第21話 ゴブリンが 未来を考え 森歩く
リオアハン教国 古代ブラギタ遺跡 マラクス
実はあれから結構な時間が経過している。
だけどオレはまだ遺跡の中にいた。
理由はかんたんだ。
「図々しい願いだが、私に稽古をつけて欲しい」
って宴会の翌日に騎士団長が言い出したんだよな。
それに聖女がのっかった。
「私がいれば大抵の怪我が治せるよ」
昨晩はその手当をしてたわけだから説得力がある。
で、暇を持て余してたオレもつい安請け合いしちまった。
「本格的には教えられんけど、適当にならいいよ」
なんてとんとん拍子に話が進んでこうなったわけだ。
「はっ」
かけ声とともに剣が振り下ろされる。
今は騎士団の連中が揃って型稽古をしている最中だ。
それをなんとなく見つつ、オレは昼間から酒を飲んでいた。
何というか、いつの間にかオレ馴染んでねえか。
最初は極秘扱いだったけど、今や遺跡の中にいる部隊の皆とメシを食っているわけだ。
そんでお付きの女官さんたちも、何も言わなくても酒を用意してくれる。
なんだこれ?
「マラクス殿」
”んあ?”と間抜けな返事をしてしまった。
騎士団長だ。
実は暇を見て聞いたんだよね。
なんで真っ正面から戦うことしかしないのって。
そしたら魔物相手に駆け引きは通用しないって言われた。
だからパワーとスピードで圧倒するやり方しかしないんだ。
駆け引きをするくらいなら強い一撃を与えて倒す。
それがこの世界での考え方らしい。
だからオレが戦った相手は正面から武器を振り回してきたわけだ。
不死の騎士王ってのも生前はニンゲンだったはず。
だから戦い方が似ていたわけだ。
そんな考えはついぞしたことがなかった。
オレが魔物の中では特殊なだけで、他はそうじゃないってことだ。
そもそも前世では魔物なんていなかったしね。
オレの時代じゃ猛獣相手にだって戦うことはなかった。
だからまったく気づかなかったよ。
この世界だと対人戦もあまりしないらしい。
魔物なんて天敵がいる世界だから、基本的にニンゲン同士での争いは少ないそうだ。
まぁもちろん国の中には無法者なんかもいるわけで、そいつらを相手にすることはある。
だけど魔物を狩っていると、魂格ってのがあがる。
要はゲームで言うレベルみたいなもんだ。
魂格があがると身体能力なんかもアップするって話だ。
つまり魔物を狩る連中と、そうでない連中じゃ相手にならない。
だから対人戦って言ってもパワーとスピード勝負なんだってさ。
世界が違えば戦いに関する考え方も違うもんだと再認識できた。
というかパワーとスピード勝負で駆け引きしないなら、オレにものすごく有利だ。
小手先の技ならたっぷりと使えるからな。
でもこいつらには見せてやらない。
オレがやっているのは基本的な歩法を教えることだ。
後は偶に実戦の相手をしている。
聖騎士団って実はエリート集団だって話だからな。
多少は叩いたり、蹴ったりしても死なないんだそうだ。
確かに骨が折れるのはしょっちゅうだけど、聖女のおかげもあって死んだヤツはいない。
「先ほど総教主様より連絡がありました。調整はすべて終わったので、暗雲の森へといつでも渡っていただけるとのことです」
騎士団長の話し方が丁寧になったのも稽古をつけてからだ。
せっかく砕けてきたと思ったら元通りになっちまった。
聖女くらい気安い方が話しやすいんだけどな。
キリっとして”師に敬意を払うのは当然です”なんて言われちまった。
「別にこっちはいつでもいいからよろしく頼むわ」
「承知。では準備が整い次第向かうことにいたしましょう」
騎士団長が挨拶をして下がっていく。
実を言うと、だ。
暗雲の森で事が終わったら、戻ってきて欲しいって打診があった。
どうやらこの遺跡をくれるらしい。
ここで自由に暮らしてくれってことだ。
確かに考えてみると、暗雲の森に戻ってもすることがないんだよな。
ゴブリン王国なんて作る気はさらさらない。
オレはただ食っちゃ寝して生活したいからな。
となると、ここで暮らすのもありなんだよ。
教国としてはオレを武術師範にして取り込みたいみたいだ。
これは騎士団長と団員の意向が強い。
オレの考え方を教えたんだけど目からうろこだったらしいからな。
蒙を啓くってやつだ。
それはオレも一緒で、こっちの考え方がわかんなかったからお相子ってもんだと思う。
さて、どうすっかなぁ。
今のところ八割くらいはここで暮らすのもいいかなと思っている。
残りの二割だけど、よくわかんないんだよな。
なんかちょっとモヤッとしたもんがある。
その正体がわからないから気持ち悪い。
とりあえずは森に戻ってみて、そんでどう思うかだな。
返事は保留にしておこう。
暗雲の森 マラクス
さぁ戻ってまいりました、暗雲の森。
教国の船はちょっと沖合に出て待っているそうだ。
けっこう久しぶりに帰ってきたんだけど、あんまり懐かしいって気分がしない。
まぁオレたちが拠点にしてた場所とは違うからな。
見覚えがないんだ。
でもちゃんと地図をもらってきたからな。
「し」を上下逆さまにして、下がってきている部分でおろしてもらった。
ここから西へ。
ニンゲンたちだと歩いて五日ほどで、城塞都市ラモヌイーが見えてくるそうだ。
ただしそれは街道を使った場合になる。
オレのように暗雲の森の中に入って移動すると、もう少し時間がかかるだろうとのこと。
まぁのんびり行くからいいけど。
とりあえず方向だけは間違ってないか確認してみる。
空を飛んでね。
あんまり目立たないでーって聖女が行ってたけど、迷子になる自信だけはあるんだぜ。
前世じゃ森の中なんて歩いたことねえからな。
ゴブリンになってからも氏族の拠点からほとんど離れたことねえし。
つかよくよく考えてみたら、オレってゴブリンとして成人したばっかだったんだよな。
どのくらいの年月が経ってるのか知らんけど。
たぶん一年とか二年とかその辺だと思う。
つまり森歩きの初心者ってことだ。
軽く飛び上がってみたがよくわからん。
とりあえず森の切れ目が右手に見えたから、このまま真っ直ぐ進んでいけばいいんだろう。
たぶん。
ちくしょう。
案内の人をつけてもらえば良かったよ。
まぁいいや。
のんびり歩いていくか。
適当になっていた果物をもいで口に運ぶ。
「しっっぶぅううううううう!」
口の中がしわしわする。
なんだこれ、毒か。
ただの罠じゃねえか、まったく。
腰にさげた革袋から酒を飲んで口直しだ。
気を取り直して進んでいく。
おっと角ウサギ発見だ。
こいつはなかなか美味いんだよね。
まぁゴブリン時代に食えたのは片手で数えるほどだけど。
だってこいつらクワガタみたいな角が生えてるんだぜ。
なかなか見た目は凶悪だ。
ついでに言うと後ろ脚の筋肉がすげえ発達しているんで、けっこうな速度で突っ込んでくるんだよね。
とか考えてたら跳んできよった。
オレがただのゴブリンなら、このまま腹を貫かれてただろう。
しかし! その程度では甘い。
タイミングを合わせてウサギの首に水平ゴブリンチョップを食らわせてやる。
すぱん、と首がちょんぱされて血がドバドバと流れた。
おっともったいねえ。
角ウサギの後ろ脚を持って、浴びるようにして血を飲む。
美味くはない。
けど不味くもないんだよね。
そもそも血って栄養満点だからさ、オレはあんまり忌避感がなかったりする。
そんなこんなで森の中を歩いていると、ゴブリンの集落を見つけちまったんだ。
さて、どうするか。
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