第4話「愉悦」

「いらっしゃいませ、お好きな席にどうぞ」


 俺は雲雀に手を引かれるまま駅前のカフェに着いた、いや、喫茶店と言った方がいいだろうか、少なくとも時代を感じるものであったし、カフェと呼ばれる場所のように魔法の詠唱のような注文方法は必要無い。


 俺たちは席について雲雀はメロンソーダを、俺はコーヒーを注文した。


「なんでメロンソーダなんだ? 余計に喉が渇くだろ?」


 メロンソーダは喉の渇きを癒やしてくれないと思っている。ソーダは甘味料が多すぎる、そのため俺が注文するときは砂糖抜きで頼んでいる。ここまで来るために消費した水分を考えればそのくらいは必要だろうと思う。


「私だって二杯目は紅茶にしますよ、ま、ちょっと待っててください」


 割とすぐに飲み物が二杯運ばれてきた。それに手をつけようとするとガシッとてを雲雀に掴まれた。


「お兄ちゃん! ステイ! ステイ! 待ってください!」


 手を引っ込めて訊ねる。


「何だよ一体?」


「お兄ちゃん、口をつける前にカップを手で持って私のメロンソーダの隣に差し出してくれますか?」


「こうか?」


 雲雀のソーダのとなりに俺はコーヒーカップを差し出した。


 パシャリ


「よしよし、なかなか良い感じになりましたね、あとはエフェクトですが……」


 どうやら写真を撮ってアップロードしたかったらしい。俺も顔を撮影されたわけでもないので気にしないことにしよう。


 俺はコーヒーを一口飲んでから雲雀に聞く。


「なあ、写真を撮る必要あるのか? 目で見れば十分だろ?」


「お兄ちゃん! そんな前時代的な意見を出すのはどうかと思いますよ、今の時代は見た目も重要なんですよ!


 そういうものか……だからこそ雲雀は色として目立つ、緑色のメロンソーダを頼んだのだろう。


 写真を撮影してエフェクトを必死に選択している、その間にもうすでに俺のコーヒーは半分ほどになり、雲雀がSNSに上げるのにあれやこれやと思案している問題が馬鹿馬鹿しく思える。


 俺は熱心にスマホをにらんでいる雲雀を見てから表に目をやった。商店街が広がっているが、それなりに閑散としている。駅が出来たら栄えるというものでもないらしい。もちろんJRのような大企業が運用している駅ではないが、一応生徒の中には汽車を使って登校しているやつもいる。一本逃せば一時間コースの待機をさせられる駅を作っておいて、自家用車より公共交通機関を推奨するのは正気の沙汰だとは思えない。役人達の考えることは妹の考えることより理解しがたいものがある。


「お兄ちゃん! アップロード出来ました! 早速ふぁぼがついてますよ!」


 そう言って俺にスマホを見せる雲雀、インスタオンスにアップロードされた写真には『#デート』とタグ付けされていた。俺に彼女持ち疑惑が出るのではないかと思ったが、よく考えてみるとアカウントは雲雀のものなので、誤解されるとしたら雲雀になるだろう。だったら気にする必要は無いのかもしれないな。しかしあんなタグをつけた理由は何だろう? 見栄か?


 ズズズー!!!


 擬音が見えそうな程の勢いで雲雀はメロンソーダをすすって紅茶を注文した。見栄え以外はあまり気にしていないようだな。


 アイスティーが運ばれてくると、先ほどは使っていたストローすら使わずグラスを手に取ってがぶ飲みしていた。喉が渇いているのにやせ我慢をするのがSNSで成功する秘訣なのだろうか? もしもそうだとしたら俺は多分バズることは永遠に無いのではないだろうか。


「雲雀、喉が渇いてるんだったら素直に喉に良いものを頼めよ」


「でもメロンソーダは美味しいですよ?」


「それは否定しないが……」


 飲むことより映えを重視している雲雀のことは俺には理解不能だった。ただ、なんとなく俺が連れ出された理由が分かった気がした。『彼氏役』だろう、そう考えれば辻褄が合う。一人で出かけると二人前頼んで写真を撮っている人になるし、やはり人の視線というものもあるのだろう。俺がついていれば一応二人でいるという点については嘘にならない、恋人であるかどうかはまた別問題だ。


「ふぅ……美味しいですね。お兄ちゃんのコーヒーも一口もらっていいですか?」


「ほら、砂糖もミルクも入ってないぞ」


 俺が温くなったカップを雲雀に差し出すと、おずおずと受け取ってコーヒーをすすってじっくり味わった末に『苦いです』と言った。そりゃあ砂糖が入っていないのだから当然だろう。


「砂糖もミルクも入ってないと言っただろ、苦くて当たり前じゃん」


「お兄ちゃんはスポンサーに配慮してガムシロップとミルクを大量に入れるように注文しておくべきです!」


「スポンサー特権を持ち出すのはズルいぞ! それを言い出したら俺が勝てるわけ無いじゃん」


 雲雀はスッと一枚のカードを差し出してきた。スマイルマークの書かれているそれは誰がどう見ても間違いなくギフト券だった。


「済みませんコーヒーをもう一杯、砂糖とミルクたっぷりで」


 プライドなんてものは高貴なる連中の特権なんだよ! 俺みたいな連中にはこれを出されると反論しようかなという気分がするするとしぼんでいく。なんとなく選挙で賄賂を送る悪徳政治家の気持ちが分かった、確かにこれは効率よく票が集まる方法だな。


 俺はそっとカードを受け取ると裏面のシールを剥がし、スマホでスキャンしてプリペイドコードを読み取った。千五百円の残高が俺のアカウントに追加される。現ナマではないが俺にとってそれは言うことを聞くには十分すぎる理由になった。


 砂糖とミルクたっぷりのコーヒーがすぐに運ばれてきて、それを雲雀はゆっくりと優雅に飲んでいた。さっき必死に写真映えに必死だったようには見えないな、その点は素直に感心するよ。それがいいことなのかは分からないがな。


「さて、コレからどこに行きますかね……商店街はあまり良いものを売っていませんし、やはり町まで……」


「雲雀、時刻表を確認してみろ」


 そう俺が言うと、雲雀は駅の時刻表を撮りだしてから今の時刻を見て驚きの顔になった。


「次はもう夜になるじゃないですか!」


 チェックしておかないお前が悪い。この小さな田舎町に電車が数分おきに来るような都会的なダイヤを期待されても困る。この町では一本逃せば一二時間は待たされるのが日常だ。


「お兄ちゃん! どうして教えてくれなかったんですか!」


「さっき汽車が出ているときにエンジン音ガン無視で写真を撮影してたのはどこの誰だよ、そもそもこの町には電車じゃなくディーゼル車が走っている時点で不採算路線なのは分かるだろ、そこで汽車が頻繁に発着しているとでも思ったか?」


 駅があるから電車が走っているとは限らない、都会じみた人には理解出来ないディーゼル車が未だに走っているこの町ではそんなに発着は多くない。そもそも時刻表ではセーフだった時間にここに来たのに写真に必死になって時間を潰した雲雀が悪いとしか言いようがない。


「うぅ……せっかくお兄ちゃんを連れ出したのに……」


「諦めて商店街を眺めて帰ろうぜ」


 俺はプリペイドカードをもらっているので収支プラスだ。いくら雲雀がスポンサーだからといっても、汽車を走らせるほどの金は無いので町まで出るような時間は無い。補導覚悟で出るようなアホなことはしないと俺は雲雀を信じている。モラル的にアウトなことはしないのが雲雀という妹だ。そういう方向への信頼感はしっかり持てるのが俺の妹だ。


「しょうがないですね……とはいえ、商店街にはアパレルもグルメもないんですよねえ……」


「諦めろ、ここで写真は撮ったろう? 一日に何枚もベストショットが撮れるわけないだろう」


 雲雀は納得こそしていないようだが汽車の時刻表というどうしようもない根拠を持ち出されたので諦めてドンとカップを置いた。


「じゃあお兄ちゃん! デートの続きをしますよ!」


「デートじゃないだろ……」


 俺の恋人が雲雀になったら、俺の『高校に入ったら彼女を作る』という目標が潰えてしまう。人の視線が痛いものだ。


 そして俺たちは駅前の商店街を歩いて行った。これといって代わり映えのしない景色が広がっている。日常的に利用している場所がそんなに変化したらおかしいので当然だろう。


「とりあえずコロッケでも食べましょうか、お兄ちゃんと買い食いというのも良いものです」


 そういって肉屋の方へ向かっていった。コロッケの買い食いならコンビニで簡単にできるだろうとは思うのだが、餅は餅屋ということでやはり肉屋の作ったコロッケの方が美味しい。そこまで雲雀が考えているのかは知らないが、俺たちは肉屋に向かった。


「おばちゃん! コロッケを二つ」


 おばちゃんは俺たちにコロッケを手渡しながら言う。


「二人とも仲が良いわねえ……」


「でしょう! 私とお兄ちゃんは相性がいいんですよ」


 金の力で連れ出されたことについては黙っておいた方がいいんだろうな……プリペイドカードを餌に外に連れ出されたというのは俺としても外聞が悪い。妹のヒモというのは不名誉なことだろうと思う。


 公園に座ってコロッケを二人で食べる。ここで日本酒を飲んでいたら無職のテンプレのような行動だと思う。


「せっかくお兄ちゃんを連れ出したのにこの失態……私としたことが……」


「そんな気にするなよ、俺はのんびりしているのも好きだぞ」


「私としてはもっと雰囲気のいいデートを楽しみたかったんですよ!」


「デート?」


「え!? デートじゃないんですか?」


「いや、兄妹でのお出かけだろう?」


 妹は思いきり肺の空気を吐き出すため息をついて諦めたようにコロッケをかじった。


「お兄ちゃんは……いえ……お兄ちゃんは昔からそうでしたね……」


 何か思案した様子を見せてから立ち上がって雲雀は言った。


「帰りましょうか、私たちの家に!」


「そうだな、もう日も沈んできたしな」


 こうして俺たちは家に帰った。帰宅後一通りのことを終え就寝前にPCの前に座って考えた。『妹の垢を特定するべきだろうか?』という重要な命題について思考する。気になると言えば非常に気になるのだが、何故か俺の本能が『知らない方が良いこともある』と告げていた。俺はしばし考えた末に机の上のラップトップをシャットダウンして寝ることにした。そう、世の中に走らない方がいいことは存外多いものだ。きっとコレもその一つなのだろう、根拠は何もないが俺の頭脳のもっとも原始的な部分がそれに触れるのは危険だと警告を出していたのでそれに従うことにした。

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