。俺を一日中監視するなど飽きるに決まっている。そんなことをしていないでもう少し有意義なことに時間を使うだろう。
「はいはい、頑張って監視してくれ、飽きたらいつでもやめていいからな?」
「よっしゃああああああああ!!! お兄ちゃんの許可が出ましたよ! 二十四時間監視が出来ますよ!」
アレ? もしかして俺は言ってはいけないことを言ったのだろうか? そう遠くなく飽きるであろう行為だが、一年や二年くらいは続くかも……いや、飽き性な雲雀のことだからすぐに飽きるだろう。大丈夫大丈夫……
「雲雀、毎日俺を迎えに来る必要は無いからな? 俺だって一人で帰ることくらいできるんだからな?」
「それは分かっていますよ、問題は『私以外と』帰る可能性があると言うことです」
誰と帰るかくらい好きにさせてほしいものだが雲雀は意地でも納得をしないようだ。俺が一緒に帰る人ができる可能性を潰しておきたいようだな……俺は一人きりで学校生活をしろと言いたいらしい。
そんな悲しい嫌がらせを認めるわけにはいかないので抵抗を試みる。
「お前だって忙しいだろ? 俺にそんなに構う必要は無いんだぞ?」
「いえいえ、お兄ちゃんが不純異性交遊をしないかどうか私がしっかりと監視をしておかなければなりませんから、あまりお気になさらず、ごく普通のぼっち生活を送ってもらえれば私も文句は無いんですよ?」
「お前……俺に寂しい生活をおくれって言うのか……」
しかし雲雀は首を振って答える。
「お兄ちゃんには私だけが居ればいいんですよ、むしろ兄妹の生活に不純物を混ぜるべきだとは思わないんですよね」
父さんと母さんがいないから好き放題言っているようだが、一切の遠慮が無い。俺にとっては雲雀の世話はあまりにも重荷だ。そもそも雲雀は俺のことをそんなに気にかけていただろうか? 少し思いだしてみると俺の後ろをトタトタとついてきていた妹の姿が頭に浮かんだ。確かにコイツは俺がいないと危なっかしくて仕方のないやつだったな。
「雲雀、そこまで俺に誰かと付き合って欲しくないのか?」
その言葉に雲雀は食ってかかってきた。
「当たり前じゃないですか! お兄ちゃんと一緒に下校出来なくなったり、お休みに一緒に遊びに行ったり出来なくなっちゃうじゃ無いですか!」
「いや……それクラスメイトでも同じ事だよな?」
別に俺がやる必要が無いのではないかと思えてしまう。だってそれは全部クラスメイトの友人に任せれば済むだけの話じゃないか?
そもそも俺に休日の余暇活動まで付き合わされると疲れ切ってなにも出来ないのだが……いつもしれっとしている雲雀のバイタリティは見習いたいものがある。
「私のお世話をするのはお兄ちゃんの役目ですからね! 兄は妹のお世話をするものだって古代から言われてきたそうですよ」
しれっと暴論をぶつけてくる雲雀、屁理屈を通り越している。この超理論を前にして俺は言葉に詰まった。雲雀はそれを論破したとでも思ったのだろう、大きく胸を張ってドヤ顔で俺を見た。
「ふふふ……お兄ちゃんとはずっと一緒ですよ……なんなら老後のお世話までお願いしたいですね」
「未来を見据えすぎているよ!」
老後って……お前まだ高校生だろうが、なにを遠い未来の事を考えてるんだよ!
「とりあえず老後は俺の方が先に死ぬだろうから俺に頼らない方がいいと思うぞ?」
「お兄ちゃんは私が長生きさせてあげますよ、どんな手を使ってもね……」
雲雀が恐ろしく思えた。『どんな手を』使ってもと言っているが、目が据わっており本気でどんな手段でも取りそうな様子だった。
「ただいま、二人とも仲良くしているか?」
「もう! お父さんは私たちを子供扱いしすぎなんですよ! お兄ちゃんと喧嘩なんて今日日しませんよ!」
父親の介入によってこの議論は終了した。しかし雲雀は俺に対する決意は微塵も感じていない様子だった。
呆れながら俺はリビングから出た。部屋のベッドに飛び込むと柔らかな感触で眠気を誘ってくる。その日はなんとかお風呂にだけは入ってその後ベッドに一気にダイブした。意識の方が雲散霧消していった。
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