第8話 弟子入り志願 【後編】

「ナナトナを弟子にすれば、君のパーティーの仲間になるんだぞ?」


「そうよ。それがどうだっていうのよ!?」


「君のことだから、情が湧くに決まっている」


「……そ、そりゃあ、まぁ、そうなるわよね」


「そうなったら、今度は彼女の国を助けに行こう、となるはずだ。隣国パーセナルの国家を敵にするんだぞ? そんな危険なことができる訳がないだろう」


「うう……。そこまで考えていたのね……」


「こんなのはSランククエストに相当する危険度と言っていいだろう。とても、僕たちに務まる一件ではないよ」


 ナナトナは項垂れたまま沈黙。


 やれやれ。


「僕たちはDランクパーティーなんだ。まだまだ、駆け出しでね。そういった案件はもっと強いパーティーに頼むといい」


「……た、頼んで来ました」


「?」


「他のギルドでも、力になってくれそうな人を探して、頼んで来ました! でも、断られるのです! だから、俺は自分で強くなることに決めたんです!」


 なるほどな……。

 彼女の力では強いパーティーには入れないだろう。

 しかも、事情を隠してとなると余計だ。

 自分の非力さに絶望しているのか。


「うう……。ううう……」


 彼女はポロポロと涙を流す。


 やれやれ。

 泣いたところで僕の考えは変わらないさ。


 ナナトナはゆっくりと立ち上がり、嗚咽しながら扉の方へと歩く。


「ゴ、ゴオさん……。彼女、行っちゃいますよ?」


 それは仕方のないことだ。

 一時の感情で危険なことに足を突っ込むのは愚かな行為。

 身の安全が最優先なんだ。

 生きるとはそういうことだろう。


 彼女がドアノブに手をかけた時である。

 ふと、ある考えが過ぎる。


 そういえば……。

 彼女の父は隣国に戦争をしかけると言っていたな……。

 それってつまり、王都ロントモアーズにもその手が及ぶということか。

 こんな重要な話は、他に漏れたら大変だろう。


「待て」


 みんなは僕に注目した。


「君の父親が呪われた話……。他の者にもしたのかい?」


「……いえ。とても、できませんよ。俺の性別を見破ったのもあなたが初めてですし」


「なぜ、僕にしたんだ?」


「信じたからです。……酒場のいざこざがあった時。あなたは壁の修理費を主人に払っていた。あんなに酒場が騒いでいたのに、直ぐに主人の心配をした。それを見て、あなたは信頼できる人だと確信したのです」


「バカらしい。人を信頼しても裏切られる可能性があるんだぞ」


「……あなたは信頼できる人だ」


「フン。くだらないな」


「うう……うううう……」


 彼女は更に泣いた。

 ドアノブをひねる。


「待て」


「ちょっとゴオ! もうこれ以上、彼女を泣かせることはないじゃない!」


「大事なことを言い忘れた」


「大事なこと?」


 ナナトナは嗚咽を我慢しながら僕を見つめた。


 思い出すな。

 あの時も同じことを聞いた。

 




 ──あれは、僕が祖父から魔法を教わっていた時のことだ。


「大事なこと?」


 と、僕は祖父に聞いた。


「うむ。魔法に大切なことはたぎる想いじゃ」

「たぎる想い?」

「気持ちを熱く持つんじゃよ」

「……で、爺ちゃんは何してるの?」

「しぃーー! 声が大きいのじゃ!!」


 そこは露天風呂の近くにある茂みだった。

 眼前には女湯が広がる。


「ゴオ。熱くたぎる気持ちが湧いてこんか? グフフ」


 僕は手刀を祖父の頭にぶつけた。


「ぬごぉ!」

「爺ちゃん。そんなことより魔法を教えてくれ」


 そう言って、ズルズルと襟首を引きずってその場から離れた。


「だからぁ! たぎる想いについて解説しておるんじゃぁああ!」


「エロと魔法とどう関係があるんだ?」


「魔法も熱い気持ちがないと発動せんのよ!」


「だからって女湯を覗く意味がわからん」


「利害の一致じゃぁ!」


 僕は辞書で調べた。

 祖父は言葉の使い方を間違っていた。


「利害の一致って双方の利益と損害が一致することだろ?」


「お前には熱い気持ちが足らんのじゃ! ワシを見習え! たぎる気持ちを呼び起こせ! 行くぞ女湯!」


 ズビシィッ!


「ぬごぉ! 祖父の頭を手刀でこずくなぁ!!」


「僕は爺ちゃんの犯罪を抑制する。その代わりに、爺ちゃんは僕に魔法を教える。これが利害の一致だよ」


「ワシには損害しかない!!」



 こうして、この言葉を覚えたんだよな。





「生きることに大切なのは利害の一致だ」


 ナナトナは僕を見つめた。


「利害の……一致?」


「隣国パーセナルが攻めてくれば王都に甚大な被害が出るだろう」


「………‥」


「そうなれば、僕の生活が脅かされる。ギルドには戦争参加のクエストが溢れるんだ」


「……そ、そうかもしれませんね」


「そんなのはごめんだな。僕は冒険をしながら、生活するためにギルドに登録をしたんだ。人を殺す戦争は反対さ」


「父が……すいません」


「国王の暴走を止めるのは僕の生活に繋がりそうだ」


「え?」


「戦争は困るからな」


「え、え??」


 リンザとアイリィは目を輝かせる。


「ちょっとゴオ! それって……」

「ゴオさん、それって……。その……、ナナトナさんを……」


 まぁ、仕方ない。


「ああ、弟子にしてやる」


「あは! そうこなくちゃ!!」

「やったーー! 良かったですね! ナナトナさん!」


 やれやれ。


「……いいんですか? 本当に?」


「まぁな。利害の一致だ」


「利害の……一致?」


「君は父親を救いたい。僕は戦争をされたくない」


「ああ! なるほど!!」


 女子たちは手を繋いで大喜び。


「ナナトナ。僕の修行は鬼のように厳しいぞ。覚悟はできているか?」


「はい師匠! 俺、がんばって強くなります!! どんな辛いことでも耐えてみせますよ!!」


 彼女は鼻息を荒くした。


「まずは何から始めましょうか!?」


「うむ。晩御飯は食べたのか?」


「あ、はい。食べました」


「よし、じゃあシャワーを浴びてゆっくり寝ろ」

 

「え?」


「体を清潔にするのは修行の中で最も重要だ。病気になっては効率が悪いからな。それに熱い湯を浴びて血行を促進するのは健康にいい。安眠にも繋がる。加えて、睡眠時間は7時間以上は必要だぞ。疲れを残すのは効率が悪いからな」


「は……。はぁ……。それが厳しい修行ですか?」

「ふふふ。これがゴオなのよ」

「慎重さが優しさに繋がっているんですよね」


「そこ! 私語は慎むように!!」


「あ、じゃあ、俺は師匠と同じ部屋で寝ます」


 う、それは考えてなかったな。

 流石にそれは困る。


「ダ、ダメですよ! ナナトナさんは女の子なんですから!」

「俺は気にしません」

「わ、私が気にします! ナナトナさんは何歳ですか?」

「14歳です。今年、成人の儀を行いました」

「あ、じゃあ私と同じ歳ですね。仲良くしましょうよ」

「よろしくお願いします」

「私はアイリィ。えーーと、ナナちゃんって呼んでもいい?」

「え? あ、はい……」

「私のことはアイリィって気軽に呼んでね」

「は、はい……」

「あはは。同じ歳だし仲良くしようよ」

「でも、俺は修行の身なので……」


 と、ナナトナは僕を見つめた。


「今日からリンザのパーティーだからな。仲間と仲良くなるのも弟子の務めさ」


「あ、じゃあよろしく。アイリィ。お世話になります。リンザさん」


 こうして、ナナトナが僕の弟子になったのだった。

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