第24話 ゴブリンが ギルド長と 対峙する
暗雲の森外縁部 大岩 マラクス
ふん、と吐き捨てて赤髪の小僧の死体を捨てた。
まだ何人かの冒険者たちが残っているみたいだ。
どいつもこいつも戦意がないみたいで、ボケッとした表情でオレを見ている。
「おい、お前、そこの女!」
いちばん近くにいた女に声をかけた。
金属製の胸甲に足甲と比較的に重装備をしている女だ。
そいつは自分のことだとわかると、腰を抜かしてしょわわと股を濡らした。
「お前らもう戦う気がねえんだろ? だったら手を出さないでやるからよ。あの耳長呼んでこいよ、偉そうなヤツ」
「ひゃ、ひゃい」
とは答えたものの腰を抜かして動けないようだ。
それを見ていた冒険者のひとりが動く。
「それってギルド副長のガラオリラさんのことか?」
「名前は知らん。だけど偉そうな耳の長いヤツだ」
「わかった、今から信号弾を打ち上げる。いいか、攻撃する意図はないからな」
くすんだ金髪の男は腰に提げていた小さな筒を外して地面に刺す。
筒の側面についていた紐を引っ張ると、ぼひゅと音がなって光の玉が上空に飛び出した。
光の玉はグングンと高度を増していって、ドンと腹に響く音とともに爆発する。
ついでに筒からは赤い煙がもくもくとのぼっていく。
「これでギルド長たちに伝わったはずだ。しばらくするとここにくるはずだ」
くすんだ金髪の男に対して頷いてやる。
「なぁ俺らは戦わない。だから撤退してもいいか?」
「好きにしたらいい。後ろから狙ったりせんから逃げるんなら逃げろよ」
「わかった。見逃してくれてありがとう」
さっさと行けという意思をこめて、手でシッシと追い払うマネをする。
それをきっかけにして金髪の男が、腰を抜かした女に駆け寄って肩を貸してやっていた。
パーティーのメンバーなのかね。
こういうのを見ていると、森の中で出会ったゴブリンたちとは違うなって感じる。
だからといって特別な感情がわくわけでもない。
ただ……なんだ? よくわからん。
少しの間、考えこんでいたみたいだ。
いつの間にか冒険者どもがいなくなっている。
代わりに馬にのって近づいてくるヤツらがいた。
ひとりはあの耳長だ。
もうひとりはなんだ、ドワーフ?
暗雲の森外縁部 大岩 ガラオリラ
腕組みをして立つ黒い魔物を目にしてガラオリラは珍しく興奮した。
その白皙の容に朱がさす。
あのときに見たゴブリンとはまったく違うなにか。
ただならぬ威圧感に底知れない恐怖を感じる。
不死の騎士王とて大物だったが、ここまで身を焦がすような威圧感はなかった。
ふ、と隣で轡をならべているボードゥアンを見ると、やはりその表情には興奮が見てとれる。
考えることは同じかと思うと、ガラオリラはおかしくなって声をあげて笑った。
「なんじゃ? 頭でもやられちまったか?」
「酷いことを言いますね、ボードゥアン。そんなことは……いやありますね」
未知なる魔物である。
それも極上の強さを持っているのだ。
愉しくないわけがない。
「右に同じじゃ! なにをしたのか知らんが立場を離れて思うがままに戦えるんじゃからな」
そうなのだ。
理由はわからないが、あのゴブリンは教国を動かした。
結果としてラモヌイーの安全と引き換えに、ガラオリラたちは自由に動けるようになったのだ。
よく冒険者は自由だと言われる。
確かにそうした側面があるのも事実だが、上位になればなるほどしがらみが増えるのだ。
しがらみは身体に絡まる蔦のようなもの。
どんどん自由は奪われ、身動きが取りづらくなっていく。
だがここへきてすべてのしがらみを断ち切ることができた。
己の命が代償だとしても、それがガラオリラやボードゥアンには嬉しかったのだ。
「ありゃ『傲慢なる血盟団』と『リヴィツツの刃』か」
黒いゴブリンの近くに死体がいくつか転がっている。
先ほどすれ違った冒険者たちからかんたんな報告は受けたのだ。
その言葉からすれば、両パーティーで間違いないだろう。
「派手にやられてますね」
ガラオリラはさして気にかけることはなかった。
彼らも死を覚悟して同行すると志願したのだ。
その覚悟を軽んじることはできない。
黒い魔物の近くにて馬からおりる。
わざわざ馬を巻き添えにすることはないだろう、と尻を叩いて逃がしてやった。
「あなたがあのときのゴブリン?」
ガラオリラが声をかける。
「おう。マラキザ氏族のマラクスってもんだ」
「城塞都市ラモヌイーの……いえもう今は関係ありませんね。ガラオリラとこちらがボードゥアン」
「どうすんだ? オレぁ耳長が殺れたらそれでいい。そっちのはどうすんだ? かかってくんなら殺すぞ」
マラクスの言葉にボードゥアンは唾を吐き捨てた。
「やるに決まっとるじゃろうが!」
ボードゥアンの言葉にゴブリンの顔が邪悪に歪んだ。
そして次の瞬間、ゴブリンの手には禍々しい剣が握られていた。
なにをした? そうガラオリラが考えたときだった。
ゴブリンの身体が揺らいだかと思うと、近くにいたボードゥアンの右腕が飛んだ。
一撃で首を落とすこともできただろう。
なにせガラオリラもボードゥアンも反応すらできなかったのだから。
”どち”とゴブリンが盛大に舌打ちをした。
「あの程度にも反応できねえのかよ、ちっとは愉しみにしてたんだがな」
「なんじゃ……」
最後まで言葉を紡ぐことなく、ボードゥアンの首が飛ぶ。
まただ、とガラオリラは思う。
ゴブリンの動きが把握できないのだ。
鋭利な切り口から剣を振るったであろうと推測できる。
しかしどんな動きをしたのか理解できなかった。
だからといって棒立ちになるような愚は犯さない。
ガラオリラはゴブリン目がけて、得意の風魔法を放つ。
不可視の風の塊を飛ばすだけの低位魔法だ。
しかし使い勝手がいい。
魔力の消費は少なく、発動までの時間も短い。
詠唱をする必要すらないのだ。
近接での戦闘を得意とするガラオリラにすれば、高位魔法なぞ使い物にならない。
あのとき。
ただのゴブリンだったコイツの頭を吹き飛ばしたのも同じ魔法によるものだ。
もちろん今のゴブリンに通用するとは思えない。
それでも一瞬でも足止めができれば上等だと、ガラオリラは判断したのだ。
腰に提げた愛剣を抜いて、風魔法を使って身体を後ろから押す。
現役時代からガラオリラが最も得意としていた技だ。
尋常ではない速度でゴブリンに接近する。
”ほう”と口が動いた。
そして発達した犬歯をむきだすようにして、ゴブリンが表情を変えた。
「やりゃあできるじゃねえか!」
魔法が着弾する。
しかしゴブリンは小揺るぎもしない。
かまうものか、とガラオリラは突っ込もうとした。
だが身体は敏感に反応して、咄嗟に軌道を変えていたのだ。
ゴブリンの持つ剣がとおりすぎていく。
一瞬、ホンの一瞬のことが生死をわけた。
ガラオリラの全身から汗が噴き出す。
それは冷たく、嫌な汗だった。
到底かなわない。
そんな思いがガラオリラの中によぎる。
しかし逃げ出すという選択はないのだ。
だからガラオリラは笑った。
ゲラゲラと声をあげて笑ったのだ。
ひとしきり笑って、息を大きく吸う。
ゆっくりと息を吐いてゴブリンを見た。
「なんだお前? おかしくなったのか?」
「ふふ。愉しいのですよ、心の底からねっ!」
ガラオリラは剣をかまえつつ、魔法を連続して放つ。
受けに回っては一合たりとも剣を交えることができない。
ならば攻め続けるしかないのだ。
魔法に効果がなかったとしても、他に遠距離攻撃の手段がないのである。
そして隙を見つけて突貫に一縷の望みをかけ……られなかった。
ゴブリンがいた。
ガラオリラの目の前に。
既に剣は半ば以上振られている。
なにをどうやった?
と考えている間に両腕を斬られる。
「お前は特別だ」
ゴブリンの剣に何かの力が見えた。
冥い闇のような色をした不吉なそれはガラオリラの身体をあっという間に浸食した。
「ああああああああああああああ!」
痛み。苦しみ。悔恨の情がわく。
思考が塗りつぶされていくのがわかった。
戦いの果てに満足できる死を得たい。
そんなガラオリラの願いが叶うことはなかった。
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