第14話 リンザの危機

「ひぃい!!」


 リンザの悲鳴が響く。

 自分が囮になって、邪神ホシガルの攻撃を引き受けているのだ。


「ゴ、ゴオ! 早くしなさいよね!! 1分だっても持たないわよ!!」


「そうか! 3分耐えてくれ!」


「悪魔ぁああ!!」


 邪神を倒すにはフルパワーは必須。3分間は力を溜めなくては不可能だ。

 とはいえ、


「ひぃいいいッ!! 死ぬぅううッ!!」


 リンザのあの状態じゃあ、邪神の攻撃が当たるのは時間の問題か。


 よし、


「ガオ!」


『はっ。 主人マスターのお側に』


「リンザを助けるんだ」


『承知しました!』


 変化狼のハウルガオはリンザの元へと駆け寄る。

 体をスライムのように変化させて馬の姿へと変わった。


『乗れ、小娘!!』


「その声はガオね! 助かったわ!!」


 よし。

 あの速さなら避けるのは余裕だ。

 もっと深く、精神を集中させて……。


「こぉ……」


 僕の周囲の大気が震える。


「こ、この感じは……。ゴオさんがゴブリンキングを倒した時より凄いです……」


 もっと深く、精神を一点に集中して……。


 ファイヤーボールの芯を捉えるように撃つんだ……。


 瞬間、眼前の火球の真ん中がキラリと光る。


 フルパワー。




「見えた!!」




 正拳突きでファイヤーボールを撃つ。

 台風のような大風が吹き荒れる。


 この技に名を冠するならば、



「真・ファイヤーボール!」



 小さな火球の周りには渦ができ、それが火球の一点に集中。

 それは邪神ホシガルの上半身に命中した。





ドゴォオオオオンッ!!





 轟音とともにホシガルの上半身が消滅した。


「うわあ!! やりましたーーーー!!」

「凄い!! 流石は師匠だ!!」


 リンザはガオから降りた。


「ふっ。やるじゃないゴオ。真・ファイヤーボールの火の玉は豪風でとっくに消滅していたけどね。でも凄い打撃技よ。まさか邪神を倒しちゃうなんて思わなかったわ」


 ん?

 なんだか妙だな。

 敵の気配をまだ感じるぞ?


 と、思うやいなや、邪神の下半身が動き出す。


 まさか、まだ動けるだと!?


 下半身はリンザの頭上に足を置く。


 いかん、あそこまでは距離が遠い!


「リンザ逃げろッ!!」


 しかし、その声は遅い。


ドォンッ!!


 リンザは体を避けたが、その下半身は邪神の足に踏み潰されてしまった。


「ぐぅっ……」


 大量の出血。

 下半身は骨も砕かれて無惨な姿になっていた。


「お姉ちゃん!!」


 邪神ホシガルが下半身を痙攣させる。

 すると、徐々に失った部分を再生し始めた。


 くっ!

 まだ、生きているんだ。


回復ヒール!!」


 アイリィが回復魔法をかける。


「ゴオさん、どうしよう!? 私の 回復ヒールじゃ回復できない!!」


 僕が使えるのも初歩魔法の 回復ヒールだけだ。

 ナナリアは魔法を使えない。

 つまり、リンザを回復することは不可能。


「は……ははは。やっちゃったわ……。ゆ、油断しちゃった……」


「お姉ちゃん喋っちゃダメ!!」


「じゃ、邪神はまだ生きてる……」


 今は上半身を再生中だ。

 僕のフルパワーでも倒すことができなかった……。

 つまり、あの邪神を倒すことは不可能……。


「に、逃げて……ゲホッ! ゲホッ!!」


 吐血。


「お姉ちゃんを置いて逃げれるわけない! 必ず治すから喋らないで!!」


 リンザは僕を見つめた。


「ゴ、ゴオ……」


「なんだ?」


「ア、アイリィは……。ゲホッ! ゲホッ! あ、あんたに任すわ……」


「……わかった」


「逃げ……て……」


「うむ。わかった」


 今はそうするのが得策か。

 戦って全滅では意味がない。


「アイリィ、逃げるぞ」


「嫌です!! お姉ちゃんを助けるんです!!」


 リンザは何も言わず、固まっていた。

 その瞳には精気がない。


「お、お姉ちゃん? ……お姉ちゃんったらぁ!!」


 リンザは何も答えなかった。


「も、もう……。冗談だった起こるよ! お姉ちゃん!」


 下半身は潰れているのだ。

 もう息をしていない。


「嫌よ……。嫌々……。そんなの嫌だよ。お姉ちゃんったらぁああ!!」


「アイリィ」


「お姉ちゃん、お姉ちゃーーーーん!!」


 彼女は泣き崩れた。

 

 しかし、感傷に浸っている時ではないのだ。

 邪神が完全に復活すれば僕たちは全滅なんだ。


「アイリィ、行こう」


 僕は彼女を強引に立たせた。

 アイリィはそれを振り解く。


「1人で逃げてください!! 私はここにいます!!」


「死ぬぞ?」


「だって、お姉ちゃんが……お姉ちゃんがぁああああああああ!! うわぁああああああああああああああ!!」


 彼女は僕の胸に顔を埋めて泣いた。

 その涙が僕の胸を濡らす。


 そういえば、この感情……。




 ──あれは僕が冒険者になる前日。


「え? 父と母が?」


 それはギルド員からの知らせだった。

 不慮の事故で両親は死んだ。


「君のお父さんとお母さんは立派な冒険者だったよ」


「そうですか」


「気を確かにね」


「ええ。全然平気です」


 ギルド員は僕が平気なのを確認して去って行った。


 別に愛していたわけではない。

 顔だってほとんど覚えていない。

 子供の頃から酷い仕打ちを受けてきた。

 だから、本当にどうでも良かったんだ。

 

 その日の夜。

 ベッドに入ろうとした僕の手に冷たい雫が落ちてきた。


「なんだ? 雨漏りか?」


 天井からは水なんか漏れていない。

 頬に冷たい感触があった。


「え? 僕……。泣いてるのか?」


 家族を失うのは、心にポッカリと穴が開いて、なんだかいい気分がしないんだ……。


 あの日、僕が人喰いイモリの胃をぶち破って出た時。僕は号泣していたけれど、父さんと母さんは笑っていたっけ。


「よしゴオ! よくやったぞ! それでこそ我が息子だ!」

「あはは! ゴオ! よくやったわね!」


 大嫌いな親だったけど。

 

 やっぱり……。


 死んだら悲しい。





「お姉ちゃんがぁ! お姉ちゃんがぁあああああ!!」


 と泣くアイリィの手に水滴が落ちる。

 それは彼女の涙ではなかった。


「……え? ゴ、ゴオさん?」


 彼女にすれば意外だったのだろう。

 自分が泣くことも忘れて僕の顔を見つめる。


「ゴオ……さん?」


 僕は目から涙を流していた。



「家族を失くすって、本当に嫌だな」



 悔しさや、悲しさが入り混じった複雑な感情が僕を支配する。 

 瞬間。

 身体中の力が爆発した。

 

 リンザに手をかざすと、彼女は光に包まれる。


「え? お、お姉ちゃんの血が引いてます!? ゴオさんは初歩魔法しか使えないんですよね?」


 僕の体には雷が纏っていた。


「ゴ、ゴオさん……。お、お姉ちゃんが……。お姉ちゃんがぁあああ!!」


「あ、あれぇ? あたし、なんか寝てたぁ??」


「ゴオさん! お姉ちゃんが生き返りましたぁああああ!!」


 その時だ。

 僕の頭上には大きな火球が現れた。


「はわわわわわわわわ!! あれ、ゴオさんが出しんたんですかぁあああ!?」


 それは直径30メートルはあるだろう、巨大な火の玉だった。




「ギ、ギガ……。いや、テラはありますよ! テラファイヤーボール!!」




 不思議な力だな。

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