第16話「書店」

「あら? 雲雀ちゃん!」


 書店に入るなり出会ったのは真希だった」


「なんですか……真希さんは陽キャなんだから川の中州でBBQでもしているかと思ったんですがね」


「陽キャへの偏見すごくない!?」


「雲雀、陽キャでも中州でBBQはしないだろ、普通に河川敷でやってるくらいだ」


「葵も地味に偏見があるわね……」


 だって真希が文学少女なんてがらではないことはなんとなく分かる。コミュ強だからといって本を読んでいるわけではないだろう。むしろ陽キャのポジションを維持するために服やスマホの代金に充てそうなものだ、全くの偏見なのだが陽キャは知識を蓄えるための努力をしていないようなイメージがある。


「ああ、それともファッション誌でも買おうとしてたのか? スマホで済ませてるかと思ったんだが」


 ハイブランドのファッションに身を包んで言い値をたくさんもらうために写真を撮っている人はいる。理解は出来ないが俺だってふぁぼがもらえると嬉しいのでそう言う価値観があることは否定しない。


「違うわよ! 普通に小説を買いに来たんだけど? 私が買うとおかしいの?」


「おかしいですね、パリピは未成年飲酒をして大騒ぎしているでしょう、陰気に小説を読むなんて趣味はないはずです」


 雲雀の意見は偏見がありありとしているが、正直俺も少し思ったので黙っておいた。


「最近芥川賞の発表があったでしょう、それをかいに来たのよ」


「へえ……純文学か、意外だな」


 偏見でしかないがそう言うものを読むキャラでは無いような気がしていたので驚いた。ちなみに俺は基本的に電子書籍派なのでなにを読んでいるかは雲雀に知られていないはずだ。知られて困るものを読んでいるわけでもないがな。


「なによ? 葵も意外だって言いたそうね?」


「少なくとも紙の本を買っているのは意外だな、スマホで読むのかと思った」


 電子書籍でこっそり読むのは陰キャの特権だと思っていた。昼休みにスマホを弄りながらアプリで本を読むなんてのは陰キャくらいしかしないだろうと考えていたのだが……まさか紙の本を買うとは……


「紙の本なら母さんがお金を出してくれるのよ……プリペイドカードだと本以外も買えちゃうでしょう? そっちにはお金を出してもらえないのよ」


 ああ、教育に良い本ってやつか。そういう本は勧善懲悪ものばかりだが芥川賞を受賞したものを買いに来たって言ってたよな? あの賞を取った作品で道徳の教科書に載るようなものはなかったはずだが……


「それより二人とも本を買いに来たの? 私が選んであげようか?」


「いや……読む本くらい自分で選べ「私が選書しますので問題ありません!」」


 俺にかぶせるように雲雀が断言した。金を出すのが雲雀なら文句は無いのだが、誰かに選ばれた本だからと言って必ず最後まで読むわけではないぞ。


「雲雀ちゃんの選書って……不安しかないんだけど」


 真希のもっともな意見に雲雀は反論する。


「お兄ちゃんには名作妹モノラブコメをオススメしますよ、実妹モノは少ないですからね、お兄ちゃんに最後まで読んだら実は義妹だったなんて展開の本を読んでもらっては困りますからね!」


 なんだかズレたことをいう雲雀、お前は本当にそれでいいのか? 自腹を切るのだろうが兄に妹モノのラブコメなんて読んでほしいのだろうか? どうにもコイツは理解に苦しむところがあるな。世間一般の感覚は不明だが、兄に金を出す妹というのが一般的でないことは分かる。


「あのさあ、別に俺が自分で金を出してもいいんだぞ? 本くらい自分で選べるよ」


「ダメです!! 絶対ダメです! お兄ちゃんが姉モノやクラスメイトものなんかの邪道な作品に心惹かれてはならないので私がしっかり案内します!」


「雲雀ちゃん、自立心って大事だと思うわよ?」


「依存上等ですよ! 私ならお兄ちゃんの全てを受け止めて手に入れてあげますからね!」


 何故俺はここまで雲雀に執着されているのだろう? 決して良い兄であるとは言えないと自分で思っている。兄として当然のことはしてきたがそれは兄の義務のようなものだ、俺が褒められるようなことはしていない。


「ほーら、クラスメイトがこんなことしたら生徒指導案件でしょう? なんと妹なら出来ちゃうんです!」


 そう言って俺の腕に抱きつく雲雀。結構な大きさの膨らみが腕にむにむに当たる。妹のものでなければあるいは興奮出来たのかもしれない、しかし今当たっているのは雲雀だ、なんだかこれに感情を動かされたら負けのような気がする。


「ぐぬぬ……」


 真希はなんだか渋い顔をしている。もはや本などどうでもいいような言い合いになってきて周囲の視線が痛いので、トラブルの原因の雲雀に声をかけた。


「雲雀、早く本を選んでくれ、お前はきっと良い本を選んでくれると信じてるぞ」


「お兄ちゃん……」


 よし! とりあえず黙ってくれた。真希の方は『ゴメンね、ちょっとイラッとしたわ』とだけ言って退店していった。雲雀は俺の手を引きながらラノベコーナーに連れてこられた。ちなみに一般小説でも近親相姦を平然とやっている者があるのは知っているが、そういった露骨な描写のないラノベを選んでくれるのは僅かばかりに残った雲雀の良心ではないだろうか。


「とりあえずこれは外せませんね、……こっちは義妹ものでした……こっちはちゃんと実妹で……これは……どうしますかね……義妹を匂わせているんですよね……はっきりしないのは困るんですよね」


 何やら熱心に選んでいらっしゃる。俺はこんなものを渡されてもどうしろっていうんだよと文句を言いたいだけだった。俺の財布からは一円も出て行かないが、妹モノって読んだことないんだよなあ……ラノベの一ジャンルになっているのは知っているけどさ。


「私のチョイスはこんなところですね、実妹入門モノで揃えてみました」


 実妹入門ってなんだよ……わけのわからないジャンルを選択して俺に押しつける。ちなみに雲雀が俺の実妹であるということと組み合わせて考えるのはやめておいた。深く考えるとなんだかむず痒い感じがしてしまうからな。


「ではレジに行きましょうか!」


 意気揚々と会計に向かう雲雀に対して兄に妹モノを買うのはどんな気持ちだ? と聞いてやりたくなった。


「お会計は任せてくださいね! 資金は存分にありますので」


 そもそも妹モノを選んだのは雲雀であって、俺が欲しいものでもないのに恩着せがましいなと思う。


「レジ袋はご入り用ですか?」


 むき出しで持ち歩く勇気はないので当然必要なのだが……


「ください!」


 雲雀はさすがに袋をもらう気のようだ。


「紙袋とビニール袋がありますがどちらになさいますか?」


「ビニール袋に入れてください」


「かしこまりました」


 なんとなく選んだのだろうと思ったのだが本を袋に入れてもらって気がついた。ビニール袋だが『透けている』のである。つまり書店から自宅まで妹モノのラノベを半透明の袋に入れて持ち帰らないとならない。羞恥プレイかな?


「では帰りましょうか!」


「えっと……これは俺が持つのか?」


「もちろんですよ! 私の吟味した書籍ですからね、大事にしてくださいよ?」


「はいはい、もう好きにしてくれ」


 俺はヤケになって堂々とラノベを手に提げて帰ることにした。クラスメイトに出会うかもしれない場所で買わせるあたり雲雀も本当にいい性格をしている。結局、帰宅までクラスメイトと出会うことはなかったのが幸いだったと言っていいだろう。


 帰宅後、部屋の本棚に雲雀のチョイスを並べて、一応買ってもらったものだし……と思い単巻完結しているものを読んだのだが、感動を禁じ得なかった。これは泣けるラノベだと思ったのだが、雲雀もこのくらい控えめの性格ならなあ……と心から思ったことは黙っておいた。

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