第6話 物理打撃系賢者

ーー獅子のギルドーー


「凄いですね! 2日でクリアしちゃったんですか?」


 と、受付嬢は目を丸くする。


 まぁ、実質、用意に1日と半日を費やした。

 ダンジョンの攻略は2時間くらいなのだがな。黙っていよう。

 ギルド内で目立つのは面倒だ。


 リンザは苦笑いをしているだけだった。


ーーギルドの酒場ーー


「ビールお代わり!」


「お姉ちゃん! また酔い潰れるわよ!」


「短い! あたしの冒険が短すぎる!! まだ体が疼いてるわよ!」


 やれやれ。

 何を荒れているんだか。


 突然。

 小柄な男がテーブルに乗っかる。ガシャーンと音を立ててテーブルは壊れた。


「ちょっとぉ! あたしのお酒がぁあああ!!」


 男はフードを深々と被っており、その素顔はよく見えない。

 剣を構えて立ち上がる。

 

「俺は負けない!!」


 チラリと見えるのは端正な顔立ち。その肌艶は、まだ10代前半だろうか。

 声変わりもしていない感じから子供だとわかる。


 眼前には大男が迫る。


「へへへ。坊主。俺様に喧嘩を売るとはいい度胸だなぁ」


 やれやれ。

 面倒ごとはごめんなのだがな。


 少年は剣を握った。


「お、俺は弱虫じゃないぞ!」


 と、意気込むが華奢な体である。

 対するは2メートルを超える大男。

 その体は筋肉の塊だ。


「へへへ。坊主。謝ったら許してやるよ」


「ぶつかって来たのはそっちだろう!」


 やれやれ。

 ギルドでよくあるいざこざか。


「ちょっとぉ! 喧嘩するなら外でやりなさいよね!!」


「うっせぇ! ブスは黙ってろ!」


「誰がブスよ! ギルドでは『美少女姉妹の姉の方』で通ってんだからぁ!!」


「ダハハ。弱い奴が意気込むなっての」


「ぶん殴ってやるわ!!」


 とリンザは男に殴りかかる。


「ふん!」


 男の腕が彼女の頬を打った。


「ぐふぅッ!!」


 リンザは10メートルぶっ飛び、酒場の壁に衝突した。


「お姉ちゃん!」


 すぐさま、アイリィが介抱に入った。回復魔法をかける。


 やれやれ。

 普段のリンザなら交わせる攻撃を。

 酒の酔いが仇となったか。

 しかし、すんでのところで急所は外したようだな。回復魔法で直ぐに回復するだろう。


 さて、問題は少年だな。

 リンザほどの技術はなさそうだ。

 剣の握り方が不安定すぎる。


「お、お、お、俺は弱虫なんかじゃないぞ!」


 やれやれ。

 リンザが吹っ飛ばされたのを見て体が震えてしまっている。

 あれじゃあ十分な剣撃ができない。


「ぎゃはは! ガタガタ震えやがって! 俺様の攻撃で骨が砕けるぞ。グフフ」


 やれやれ。

 いざこざに頭を突っ込むのは性に合わないんだがな。

 パーティーリーダーを攻撃されたことの報復は必要か。

 

リンザ怪我→パーティーの格が下がる→依頼が減る→金が稼げない→飢え死ぬ。


 ふむ。

 これは黙っていられないな。


「おい少年。相手の技量を見抜くのも腕の一つだぞ」


「し、し、しかし。お、お、俺は弱虫じゃない!!」


 やれやれ。

 妙なプライドの高さは早死にを招くのに。


「ぎゃはは! そこの軟弱野郎も俺様の強さはわかってるようだぜぇ! 坊主。今なら土下座で許してやるからよ。この強戦士、ドンバ様は器量がデカいんだ」


「ぶ、ぶつかってきたのはそっちじゃないか! あ、謝るのはそっちだ!!」


「バァーーーーカ! 弱い方が謝るんだよぉお。そんなルールも知らんのかぁ?」


 やれやれ。

 強引なルール設定だな。


「おい。そこの軟弱男! 試しにお前が土下座してみろよ」


 は?


「軟弱男とは僕のことか?」


「ぎゃはは! そうに決まってんじゃねぇか。パーティーの仲間がやられてんのによぉ。こっちに向かって来やしねぇ! 俺様が強くて震えてんだろうが! ぐははは!」


「ふむ」


 リンザがやられたのは彼女自信の責任だからな。

 僕は無関係だから口を出さなかっただけなんだ。


「さぁ、土下座しろぉおおッ!」


「断る」


「ぬぐぅう! てめぇこらぁ! お前んところのブスが俺様に攻撃したんだぞ? その責任を償えって言ってんだよぉ!」


「だったらそれはブ……。彼女の責任だろう。謝罪は彼女に求めろよ」


「てんめぇ! 口だけは一丁前だなぁあ! 弱い癖に口だけが立つのは無能の証拠なんだよ! この無能がぁああ!!」


「僕は賢者なんだ。賢い者と書いて賢者と読む」


「ぎゃはは! だったら魔法を使ってみろよ! この無能賢者がぁああ!」


「無能というのは能の無い人間のことだ。君は相手の技量をわからずに喧嘩を売る、脳みその無い人間だな。つまり無脳だ」


 おそらく脳みそまで筋肉なのだろう。


「ぶっ殺されてぇのか!?」


「ない脳みそを振り絞って考えろ」


 ドンバは大きな拳を俺に向かって振り下ろした。


「ぺちゃんこにしてやる! この無能がぁああああああああ!!」


 酒場は騒然。「ひぃ!」とか「終わったな」という声さえ聞こえる。

 おそらく、僕が負けると思われているのだろう。


 だが、




「な、何ィイイイイイッ!? 俺様の拳を止めただとぉおおお!?」




 僕は片手を軽く出し、彼の拳を止めた。


 それにな、



「ふっ。丁度、ファイヤーボールの詠唱が終わったところなんだ」


 

 眼前には小さな火球。


「へっ! んな小っちぇ火の玉でどうしようってんだよぉ」


 拳で撃つ。これが僕の、




「ファイヤーボールだ」



 

 僕の拳はドンパに命中。ギルドの壁を壊してぶっ飛んだ。


「しまった……。は加減したつもりだったのに……」


「あは! 流石はダン! やるじゃない! スカッとしたわ!!」


 と、回復を済ませたリンザは大喜び。


「うう、まだまだが足りんな」


「もう、そこには突っ込まないわよ……」


 ギルド中は大騒ぎ。


「すげぇええ! ドンバを倒しちまったぞ!?」

「賢者が打撃だと?」

「あの兄さん、1日中、仲間募集の掲示板に突っ立てた人よね? あんなに強かったの??」


 リンザは胸を張る。


「まぁまぁ、みなさん落ち着いて。あたしんとこの賢者のゴオはね。物理打撃系賢者なのよ!」


「「「 物理打撃系ぇえ? 」」」


「魔法で油断させて打撃でガツンとやっちゃう戦法なのよ!」


「「「 おお!! 初めて聞いたぞ!! 」」」


 おいおい。そんな戦法ではないぞ。

 僕の戦いは正当ななんだ。


「でも、あの賢者、なんであんなに打撃が強いんだぁ?」


「あはは。それはねぇ、ダンの両親がS級……」


「わぁ! バカやめろ!!」


「は! ちょ、何よゴオ! ここからが自慢できるところじゃない!!」

「僕はそういう自慢は求めていない!」

「いいじゃない。誇らしいことよ」

「それ以上言うとパーティーを出ていくぞ」

「うう……。じゃあ言わないわよ」


 ったく。

 僕は目立つのは嫌なんだ。

 注目されると不要ないざこざに発展するからな。

 両親がS級冒険者なんて知れたら色々面倒になるだろう。

 妙な期待を抱かれるのは嫌だしな。

 それに、S級冒険者だった両親は尊敬していない。

 あの人たちは、打撃を得意とする魔拳使い。

 僕は魔法が得意な賢者なんだからな。


「まぁ、理由は言えないんだけどさ。うちのゴオは打撃が最強だかんね! そこんとこよろしく!!」

「「「 おお! すげぇぞ、物理打撃系賢者!! 」」」


 やれやれ。

 リンザの口上でギルドが盛り上がってしまった。


 それより確認しておきたいことがあるんだよな。


 僕は、気絶しているドンバの元へと行く。

 アイリィが小首を傾げる。


「何をやっているんですか?」


「金を探しているんだ」


「え? 意外です! ゴオさんがお金を取るなんて!」


「そんなことはしない。酒場の壁を破壊したからな。その修復費用を確認してるんだよ」


「ああ、なるほど! この人のお金で払わせるんですね!」


「当然だ。いざこざは彼の責任だからな」


「あは! そういうところはゴオさんっぽいです」


「よし。結構持っているぞ。これを酒場の主人に渡して修理代にしてもらおう」


「はい♡ お姉ちゃんを殴った罰ですね!」


 僕は酒場の主人にお金を渡した。

 すると主人は金を受け取って、その金の半分を僕に渡した。


「これ、お礼でさぁ」


「お礼?」


「ここだけの話ですがね。あっしはドンバの横暴さには嫌気が差してたんでさぁ。旦那がブチのめしてくれてスカッとしやした!」


「はぁ……」


「これはそのお礼です。この金で飲み直してくださいよ」


「いや……。いいのかい?」


「へへへ。この騒ぎじゃあ、ウチで飲むのは難しいでしょうからね。別の日にでも、うちの酒場で飲んでくださいよ」


 やれやれ。


「じゃあ、もらっておくよ」

「今後ともご贔屓に」


 さて、もう面倒は懲り懲りだな。


「でね! うちのゴオがやっちゃったのよ! ゴブリンキングをさ! ドーーンってね! 打撃で1発なんだからぁ!」

「「「 うほぉ。すげんげぇえ! ドンバが負けるわけだぁ 」」」


 やれやれ。ギャラリーに演説か。

 調子に乗りやがって……。


「おい、リンザ! 良い加減にしろ。もう帰るぞ」

「ちょ、なによ! ここからが良い所なんだからぁ!」

「もう十分自慢しただろ!」

「足りないわよ! あたしのパーティーの英雄譚をみんなに広めるんだからぁ!」

「勘弁してくれ……」


 僕は、もがくリンザをむりやり酒場から連れ出した。


「まだ飲み足りなーーい!」

「宿屋で飲めばいいじゃないか」

「じゃあ、付き合いなさいよね!」

「僕が?」

「当然よ。こんな美少女と飲めるなんて光栄に思いなさいよね」

「ドンバにはブスって言われてたじゃないか」

「うるさい! とにかく付き合いなさい!」

「はぁ……。じゃあ1杯だけな」

「あんたは本当に1杯で終わるタイプっぽいのよねぇ」

「当然だ」

「あんたには情ってもんがないの?」

「ない」


 と、宿屋に向かう僕たち。その後ろをあの少年がつけてくるのだった。


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