第3話「逢引」

「ねえお兄ちゃん、相変わらず恋人はいませんか?」


「いねーよ、誰のせいだ誰の……」


 ガッツポーズをする雲雀、コイツには人の心が無いのだろうか? 兄のセンシティブな部分に遠慮なく突っ込んで来やがって、大体誰のせいで……いや、俺のせいだな。そこを人のせいにするのは良くないか。あくまでも俺が持てないのは俺の責任だ、誰かのせいにするほどみっともないことはしない。


「ねーねーお兄ちゃん! よければ可愛い妹が一緒にお買い物に行ってあげますよ?」


「どーせ何かせびるつもりなんだろ? その手には乗らないぞ」


「お兄ちゃんにせびるほどのお金がないことは承知の上ですよ?」


 悲しくなるようなことを言う雲雀、なにが悲しいってその発言が図星だと言うことだ。確かに現在そんなに金は持っていない。この前新刊の漫画を買うために密林ギフト券を購入したばかりだからだ。


「どーせお兄ちゃんが月末に金欠で困っているのは知っていますからね! 今回は私の奢りでいいですよ? それでも嫌ですか?」


「うっ……」


 確かに俺は現在金欠だし奢りとなればありがたくもある。しかし妹に奢られる兄というのはどうなのだろうか? 情けなくはないだろうか? なんだか兄としてのプライドなどなどが酷く傷つきそうな気がするのだが、背に腹はかえられない。奢りで一日遊べる、こんな素晴らしいことがあるだろうか?


「分かったよ、付き合ってやる。それで何を買いに行くんだ?」


 出来れば俺の欲しいものも売っている場所がいい。とはいえ悲しいかな、田舎には交通機関を使わないとまともな買い物が出来る場所が無い。雲雀がはるばる遠征に出るかどうかは分からなかった。


「では町に行きましょう! 駅前なら多少は商店もありますしね」


 この町の駅前に期待しすぎだろうとは思うのだが、実際駅前にはカフェくらいはある。問題点としては駅まで徒歩で三十分ほどかかることくらいだろうか。


「じゃあ駅前で計画をしてから汽車で町まで行くか」


「そうですね! お兄ちゃんと一緒にお買い物に行けるチャンスですからね!」


 別に俺の懐が痛むわけではないので構わないのだが、俺にものを買い与えて何が嬉しいのだろうか。理解に苦しむ妹だな。


「では行きましょう! 善は急げと言いますしね!」


「この格好でか?」


 現在の俺の格好はスウェットだ。楽だもんな、スウェット。色気の欠片も無いが、妹と出かけるのに見栄えを気にする必要も無いか。


「お兄ちゃんはとりあえず下はデニムに、上は何でもいいからシャツを着てきてください! 私と一緒にいるときは多少なりにも身なりに気をつかってください!」


「分かったよ」


 妹の考えていることは分からないな。とにかく着替えればいいのだろう。身なりに気をつかったことはほぼ無いのでロクな服を持っていない。まあ最低限外に出られる服にすればいいだろう。


 自室に入って適当な服を選ぶ。下はジーンズで……シャツならなんでもいいって言っていたけれど……フルグラフィックはやめておこう、キレ散らかす雲雀の姿が目に浮かぶようだ。フルグラフィックが悪いわけではないよ? 妹が外出してもいい服って言っていたからね? 観賞用で外出するのはちょっとな。


 無地の黒シャツを着てリビングに出た。


「葵、デートか?」


「まあまあ……あの葵がデートね!」


「父さん! 母さん! 違うって! 雲雀と出かけるだけだよ!」


「そういえばあの娘もお洒落をしていたわねえ……」


 デートだったらどんなに良かったか、実際は妹のヒモみたいな行為をしようとしている。こう言うと自分のクズっぷりがよく分かるな。


 両親にそう言って玄関に向かうとよそ行きのファッションに着替えたワンピース姿の雲雀が待っていた。


「お兄ちゃん、遅いですよ。迷うほど服を持っていないでしょうに、なにを悩んでたんですか?」


「妹と出かけるのにフルグラフィックTシャツはアリかナシかですこし……」


「その様子だとナシになったようですね、偉いですよ正解です、何ならその選択はスウェットよりもアウトですよ」


 どうやら正解の選択肢を選ぶことが出来たらしい。コイツの基準はよく分からないな、この服だって、ただ単に着替えを考えるのが面倒だから五着買っているだけの、部屋着同然のものだぞ。


 妹のご機嫌伺は煩わしいな、コイツの心が読めたらどんなに楽だろうかと思う。残念ながら俺は超能力など持っていない。読心術なんていう魔法のような技術は存在しないのだ。きっと人の心なんてものは脳をスライスして電子顕微鏡で覗いたとしても微塵も理解出来ないだろう。


「じゃあ行きますよ! とりあえず駅前まで行ってからなにをするか考えましょう!」


 そうして手を引かれ玄関を出る。うららかな日差しがやや強く皮膚を刺激する。陰キャには日光が天敵なんだよ、日傘でもさすか? そんなことをするほど強い日光でもないか。


「なんで日陰を歩いているんですか? 普通妹と一緒に歩くなら自分が車道側を歩くべきでしょう」


 それは恋人間ではそうなのかもしれないが、兄妹間でも同じなのだろうか? コイツは平気で大嘘をつくことがあるし、謎理論で押し切ろうとしてくることもある、気をつけなくてはならないな。


「俺は日光に当たると溶けるんだよ……」


「溶けたお兄ちゃんも見てみたいですね(ニッコリ)」


「鬼畜か?」


 そうして俺は日向に引っ張り出されて車道側を歩く羽目になった。いや、別にいいのだがウチの妹は兄に優しい方ではないらしい。


「お兄ちゃん、はい」


 手を差し出されたのだが金銭の要求だろうか? 今は手持ちが雀の涙ほどしか無いのでお金を要求されても困るのだが……


「今は……お金は……」


「なんでお金の話になるんですか、こうですよこう!」


 そう言って俺の手のひらを強く握る。俺はその手のぬくもりに居心地の悪さのようなものを感じながらも、決して嫌だとは思わなかった。

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