第22話 ゴブリンが 居場所を求めて 右往左往


暗雲の森 マラクス


 適当に暗雲の森を進んでいるとゴブリンの集落に出くわした。

 森の中から出てきた黒いヤツに、ゴブリンたちは目を丸くしている。

 久しぶりだな、ゴブリンを見るの。

 どいつもこいつも生理的な嫌悪感を抱かせるツラしてやがる。

 だが、それがいい。

 ゴブリンだしな。


「おう、お前らの長って誰だ?」


 適当に声をかけると生意気そうなのが前に出てきた。


「あんたぁ誰ゴブ?」


 ゴブ?

 そんな語尾をうちの氏族じゃつけてなかったけどな。


「マラキザ氏族のマラクスってもんだ」


「うそゴブ。そんな氏族は知らないゴブ。ゴブリンじゃないゴブ」


「いいから長呼んでこいよ、な?」


 と言いながら肩を掴んでやる。

 骨を砕かない程度に力を入れて威圧すると、小便を漏らしやがった。


「す、すすすぐ呼んでくるゴブ」


 てててっと走り去っていく背中を見ながら息を吐く。

 ゴブリンってバカだったんだよな。

 その様子を見ていたんだろう。

 周囲にいたゴブリンどもは逃げてしまった。


 腕を組んで仁王立ちになって待ってみる。

 見よ、この圧倒的な存在感。

 なんてやらかして気配が一斉に遠ざかっていく。


「待てや、ゴルぁ!」


 その場で大声を出して威嚇してやった。

 気配のする場所まで飛んでいくと、氏族の全員が小便を漏らしてやがる。

 臭いがとんでもないことになってんだけどな。


「おう、長はどいつだ?」


 シモ爺と同じくらい年食ったメスゴブリンを他の全員が見た。


「そこのお前、名前は?」


 ひぃと叫んで股をV字に開きやがった。

 イラッときたが、ここは我慢だ。


「名前は?」


「バー氏族のハッティンですじゃ」


「おう。オレぁマラキザ氏族のマラクス。氏族の名前は聞いたことあるか?」


 ハッティン婆が忙しそうに首を横に振った。

 やっぱ知らねぇか。

 まぁオレもこの辺の氏族のことはわかんねえからな。


「ニンゲンどもの町がどっちかわかるか?」


 この問いも同じように首を振って応えるハッティン婆である。


「この辺りに……特に西の方に他の氏族は居るのか?」


 またもや首を振られた。

 ちょっと確認したかっただけなんだが、もういいや。


「悪かったな、じゃあよ」


 とだけ残して村を立ち去る。

 森の中を歩いていくと、小さな川が流れていた。

 川原で立ち止まって水を飲む。


 正直なところ、オレはイライラとしていた。

 その正体はゴブリンに対するものだ。

 オレだってゴブリンなんだけどな、あいつらとは暮らせねえわ。

 

 種族が進化するってことはもう別の生き物になったのと同じだ。

 あいつらと対等な立場で暮らすことはできない。

 王様みたいにな生活ならできるだろう。

 でもそんなものは望んじゃいないんだ。


 ああ、そうか。

 はたと気がついてしまった。


 教国で暮らさないかと問われてモヤモヤしてた部分のことだ。

 要するにオレはゴブリンとして森に戻りたいという気持ちがあったんだろう。

 だけどそれは傲慢なる未練だったわけだ。


 オレの生まれたマラキザ氏族はもう壊滅しちまった。

 たぶん生き残りはいないだろう。

 そんな中で異分子になったオレを受け入れてくれるゴブリンのコミュニティはない。


 どこかでオレは受け入れてもらえると思っていたんだろうな。

 それが現実を見ることで、はっきり理解できた。

 オレの居場所はここにはない。


 かといって教国がそうかと問われれば、どうなんだろうか。

 確かに気の合う聖女とかいるし、メシも酒も食わせてくれる。

 意思の疎通もゴブリンなんかと比べものにならない。


 元々オレがニンゲンだったってのも大きいんだろう。

 受け入れてもらえたことは嬉しいと思うよ。

 でもどこかで何かが違っているような気もする。

 

「ぐおおおおおおおお!」


 大牙虎だ。

 見たことはないけどたぶんそうだろ。

 サーベルタイガーみたいに上から牙が伸びてるんじゃなくて、イノシシみたいに下から牙が伸びてやがる。

 そんなところで個性出さなくていいんだよ、バカが。


「だかましい!」


 一括して怯んだところでゴブリンキックを顔にかましてやる。

 顎の部分を蹴り上げてやったからか、首がぼぎりと音を立てて背中の方にねじ曲がった。


「まったくオレが珍しく考えごとしてるってのに、なんてやつだ」


 うむ。

 この死体どうしよう。

 おっと、そうだった。

 忘れてたけど、実はいいものもらったんだよね。


 亜空収納っていう能力がある腕輪。

 教国でも数個しかないって代物なんだけどめちゃくちゃ便利なんだよ。

 どういう仕組みかわかんないけどな。

 

 大牙虎の死体に触れて【収納】と念じる。

 それだけで死体がぬるりと消えていく。

 ちなみにこの腕輪の中に、アンデッドからもらった黒い剣も入れてるんだ。

 最初は腰に提げたりしてたんだけどな、なんか動きにくいんだよ。

 で、相談してたら腕輪をくれたんだ。

 大盤振る舞いしてくれるぜ。


 死体を片付けて森の中を歩く。

 偶にはちゃんと上空に飛んで位置を確認することもした。

 不味い木の実を食ったり、でっかい熊も倒した。

 ゴブリンの拠点も何個かあったけどスルーしたんだわ。

 もうゴブリンと話すこともないだろう。


 なんというかゴブリンの異端児なオレに居場所はないってわかったからだ。

 別に支配する気もないし、これまでどおり森の掟に従って生きればいい。

 オレはオレで居心地の良い場所を見つけてやってくさ。


 その再確認ができただけでも、ここにきた価値はあると思う。

 じゃあな、ゴブリンたち。


 そんなこんなで五日ほどが経過して、オレは見覚えのある大岩を発見した。


暗雲の森外縁部 大岩 マラクス


 森の中にとどまりつつ、遠目から大岩を見ている。

 ここからだとマラキザ氏族の拠点も近いんだろう。

 少し歩けば見知った場所に出るかもしれない。

 だけどオレは敢えて探さなかった。


 探して見つけたところでどうすんだって話だ。

 村のヤツらは死んでいるわけで、帰ったとしても空しくなるだけだ。

 だったら帰らなくてもいい。


 オレの視線の先には冒険者たちがテントを立てている。

 総教主が話を通したって言ってたから、待ち受けているんだろう。

 丸投げしたから、どういう交渉をしたのかは知らんけど。


 居た!


 あの赤髪の小僧だ。

 ふつふつとした怒りがわいてきた。

 もう細かいことを考えるのはいいや。

 とにかくあいつらを皆殺しにしよう。


 そうするだけの理由がある。

 まぁただの復讐だけどな。


 そしてオレは一度上空に飛び上がってから、ゆっくりと赤髪の小僧の前に降りていった。


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